ゲームを買いに その⑰
目が覚めると、ベッドに寝かされ、横にはトランスが座っていた。
「ああ、ここはどこだ」
「修理屋です。あなたは三つ指さんの前に倒れていました」
「三つ指が助けを呼んでくれたのか」
「はい。フロア中に響くような大声でしたよ」
どうやら意識を失うと三つ指の前に戻る設定らしきものが助けてくれたようだ。
部屋は、ブルーが寝ていたような病室だったが、ベッドがひとつしかない個室のようだった。
体を起こそうとすると、頭に鋭い痛みが走る。
「五針ほど縫いました」
頭を押さえて顔をしかめた私を見て、トランスが言う。
「まったく気付かなかった」
「痛み止めにたっぷりウォッカを飲ませましたからね」
「頭が痛いのはそれのせいか」
「丸一日寝ていましたから、そちらの頭痛は無いはずですよ」
「そんなに寝ていたのか」
「何があったんです?」
トランスは私を心配していたわけではないらしい。それを聞くために、私の意識が戻るのを待っていたのだろう。
「スペードと話をした。直後、数人の男に襲われた」
「ゲーム・エリアに行ったんですね」
「ああ、手っ取り早いかと思ったんだけどな」
「スペードは、ここで流通するドラッグを取り仕切っています。面倒な取り巻きが多くいますからね」
「単なる印象だけど、彼は殺人には関係していないような気がする」
「私もそう思いますね。殺人はスペードのスタイルに合いません」
「彼をよく知っているのか」
トランスは、少し時間をかけて言葉を選ぶ。
「知っている、とまでは言えませんね。ただ、感情的に物事を進めるタイプでは無い事は分かります。この世界で、最も私に似た思考をする人物かもしれません」
「それを聞いたら喜びそうだ」
「どういう意味でしょう」
「いや、気にしないでくれ」
「これからどうしますか」
「ホテルでリリカの話を聞いてみようと思う」
トランスは少し意外そうな顔をした。どうするか、というのは、こんな目にあってもまだ調査を続けるのかどうか、という意味だったらしい。
「ボディガードを付けましょうか?」
「いや、一人の方が何かと動きやすいし、大丈夫」
「そうですか。くれぐれも気を付けてください」
その言葉は、私を心配してと言うよりも事が大げさにならないように、という警告にも聞こえた。
「それでは、私は仕事に戻りますので」
「ああ、誰かに水を持って来るようお願いしてくれないか」
「わかりました。言っておきましょう」
トランスが出て行ってから、少しして烏天狗の人形が水を持って来てくれた。このエリアには、なかなかマニアックな人形がいるようだ。
「目が覚めたな。気分はどうだい」
烏天狗が水を私に手渡しながら聞く。
「ああ、もう大丈夫そうだ。あんたが縫ってくれたのかい」
「そうだ。俺の仕事だからな。機械の修理は西洋系、おもちゃの修理は日本系のモンスターが得意なんだよ」
「役割分担があるんだな」
私は、ポケットから魔女に貰った頭痛薬の残りを取り出し、三つほど一気に水で流しこむ。
「以前は、ここは日本系のモンスター、って言うか、物の怪だな、俺たちだけのエリアだったんだ。ゲーム・エリアが出来る事になって、西洋系のやつらが移って来て、同居する事になったんだよ」
「へえ。そんな事があったのか」
「今は上手くやってるけど、最初は仲が悪かったんだ。揉め事もしょっちゅうさ」
「それで武器の持ち込み禁止、か」
「そうそう。今でもそれぞれのボスがいて、組織としては別々さ」
烏天狗はいかつい見た目とは違って、話し好きのようだった。
「あんたらのボスは誰なんだ」
「会って見るかい」
「いいのか」
「ああ、俺たち物の怪は親しみやすさが売りなんだ。その辺は西洋系とは違うぜ」
烏天狗に案内され、コンテナ群を登った。
コンテナの山は上に登るほど細くなっていき、最終的には二つの頂上があり、その最上階がそれぞれの組織のボスの部屋となっているらしい。
部屋の前で少し待たされ、烏天狗がボスに取り次いでくれるのを待った。
「いいぜ、入んな」
