太陽の鳥
「いえーい、ただいま! 帰ったぜー!」
なんだかんだで愛良さんと体の主導権を交代して、外へと出る気になったらしい兄と、干していた洗濯物を回収して手分けして洋服を畳んでしまう。終わったところで、ガラリと鍵をかけていたはずの窓が開く音がした。
明るい声が聞こえて来たと同時に、どーんと胸に飛び込んで来た鳥さんを見て私も笑顔になる。
「金烏さん! わぁ、おかえり。旅、楽しかった?」
「目新しいものが一杯あったぜ。あ、これ我が行った先々での土産な」
北海道土産の定番である『白い恋人』や米粉の生地にクルミを練り込んだお菓子である岩手土産の『明がらす』、チーズ味のクリームが挟まった福島土産の『会津の天神さま』に、島根土産のこれまた定番『ドジョウ掬いまんじゅう』もある。あ、愛媛の『のの字のケーキ』は初めて見るな。ケーキって名前だけど餡子を使っているんだ。和風のケーキ? うわ、長崎の『五三焼きカステラ』とか高い奴じゃん。
「こんなに一杯買ってこなくて良かったのに。ありがとう」
「いえいえ。お姫様に喜んで欲しいのも勿論なんですが。……まぁ、これだけ甘い物をお供えしておけば愛良様も我を焼き鳥にはしないだろうし」
警戒した目は、一緒にお土産を確認しているお兄ちゃんに向けられている。その目が一瞬で赤くなり、底冷えするような目を金烏さんに向けた。震えた金烏さんが再び抱き着いてくる。
「お嬢さん、この烏が目障りなら俺に言え。いつでも契約を切ってやるから」
「え、そんなことないですよね? お姫様、我が必要だもんね?」
「愛良さん、大丈夫ですよ。私は金烏さんとも仲良くなりたいので」
ふふん、と笑って金烏さんが愛良さんを見れば、彼が青筋を立てた。烏のどや顔初めて見た。
「くれぐれもお嬢さんに迷惑をかけるなよ」
地の底から響いてそうな低音を響かせると、愛良さんはお兄ちゃんと交代した。お兄ちゃんの声帯であんな地獄みたいな声出るんだ。
「我のオススメは沖縄の紅芋タルトなんですが、食べるか?」
金烏さんがお菓子の箱を抱っこして、首を傾げながら尋ねてくる。う、可愛い‼
「うーん、ごはんが入らなくなるといけないから夕食の後にするね。ありがとう」
時計をチラリと確認すれば、もう17時だ。
「あぁ、確かにもう作り始めても良い時間か。今日何食べたい?」
「今日は私が作るよ。お兄ちゃんはDVDでも見てゆっくりしてて。私はさっき見たし」
「え、何、どうしたの? 夕理さんが珍しい。明日は嵐かな」
失礼なことを言う兄に舌を出してやってからキッチンに向かい、お気に入りのエプロンを身に付けて手を洗う。
冷蔵庫を見ればじゃがいも、人参、玉ねぎの他にピーマンにインゲン豆もある。夜は夏野菜カレーでもいいな。あとは、お兄ちゃんの嫌いなレーズン入りのポテトサラダだ。お口直しに美味しそうなデザートが一杯あるし良いだろう。最初にカレー粉をまぶして下味を付けた牛肉と野菜をサラダ油をしいた鍋で炒めて、水を入れて具材が柔らかく煮込んでいく。
別の鍋にも余ったじゃがいもを入れて茹でてから取り出す。ボウルの中で潰して、輪切りにしたきゅうりと余った人参、マヨネーズ、そして忘れてはいけないレーズンを入れて混ぜる。粗熱を取って、ラップをして冷蔵庫に入れる。そろそろいいかな。カレー鍋にルーを投入すれば、食欲をそそるカレーの匂いがキッチン内に漂った。
「おまかせ。出来たよー」
お兄ちゃんが出してくれたお皿にご飯とカレーを盛って、ダイニングテーブルに持っていく。
「わー、お姫様お料理上手なんですね! 良い匂いー」
嬉しそうに腕にすり寄ってくる金烏さんの頭を撫でる。味も気に入って頂けると良いのだが。
「夕理さんは別に料理出来ないわけじゃないからね」
お兄ちゃんが金烏さんを腕に抱き上げると、羽の部分を撫でる。心地よさそうに目を閉じる姿から、私が料理を作っている間に随分仲良くなったらしい。
