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ゲームを買いに その⑱

 ホテルのオフィスのドアを開けると、ドアに付けられた小さな鐘が、カランと鳴った。

 狭いオフィスの真ん中をカウンターが仕切り、その陰に、ずっと昔にやっていた特撮物で見た事がある気がする宇宙人のようなモンスターのようなおもちゃが座っていた。

「ブブさんはいる?」

「わたしがブブだよ」

 確かにその声は、歳を取った女性の物に聞こえた。性別が定かではないが、グレイが婆さんと言っていた意味が分かった。

「まず、部屋を借りたいんだ」

「一階と二階どっちがいい」

「そうだな、二階にしよう」

 ブブが背後の壁にいくつか吊るされた鍵の一つを外し、カウンターに置く。

「204号室が開いてるよ。二階の真ん中あたりだ」

「一泊いくらなんだい?」

「別にお金は取らないよ。行き場を無くしたやつが一時をしのぐための部屋だからね。満室になる事はまず無いし、商売にする気も無いよ」

 ブブの顔は表情が読み取りにくいが、その口調には、どこか色々な事に疲れてしまったような投げやりさがあった。

「そうか。この世界にいる間、しばらく世話になるよ」

「好きなだけ居な。たまに掃除だけはしておくれよ」

「わかった。それと、ここにリリカって女の人はいるかい?」

「ああ、リリカは二階の一番奥の部屋にいる。ここでは一番長い客だね」

「ありがとう。今部屋にいるかな」

「いるだろうさ。リリカが外出するとこなんてもう随分見てないね」


 私はカウンターの鍵を取ると、オフィスから出て、建物の横に取り付けられた階段を登った。

 二階に上がると、ベランダのように続く外廊下に沿って、部屋が並んでいた。

 204と表示のある部屋の鍵を開け、中に入る。

 外から入る微かな光を頼りに、部屋の壁に取り付けられた照明の下に垂れる紐を引くと、ぼんやりとしたオレンジ色の光が灯った。

 部屋は、照明の下に机と椅子があり、その対面の壁にベッドが置かれただけのシンプルな内装だった。ベッドには一応マットらしきものが敷いてあったが、布切れ一枚だけで、掛け布団も同じく布切れ一枚。

 そのベッドを見て、魔女の事を思い出した。

 ここの住人たちは、もう少し睡眠という物に心を配った方がいい。

 私は、鍵を机の上に放り、部屋の外に出てドアを閉めた。


 外廊下を端まで進み、208号室のドアをノックした。

「開いてるから勝手に入んな」

 中から、ハスキーとも言えるしわがれた女の声が返って来た。

 ドアを開けると、私の部屋よりさらに薄暗い照明の部屋から、煙草の煙が流れだした。

 ベッドに、コーン色のもじゃもじゃ頭をした黒人女性が横になって煙草を吸っていた。

 睡眠もそうだが、この世界の住人は喫煙率もやけに高い。健康への配慮が全体的に欠けている。

「リリカさん?」

「当たり前だろ。誰を訪ねて来たんだい」

「それはそうだ。入らせてもらってもいい?」

「あんた誰だい?」

「ああ、私は、人間の世界から迷い込んで来たんだ。ゲームをやる羽目になってね」

「それが私にどんな用事があるのさ。ゲームでも何でも勝手にやればいいだろ」

 リリカは面倒くさそうに言い、煙草の煙を吐き出す。

「それが成り行きでね。ウールの事を探してるんだ」

「ウール? なんであんたがウールの事を探すのさ」

「まあ、成り行きだな」

「ふん。私は何も知らないよ」

「取り敢えず、座ってもいいかい」

「勝手にしな」

 私は、ドアを閉めて、机の下に収まっていた椅子を引っ張りだし、ベッドの横に座った。

 リリカは短くなった煙草を、吸い殻で山になった枕元の灰皿に押し込んだ。

「ウールと付き合ってたって聞いたんだけど」

「昔の話さ」

「その昔の話でいいんだ。ウールの事、少し聞かせてくれるかい」

 リリカは、体を起こすとベッドの上に横座りになり、新しい煙草に火を付けた。色褪せた赤いドレスの先から覗く、褐色の足の先の爪に施された赤いマニュキアが所々剥がれ落ちていた。

