鳴神月
6月に入った今日は、衣替えの日である。よって、中学校に着ていく制服は夏服へと変わる。紺色の靴下をはいたあと、水色のスカートを手にとり、足を入れ腰の位置でホックを留める。次にキャミソールの上からセーラー服の上着に袖を通し、制服の前のジッパーを上げ、白いスカーフを手に取り前で結んで完成。
鏡の前でくるりと回って、おかしな所がないかチェック。うん、大丈夫そう。
それから、髪を櫛でとかしながらアクセサリー入れを漁る。今日は何を着けようか。夏空を写したような水色のセーラー服に合うように、青モチーフがいいかも。
そこで、京都旅行のさいに愛良さんに買ってもらった青い薔薇の髪飾りが目に入る。
よし、今日はこれにしよう! 髪を整えて最後に髪飾りを着けてから、カバンを手に持って下に降りた。
「おはよう」
朝の挨拶をしてからダイニングに座ると、朝食を作っていたお父さんが此方を振り向いて目を細めた。
「おはよう、夕理さん。そっか、今日から夏服なんだね。よく似合っているよ」
「ありがとう。……お母さんとお兄ちゃんは?」
ま、お兄ちゃんは明陽さんに朝会うために先に学校に行ったんだろうけど、出張帰りならともかくお母さんがまだ起きてこないのは珍しい。
「柚月さんは、昨日遅くまで仕事の報告書を書いていたからまだ寝てるよ。薺くんはもう先に学校に向けて出ちゃったね」
わたしの前にスクランブルエッグやソーセージ、サラダにトーストが載ったプレートを置きながらお父さんが答えてくれる。
「そっか」
「折角新しい格好をしたから、薺くんたちにも見せたいよね。夕方だったら大丈夫だと思うよ」
微笑ましそうな笑みを向けられて、なんだか恥ずかしくなってくる。
「そ、そーいうのじゃないよ! ま、まぁ、9月一杯まで夏服なんだからそんなに焦らなくて良いと思うし」
「うん、そうだね」
お父さんは笑いながらわたしの頭を一撫ですると、キッチンに戻って行った。だから、違うんだって。
「おはよう。なんだか急に暑くなって来たよねー」
教室に着いて、カバンから教科書を出し、学校に置いていたノート代わりのタブレット端末の電源を入れたところで、友人の元宮咲空が話しかけてきた。パタパタと自分の顔を扇ぎながら、私の前の席に座る。ま、この席の主はまだ登校してきて無いからいいか。
「今日しかも体育あるよ。バドミントンとか絶対汗かくじゃん!」
教室は冷暖房完備だから、夏でも快適だ。しかし、私の通う中学校は公立だから廊下まで冷暖房は着いていない。教室の外に出れば一気に暑さが襲いかかってくる。
私立だと廊下どころか体育館にもエアコン完備だというから驚きである。金持ちだなー。
「まぁ、まぁ。今日からダブルスだって先生が言ってたから、良ければ一緒に組もうか? 少しは負担が軽くなるかもよ」
「やった‼ サンキュー。夕理ちゃんとペア組んだら楽出来る!」
咲空ちゃんは顔を輝かせる。期待しているところ悪いが、そう簡単に行くかなと内心首を傾げる。確かに私は人より運動は得意なほうだけど。
「そうだ、昨日のドラマ見た?」
咲空ちゃんの中で話は終わったようで、次の話題、彼女が今推しているアイドルが主演しているドラマの話になった。ひとしきり、ドラマの感想を聞いていたところで、声がかかる。
「おはよう、元宮さんに佐藤さん」
「あ、ごめん。席借りてた。おはよう、白木さん」
「おはよう」
白木さんは此方に頷くと、カバンを机の上に置いた。
「ねぇ、昨日の数学の宿題、最後の問いわかった?」
「えぇ、まあ。けど、学年トップが横にいるんだからそっちに聞けば良いじゃない」
「だって、白木さんも頭良いし、先生みたいに教えるの上手じゃん! めっちゃ、分かりやすいし! 夕理ちゃんには残念ながら人に教える才能は無いんだよ」
私も隣で苦笑しながら頷く。感覚で答えはこれだ、というのは分かるのだがどうしてこの問題が解けるのか自分でも分からないことが多いので、基礎ならともかく応用問題を人に教えるのには圧倒的に向いてないのだ。
「分かった。一回しか言わないからちゃんと聞くのよ」
「わーい、ありがとう!」
白木さんは自分の端末を立ち上げると、デスクトップにある数学のアイコンをタッチして宿題を呼び出した。
