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ゲームを買いに その⑯

 ホテルへ行くには、少し時間が早かった。

 そのまま宿泊するのであれば、やはりホテルは夜に訪ねる方が都合がいい。その前に、ゲームエリアの様子を見ておこうと思った。

 

 ゲーム・エリアへ行くと、以前に来た時と同じように、モニターがデモ・プレイの映像を流していて、その前に数人の男女がたむろしていた。

 私は、彼らに近づき、声を掛けて見ることにした。

 ここの住人が事件と関係しているのであれば、事態が動くきっかけを作ってみるつもりだった。

 

「ちょっと聞きたい事があるんだけど」

 私が声をかけると、5人ほどいた男女の一人、ロボットアニメの人気キャラで私でも知っている女の子が、気さくに答えてくれる。

「あら、4Fさんじゃない。何が聞きたいの」

「あの、ここでドラッグが手に入るって聞いたんだけど、何か知らないかい」

「ええ、4Fさん、ドラッグなんか欲しいんだ」

 彼女が驚いてそう答えると、横から全身に刺青を入れた、古い漫画の悪役キャラの一人が、彼女を制して、私の前に立つ。そして、全身を舐めるように見て、威圧するかのように顔を近づけてくる。

「ドラッグが欲しいのか。俺たちのドラッグが人間のあんたにも効くのかどうか、なかなか興味深い話だわなあ」

「まあな。興味本位、ではある。君たちのドラッグがどんな物か、試してみたくて」

「ここに来ればドラッグが手に入るって、誰に聞いたんだ」

「私もフロンティアやレース場で、数人の知り合いが出来た。あの辺りでは、知らない者はいないようだぞ」

「ふん。まあいい。ゲームの小部屋の奥に、スペードの事務所がある。あそこで聞いてみな」

「ありがとう。スペードっていうのは、誰なんだい」

「誰でもねえよ。ただのおもちゃだ。俺たちと同じな」


 ゲーム・エリアの小部屋は、毛足が長い絨毯が敷き詰められていた。

 他に何も無く、そこかしこに、漫画やアニメのフィギアが思い思いの姿勢で、いくつかのグループを作り、話をしていた。

 一番奥に、衝立で仕切られたスペースがあった。

 私に好奇の目を向けるフィギアたちの間を抜けて、私は奥へと進んだ。


 衝立の後ろには、木造りの机があり、椅子が二脚置かれていた。

 私に向いた椅子に、男が一人座っていた。

 予想に反して、座っていたのはどこから見ても善良そうな若い男だった。

 バトルや戦争とは無縁な学園物のアニメの主人公らしく、学生服にさっぱりとした黒髪に、眼鏡をかけた優等生タイプ。

 学級委員、という役所が似合いそうだった。

 男は衝立の蔭から現れた私を見て、眉を上げて一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに爽やかな笑顔になった。


「どうぞ、お座りください」

 私が要件を話し出す前に、自分の前の椅子を勧める。

「あんたがスペードさんかい」

 私は、椅子を引きながら聞く。

「そうです。僕がスペードです。あなたは四つ指さんですね。4Fとお呼びした方が良かったでしょうか」

「いや、どっちでも好きなように呼んでくれ」

「そうさせて貰います。それで、どんな御用件です?」

「ここに来ればドラッグが手に入ると聞いて来たんだ」

「おや、ドラッグですか。僕たちの物が人間にも効くのかなあ」

「それを確かめてみたくてね」

「あは、チャレンジャーですね。さすがレース場の英雄だ」

「ただ、お金を持っていないんだ。どの程度のお金で買える物なんだい」

「そうですね。お金でもいいんですけどねえ」

 スペードはそこで一旦言葉を切ると、屈託の無い笑顔を浮かべる。

 ただ、その笑顔は、いかにも表面的で、この男も一筋縄では行かない人物のような印象を受けた。

「この世界にお金を流通させたのって、トランスさんだって知ってました?」

「それは初耳だな」

「お金なんか必要の無い世界のようでしたけど、あった方が何かと便利ですからね。あの人の怖い所は、それを流通させるのに、ギャンブルを使ったとこなんです。あなたも参加したあれのことなんですけどね。あそこから始めて、いつの間にかここでもお金が定着していったんですよ」

