輝くメロンの甘いスプラッシュ!
お兄ちゃんが天使様のために作ったのは、トマトだれの鶏肉のおかゆだった。
「生のトマトには体の余分な熱を冷ます効果があるし、鶏肉には胃腸の働きを助けて消化を促す働きがあるから調度いいね」
「お兄ちゃんは食品業界の回し者なの?」
そこで、トントンと小さく戸を叩く音がした。目を合わせて、お兄ちゃんが玄関先に出ていく。私も後ろから顔をのぞかせると、そこには立派なメロンを抱えたタヌキさん達が居た。
「大丈夫? これお見舞い」
「ありがとう。今は落ち着いてゆっくり眠ってるよ」
そうか。タヌキさん達の前で倒れたもんな。そりゃ、心配してお見舞いに来るよな。ちゃんと大丈夫だって伝えないといけなかったのに、この子たちのことまで頭が回っていなかったな。反省。
「これはまた美味しそうなメロンだ。氷雨さんも喜びそうだな。切って持って行こう」
「じゃあ、ぼくたちはこれで」
「折角来てくれたんだし、天使様に直接渡しに行った方がいいんじゃない? あ、いやでもまだ寝てるかも」
「ぼくたちがいたら余計な気を使わせちゃうから、今日は帰るよ。大丈夫なのが分かれば良かったし!」
子だぬきさん達の弾ける笑顔に心が温かくなる。
「あ、ちょっと待って。良かったら、食べて」
お兄ちゃんがクッキーの入った袋をあげると、皆喜んで持って帰って行った。うんうん、仲良くお食べ。
「で、本当に今日あいつ泊める気なのかー? あんだけ弱ってるならこっちに危害を加えようとして来ても、自滅するだけだろうけどさー」
金烏さんが、切り分けたトマトの残りをつまみ食いしながら尋ねて来る。
「さすがに病人を外に放り出すのは、な。いくら夏でも」
「これだから神って奴は他人に甘いんですよねー。そんなんだから、漬け込まれるんだよ」
そう言う金烏さんも神様なのでは?
「別に警戒を怠るつもりはないよ。今も魔力で監視してるし。……父さんたちが調度出張でいないのは良かったな。下手な火種が起こるところだった」
「お兄ちゃんは今日どこで寝るの?」
夜になったし、天使様の体調も心配だから今日一晩は家で様子を見るのは賛成だ。でも、そうなるとお兄ちゃんのベッドが無くなる。
「俺は何処でも寝るから、床に客用の予備の布団敷いて一緒の部屋で寝るよ。ほら、夜の方が体調悪化することも多いし。一緒にいた方が安心だろ」
「普通の風邪じゃねーし、お姫様が癒したからこれ以上悪くなることは無いと思うが、症状が症状だからなー。その方が良いだろうな」
「え、私が連れて来たんだから私が看病するよ?」
さすがにお兄ちゃんにそこまでさせるのは申し訳ない。私だって特技は何処でも眠れることだ、と言うが。何故か満場一致で私の考えは否決されてしまった。
「大事な妹に万が一の事があったらどうする」
「いや、でも、お兄ちゃんの方が天使様に狙われているんじゃ」
正しくは、中にいる愛良さんだけど。
「あんな劣化のコピーに後れを取るわけがないだろう」
お兄ちゃんの瞳が一瞬赤く輝いた。その声に苛立ちが混じっている。どうやら、私は男子のプライドを傷つけたらしい。いや、貴方達がいいならいいんだけどさ。
「さてと、氷雨さんが眠ってから4時間くらい経つけど、もうそろそろ起きたかな。夕食には調度いい時間だし」
「じゃ、私様子見て来るね!」
これまでも、1時間ごとに様子は見に行っていたけど完全に熟睡してたから起こさなかったんだよね。体が休息を求めているのだから、そっとしておいたほうが良い。足音を立てないように気を付けて階段を上り、静かに扉を開ける。部屋が薄暗かったからまだ眠っているかと思っていたけど、天使様は身を起こしていて、窓から見える金星を見上げていた。
「天使様……?」
「あぁ、ごめん。すっかり眠ってしまっていた。また後日お礼はするけど、もう身体も良くなったから今日はお暇を」
「夕食でおかゆ作ったんです。食べていきますよね!」
「え、あ、いいの? でも、俺は……」
天使様は意外と押しに弱いので、引く気はないという強気で提案すればまず言うことを聞いてくれる。
「勿論です。今、持ってきますね!」
返事は聞かずにリビングに逆戻りして、どうせなら一緒に食べたらというお兄ちゃんの一言で、自分の分の夕食も一緒に持って行く。
「ありがとう。って、大丈夫!? 重くない?」
「私、力持ちなんで平気ですよー!」
ミニテーブルに自分の夕食を置いて、それからお盆に乗せたおかゆを天使様の膝の上に置く。ベッドの上でご飯食べるのって、病気になった人の特権だよね。背徳の味がしそうだ。
「美味しそうだな。これも、薺さんが?」
「そうですよ。味は確かだと思うので、ささ、どうぞ!」
私用のごはんは、おかゆを作るのに使った材料を流用した鶏肉のネギ塩だれとかき玉汁、ご飯である。鶏肉が柔らかくて、お肉の中までしっかり味が染み込んでいて、私としてもお気に入りなおかずの一つである。
なお、人参のポタージュは金烏さんが気に入って鍋ごと全部飲んでしまったので、私は食べることが出来なかった。それを見た愛良さんが、金烏さんを切り刻もうと刀を持ち出して来て止めるのが大変だったな。間一髪でお兄ちゃんが身体の主導権を取り返してくれて良かった。
頂きます、をして早速鶏肉とご飯を口に入れて至福を味わっていると、それを微笑ましそうに見ている天使様と目が合った。しまった、子どもっぽいって思われちゃったかな。心持レディーを意識してゆっくり食べる。とりあえず、大口開けて食べるのは良くないだろうからね!