放課後。私は中学校で合唱部に入部したが今日は部活が無い日なので、ちょっと考えて近くの山に登ることにした。足元スニーカーだから歩きやすいし、もしかしたら紫陽花が少しは咲いているかもしれない。
慣れた山道を鳥や虫の声を聞きながら登っていく。紫陽花は残念ながらまだそこまで咲いていなかったが、鮮やかな緑の木々や夏の花が目にも楽しませてくれる。
森を抜けると、お気に入りの草原に出る。今は白や紫の小さな花が一面に咲いていた。ここで、初めて天使様に会ったんだよな。
放課後の過ごし方の定番の選択肢の一つは、天使様の家に遊びに行くことだった。しかし、先日彼が手に入れようとしていた黄金の刀の主に私がなってしまったことで、地球に滞在する意味がなくなってしまったのだろう。
京都から帰ってすぐの休日に訪ねれば、彼の住んでいたアパートの部屋はすっかり荷物が引き払われていた。私に何も言わないで行方をくらませるのはこれで2回目だが、今回は心配だ。
天使様も魔力が足りなくて消えかけているのが分かったのだから、余計に。
やっぱり、天使様を探しに宇宙旅行でもすべきか。菖蒲さんとか優しいから、聞けば自分の出身の惑星の位置くらい教えてくれそうだけど。
夏草の上に座って、ぼうっと景色を眺めながら思索に耽っていると、唐突にドーンっと背中に柔らかい感触が伝わってきた。
「わーい、夕理ちゃんだ。遊びに来てくれたんだね!」
太鼓やトランペットを持ったタヌキの鼓笛隊さん達だった。彼らとの付き合いも変わらずずっと続いている。
「あれ? お洋服変わってる?」
私の膝に乗ってきたタヌキさんの一匹が首を傾げる。
「うん。今日から夏服だから」
「へー、よく似合ってるね!」
気持ちを表現するように軽快なメロディーを奏で始める。タヌキさん達の演奏する曲がだんだん私が合唱部で練習している曲へと変わる。
「これって」
「良い曲だったから皆で練習したんだ。ほら、夕理ちゃんも歌って。貴方の歌が聞きたい」
うるうるした愛らしい瞳でお願いされては断れない。タヌキさん達の演奏に合わせて歌を紡ぐ。
開放的な外で大きさを気にせず思いっきり歌えたのが良かったのか、それとも仲良しなお友達と一緒に音楽が出来たのが良かったのか。きっと両方だ。
先ほどまで、天使様を案じて沈んでいた気分がちょっとだけ浮上した。
「ただいまー。今日のご飯何? お腹空いちゃった」
制服の上からエプロンを着けたお兄ちゃんが、リビングの扉からひょっこりと顔を出した。
「おかえり、夕理さん。今日は今まで作ってそうで作ってなかった、夏野菜のボロネーゼだよ」
おおう、新作! オシャレなカフェとかで出てきそうなメニュー出てきた。どことなく、自信が有りそうなお兄ちゃんの顔に、期待が高まる。あ、でもその前に。
「お兄ちゃん、見て見て! 今日から夏服!」
「その色だと暑い夏も爽やかでいいね。可愛いよ」
えへへ、褒めらて嬉しくなる。
急ぎ足で手洗い、うがいをしてから自分の部屋に入る。カバンをベッドに放り投げ、制服を脱いでハンガーに掛けて、タンスから部屋着を取り出し、着替えからリビングに向かう。
そこでは、お兄ちゃんがすでにテーブルにお皿を並べていた。私は冷蔵庫を開けて、よく冷えたアイスティーを取り出しコップに二人分注いでテーブルに置いた。うわ、今日のごはんも美味しそう!
「いただきます」
ワクワクでフォークを手に取る。ひき肉と野菜の旨みがたっぷり詰まったミートソースが美味しいのは勿論のこと、ゴロゴロ入ったブロッコリーやピーマン、茄子が良い味を出している。特に茄子は柔らかくてお口の中で蕩けるようだ。
一緒に出された人参のポタージュも、甘くてジュースみたいに美味しい。生クリームが入ってるね。こんなの、いくらでも飲めてしまう。
「良かった」
お兄ちゃんが私を見てポツリと呟く。
「何が?」
「ん? なんか最近夕理さんが落ち込んでいるような気がしてたけど、今日は元気になっていたから」
なかなかの鋭さに、私は誤魔化すような笑みを浮かべる。気づかせるつもりなかったんだけどなー。
私が慰めを言われるのがあまり好きではないから、自分で回復するまで放っておいてくれたのかな。だとしたら有難い。