「彼は何のためにそんなことをしたんだ」

「さあ。僕が生まれた時には、もうお金は普通にあったからなあ。どんな意図だったのか、よく知りませんね。ただ、過不足無くお金を流通させるのって、すごく難しいですよ」

「そうだろうな」

「あの人、ほんと頭がいい。怖いくらいです」

「それが分かる自分も、まんざら頭は悪くないと思ってるんじゃないのか」

「あれ、そう言う突っ込みって、やっぱり人間ならではですねえ。あなたもなかなか怖いなあ」

 スペードはいかにも痛いところを突かれたように笑ったが、私を見る目は、冷静そのもので、会話を通して私を値踏みしているかのようだった。

「お金でもいいんですけどね、あの人の影響下で仕事をするのも詰まらないですから、ここでは違う物で支払って貰うこともあるんです」

「たとえば?」

「たとえば、下手な嘘で隠している秘密、とか」

 そう言うと、スペードは身を乗り出して、机の上に両肘を乗せてその上で組んだ手に顎を乗せると、私の目を覗きこむ。

「そうだな、そこまでして欲しい物でも無いし、今回は諦めるよ」

「そうですか。それは残念」

「それじゃ、私は行くよ」

「会えて楽しかったですよ。気が変わったら、また来てくださいね」


「スペードには会えた?」

 外に出ると、一人でモニターをぼんやり眺めていた先ほどの女の子が、私に気付いて声をかけて来た。

「ああ、会えたよ。ありがとう」

「ドラッグは手に入った?」

「いや、それはもういいんだ。諦めた」

「そっかあ。まあ、やらないに越したことはないよ」

「そうだな。ありがとう」

 彼女は、満足そうに、うんうん、と頷いて見せる。

「スペードがここのリーダーなのかい」

「ううん、どうなんだろう。スペードより悪い奴や強い奴なんてたくさんいるんだけどね、なんかいつの間にか、全部スペードのペースになっちゃうんだよね」

「人望があるんだな」

「人望って言うか、スペードの言う通りにしておけば間違いない、みたいな感じ?」

「なるほど」

「スペードって、トランスさんに憧れてるからね。あんな風になりたいのかも」

「そうか。トランスが聞いたら喜ぶよ」

「あ、ダメダメ、私がこんなこと言ったなんて知ったら、スペード絶対怒る」

「わかった。今のは、ここだけの話にしておこう」

「ありがと。助かる」

「それじゃ、いろいろありがとう」

「うん。またね」


 ゲーム・エリアから出て少し歩くと、照明が落ちた。

 三つ指の前を通ると、三つ指は立ったまま寝ている。私は、起こさないよう気をつけながら、ホテルを目指した。


 ホテルはすぐに分かった。

 ブロックを積み重ねた、アメリカのモーテルのような造りの、二階建ての建物が壁に沿って建っていた。

 横並びの部屋は、全部で17部屋。一階に7部屋、二階に8部屋。一階の一番端が事務所になっているらしく、そこだけガラス張りの部屋から、明かりが漏れていた。

 事務所の上に、パイプネオンでHOTELの文字が光っていたが、その内の、OとEが消えている。今更ここがホテルだと殊更に宣伝する必要も無いのだろう、直す気も無いようだった。


「おい、あんた」

 事務所を目指して歩いていると、後ろから声がかかった。

 振り向くと、布で顔を隠した数人の男が立っていた。

 その内の何人かが、私を取り囲むように、回り込んだ。

「私に何か用か」

「余計な事を嗅ぎまわってるみたいじゃないか」

 ひと際大柄な男が、威圧するように言った。

「嗅ぎまわられて困る事でもあるのかい」

 私が言うと、男が一瞬口ごもる。

「いいからやっちまおうぜ」

 後から、別の男が言う。

「一緒に来て貰おう」

 大柄な男が、私の腕を掴む。

 多勢に無勢だ。私はホテルの裏の暗がりに連れ込まれた。トランスにはああ言ったが、とても逃げる事など出来そうにない。

「お前らのボスはこの事を」

 そう言いかけると同時に、頭に衝撃があった。

 慌てて頭を抑えようとするが、同時に足や腹を殴られ、蹴られ、私はすぐに倒れ込む。

 腹を抱えてひたすら体を丸めて、衝撃に耐える。

「おい、そろそろ止めておけ。人間は脆いからこれ以上やると死んじまうぞ」

 その声と同時に、攻撃が止む。

「これは警告だ。次はこんなもんじゃ済まさない」

捨てゼリフの後、男たちが遠ざかる足音が聞こえる。

 最初に受けた攻撃で、頭からかなり出血がある。

 立ち上がろうと体を起こしかけ、激痛で倒れ込む。

 なんとか修理屋まで行こうと、這いずっているうち、やがて、意識が遠くなった。

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