料理の感想を言ったり、ちょっとした雑談をしながら夕食を食べ終える。ふー、お腹一杯。天使様の分も器を下げようと立ち上がったところで、くいっと服の裾が握られる。え?
慌てて天使様の方を振り向けば不思議そうな顔をされたが、私の目線に釣られるように自分の手元を見ると、慌てて離してくれた。無意識だったのか。
恥ずかしいのか瞳が潤んでいる。それが泣き出す前兆のように思える。なんだか、そのひどく頼り無さそうな幼子のような雰囲気に、私は思わず天使様の身体を抱きしめた。
具合が悪い時は心も弱くなって寂しくなるものだって話も聞いたことあるしな。これは、配慮が足りなかった。
「よしよし、いい子いい子」
頭を撫でることも忘れない。しばらく心地いい温もりを感じながら、綺麗な銀髪を梳くように撫でる。そろそろいいかな、と離れようとしたところでいきなり強く抱きしめられて動けなくなる。
「すみません。もう少しだけ……このまま」
「いいよ。好きなだけどうぞ」
なんだかこの感じ、七五三で会った時にもあったから懐かしいな。私も腕を回し直して、ぎゅっと抱きしめる。彼の香りを胸一杯に吸い込んだところで。
「おーい、メロン切ったから良ければどうぞ!」
お兄ちゃんがノックも無しに入ってきて慌てて離れる。やばい、心臓がフルマラソン後みたいに早いぞ! 訝し気な兄に何でもないと首を振って、お礼を言ってメロンを受け取る。お兄ちゃんは、代わりに食器を回収して出ていった。
しかし、天使様いい匂いしたなー。花みたいな甘い香り。やっぱり香水とかしてるのかなー。大人だな。
「これ、山のタヌキさん達が天使様へのお見舞いとして持ってきてくれたんです」
「そうか。後でお礼に行かないといけないな」
天使様は嬉しそうにふわりと微笑んだ。
メロンは果汁たっぷりで、口に入れると上品な甘さが口に広がってとても美味しかった。なんか、金持ちの味がする。甘くて本当に美味しい。これ絶対普段食べられないような高級品だ‼ 心して食べねば。心なしか、メロンが黄金に輝いて見える。
「夕理ちゃんもメロン気に入ったみたいだね。俺のもどーぞ」
「いえいえ、これは天使様のモノですから! どうぞ、召し上がってください‼」
何故、周りの人は私に食べ物をくれるんだろう。そんなにがっついて見えるのかな。それって乙女としてどうなんだろう。
「いいよ。俺にはちょっと多かったから」
一口分メロンを差し出されてしまったら、食べないわけにはいかない。ご厚意だもんね。断るのは失礼だよね。あーん、と口に入れればメロンの甘い果汁が口の中で弾けた。うーん、いくらでも食べられちゃいそう!
「あれ、でもこれって間接キス?」
私は気にしないが、天使様は良かったのだろうか。ポンッと音が鳴りそうなくらいに、天使様の顔が一気に赤くなる。いや、した方がそんなに照れなくても。
「ご、ごめっ! 今のはつい」
「いえ、大丈夫です。メロンありがとうございます。美味しかったです」
そこで、再びお兄ちゃんが部屋に戻ってきた。
「夕理さん、明日も学校だろう。そろそろ、休んだほうが良い。あとは、俺が代わるから」
「そう言うお兄ちゃんも明日学校だよね」
とはいえ、人が多くてもあれだからお言葉に甘えよう。
「じゃ。天使様、お兄ちゃん、おやすみなさい」
「おやすみ、夕理ちゃん。今日は、ありがとう」
「おやすみ。風呂沸いてるから先入っちゃって」
私は頷いて部屋から出た。