烏天狗が開けてくれたドアから部屋に入ると、中は和室となっていて、畳の敷かれた部屋の中央に、肘かけにもたれた狐がキセルを吸っていた。
派手な和服を着た狐は、体型は人間の女性のもので、妖艶に投げだした足の後に九本の尾が扇のように広がっていた。
「九尾の姉さんだ」
烏天狗が紹介してくれる。
「こっち来て座んなよ」
九尾が艶のある声で言う。
「あんた、四つ指さんだろ。噂は聞いてるよ」
「あんたがボスかい」
「その無粋な言い方は止めておくれ。姉さんでいいよ」
「分かった、そう呼ばせてもらうよ」
「お近づきの印に一杯どうだい?」
見ると、九尾の前には、キセルの灰皿と並んで徳利と御猪口が置かれている。
「いや、病み上がりなんで遠慮しておこう」
「そうだったね。あんた、トランスの頼みでなんかやってんだろ」
「知っているのか」
「そりゃ知ってるさ。狭い世界だからねえ」
「詳しくは話せないんだ」
「いいよ、別に。トランスがやる事なら間違いないだろうさ」
「彼を信頼してるんだな」
「そうさねえ。あたしたちは、面倒な事がみんな嫌いだからね。あの男みたいな働き者はこっちにはいないんだよねえ」
九尾が言いながら、烏天狗の方をちらりと見る。
「ひどいな、姉さん。俺だって姉さんの命令なら何でもやるぜ」
烏天狗が気色ばんで答えるが、その口調は単なる冗談のやり取りで、それほどの真剣味は感じられない。
「いいよ、面倒くさいことは。あたしは美味い酒さえ飲めれば、他の事はどうでもいいのさ」
そう言うと、九尾は言葉通り、美味そうに一口酒を飲むと、キセルを吸ってゆっくりと煙を吐き出す。
「まあ、あの男の事だから間違った事はしないだろうさ。油断のならない男ではあるけど、その辺は信頼してるっちゃしてるのかもねえ」
九尾はキセルの灰を灰皿に落とすと、凝った彫刻の施された煙草箱から新しい葉っぱを取り出し、キセルの先に詰める。
「ところで、あんた、ゲームの方は順調かい」
「いや、恥ずかしながらそっちはまったくなんだ」
「ふうん」
九尾が切れ長の黒目で、じっと私の目を見つめる。
「だからあんたが選ばれたのかもしれないねえ」
「どう言う意味だい」
「おっと、お酒を飲むと口が滑っていけないねえ。この話も止めにしようかね」
「姉さんも事情を知ってるの」
「そりゃそうさ。こう見えても、一応この世界ではそれなりの立場だからねえ」
なんとなく、この世界の勢力図みたいなものが見えて来たように思えた。
「そんな事よりさ、外の世界の話を聞かせておくれよ」
九尾は、この世界の住人の中で初めて、外の世界に強い興味を示した。次々と私に質問をし、その答えにいちいち感心したり、楽しげな笑い声を上げたりした。九尾は驚くほど外の世界の事情に通じていて、時には私が返答出来ないような事まで知っていた。
「このデパートのおもちゃ売り場は、珍しいほど大きいだろ」
九尾は話が一区切りつくと、言った。
「そうだね。今時ここまで大きなおもちゃ売り場のあるデパートはもう無いかもしれない」
「先代のオーナーの方針だったらしいんだけどさ、いつまでこのままでいられるのかねえ」
九尾はそう言うと、吐き出したキセルの煙を目で追って、それが消えてしまうまでただ眺めていた。
「今日は楽しかったよ、忙しいのに話し相手になってもらってすまなかったね」
「いや、こっちも楽しかった。怪我が良くなったら、今度はお酒を付き合うよ」
「いいね。楽しみにしてるよ」
私が立ちあがって、部屋を出ようとすると、九尾に呼びとめられた。
「何かあったら烏天狗に言いな。手伝わせるから。トランスが信頼してるようだから、あたしもあんたを信頼するけど、くれぐれも仁義に外れたような真似はするんじゃないよ」
その時だけ、九尾の目が油断の無い色を浮かべた。
「ああ、姉さんの期待を裏切らないよう心がけるよ」
それは本音だった。
烏天狗の案内でコンテナの迷路を抜け、入り口付近に座っていた河童に挨拶をし、外に出ると、すでに照明は落ちていた。
ホテルに行くにはいい頃合いだった。