それにくすりと笑ってから、冷蔵庫からポテトサラダを取り出し、逃げられないように小皿に取り分け、お兄ちゃんの前に置く。兄は引きつった顔をした。
「私が作ったんだからちゃんと食べてくれるよね」
「う、うん。勿論」
だめ押しで箸で一口分のポテトサラダを取り、お兄ちゃんの口元に持っていけば、涙目でこっちを見てきた。そんなにか。意を決したように口を開けた兄の口にポテトサラダを放り込むのではなく、自分の口に持っていった。うん、食べられる。
「本当に嫌いなの知っていて、貴方に食べさせる訳ないだろう」
ポテトサラダの小皿を取り上げ、代わりにブロッコリーとプチトマトのサラダを置く。ま、その顔が見れたのだからと溜飲を下げる。
「夕理さん、好き」
「それは、どうも」
「なるほど、これが人たらし」
金烏さんの妙に感心した顔がやけに印象的だった。
私は堕ちた神様を癒すために作られた存在であるが故に、心の傷を治すなどの精神に干渉する魔法に高い適正を持つ。そのため、物理的な攻撃系統の魔法の行使は実は苦手だったりする。攻撃魔法は兄の得意分野だし、女の子というのもあって取得しなくてもと今まで甘やかされてきたが、なんだかここ最近きな臭くなってきた。いつまでも人に任せているわけにはいかないよね。
夕食後。自室に引っ込んだためゲームでもしてるんだろうと家族は思っているだろうが、私は自分の神域を訪れていた。練習中の魔法が暴走したとしても、ここなら誰も巻き込むことはない。
「へー、ここが神域。愛良様とはまた違うが綺麗だなー」
先に寝ていればいいのに、何故か一緒に行きたいと言い出した金烏さんも一緒だ。何も面白いものはないけどいいのかな?
黄金の光を放つ烏は、夜の闇を照らし出す太陽みたいだ。夜しかないはずの私の神域に朝が来たようだ。
「金烏さんは私の隣にいてね」
「了解ー」
私の肩に止まった金烏さんに微笑んでから、目の前の景色に向き直る。
赤や紫、水色に刻一刻と色を変える森の美しさに心を落ち着ける。精神統一のために目を閉じて、今日練習する術式を頭に思い浮かべる。魔力がエネルギーに変換されて身体の中で渦巻く。攻撃目標に照準を合わせたところで目を開けて、出口を求めてさ迷う魔力を放出させる。薄紅色の収束ビームが闇夜を切り裂く。目を閉じて魔法の成否を探れば、薄紅色の光が軌道にある森を消し飛ばしながら、あらかじめ用意していた目標の大岩を粉々に砕いたことが分かる。
「え、今の何?」
目の前から消えた森を見ながら私はゲンナリする。これは、駄目だ。失敗。要求される結果に対して無駄に多く魔力を消費しているし、破壊規模が大きすぎて、味方を巻き込みかねない。威力の制御が課題か。GWに夜桜家に泊まり、その際に呪術の本を見せてもらって使えそうな術式を再現してみたのだが、やはりそう簡単には上手くいかないよね。神域で練習していて良かった。私は目の前に森を再生させる。
神域は神が作り出した空間だから、持ち主の意思で自由に変化させることが出来る。だから、元に戻すのも容易い。まだまだこの術式は外では使えないな。
「え、何。今の魔法? これ、我いる?」
「勿論必要に決まってますよ。私は一番弱いんですから」
「これで弱いって今の日本怖い」
怯えたような目でこっちを見る金烏さんに首を傾げる。そりゃ、大規模破壊を引き起こす魔法が得意だから強く見えるかもしれないけど、近接戦闘はゴミだよ? 家族は私を戦いの場に立たせたくないみたいだから、練習も付き合ってくれなくていつまでも向上しないし。
「金烏さんの本性は刀だよね。後で手合わせ付き合って貰えませんか?」
「分かりました。お姫様の為なら我は鳥刺しになります」
別に殺すつもりはないし、流星刀が無ければ剣術は下手だから、そんな死刑宣告受けたみたいな顔しなくていいのに。
ま、とりあえず今は攻撃魔法の練習だ。私は前に向き直り、今度は比較的得意な水系統の攻撃魔法を発動させた。