「何が聞きたい」

「そうだな。トランスとウールってどんな関係だったんだい」

「トランスとウール。親友でもあり、ライバルでもあり。そんな関係かね」

「コンビだったんだろ?」

「コンビって言うか」

 リリカは言葉を切ると、天井辺りに視線を流し、少しの間記憶をたどるように煙草を吸う。

「西洋系と東洋系のモンスターがまだ別々のエリアにいた頃、それぞれのグループは互いに干渉しないのが基本だったんだけどさ、それでも勢力争いみたいな衝突が時々はあったんだよ。この世界は、魔女とレゴの王様が取り仕切ってるようなとこがあるけどさ、面倒事やあまり表では言えないような事は、モンスターたちの領分なんだよ」

「ああ、それはなんとなく分かるよ。今もそうなんだろ」

「二つのモンスター組織は、ほぼ同じような力関係だったねずっと。東洋系は、とにかくボスの九尾がおっかなくてね、下手したら魔女くらいの力があるんじゃないかって恐れられてたんだけど、西洋系はトランスとウールの二人の力が強かった」

「西洋系のボスは、力は無いの?」

「力があるのか無いのか、それを知ってる者がいないんだよ。そもそも姿を見た事があるやつも少ないんじゃないかね」

「リリカさんは?」

「私も見た事は無いよ。ただ、ウールの話だと、実質的に西洋系を取り仕切ってるのはトランスだったみたいだよ。ボスは何かを決定したり、命令したり、なんて事はしないらしい。トランスの事はどの程度知ってるんだい」

「それほど多くを知ってるとは言えないな」

「あれだけの男だからね、下の者もトランスの言う事なら何でも聞いたし、何より彼がいなかったら、とても東洋系に対抗する事なんて出来なかっただろうね」

 リリカは、手元を焦がすほど短くなった煙草を灰皿に捨てる。

「ウールはさ、頭で物を考えるようなタイプじゃなかった。すぐカッとなるし、怒ると手がつけられないし、トラブルばかり起こしてたけど、普段は優しくて仲間思いだったんだ。

トランスは随分ウールの起こしたトラブルの後始末をさせられてたんだ。でも、あの二人は妙に気が合ってね、いつもフロンティアで一緒に飲んだくれて」

 リリカは、言葉を切って、もの憂げに立ちあがると、部屋の隅の乱雑に積み上げられた荷物の中から、ポータブルのカセットレコーダーを取り出した。

 人間用のそれは、人形の体にはかなりの大きさで、リリカは苦労して抱えあげると、ベッドに置いてスウィッチを入れた。

 古臭いブルースが、流れ出した。

「私は、毎晩フロンティアで歌ってたんだ。昔はあそこも今みたいな下品な踊りを見せるような店じゃなかったんだよ。トランスは、気持ち良く酔った夜は、私の歌に合わせてピアノを弾いたもんだよ」

「トランスがピアノ?」

「想像つかないかい? あの男はなかなかいい音でピアノを弾くんだ」

「一度聞いてみたいもんだな」

「もう何年も弾いて無いだろうけどね。ウールは、そんな時は本当に気持ち良さそうに私の歌を聞いてたんだ。若かったね、三人とも」

 リリカの語尾に、微かな自虐の響きが紛れこむ。

「トランスは圧倒的な力を持つボスがいる東洋系に対抗するために、相当苦労してたんだ。お金を流通させるなんて事を始めたのも、そのためだよ。東洋系が手出しできない影響力を持つためなんだ、あれも」

「なるほどな」

「実質組織はトランスで持ってるようなもんだったんだけどさ、逆にウールは少しずつ阻害されてる気持ちになって来てたんだろうね。他の者の目には、自分はトランスの子分みたいに見えているんじゃないかって、そんな事でだんだんトランスと一緒にいるのを避けるようになって来たんだ。ちっぽけなプライドだよね、今考えると」

「二人は、随分前から友達じゃ無くなってたって事?」

「それでもしばらくは友達と言ってもいい関係だったんじゃないかな。決定的だったのは、ゲーム・エリアが出来た事。あそこの若いのが、なんて言ったかな」

「スペードの事?」

「ああ、そうそう。そんな名前だったね。そのスペードがさ、この世界で影響力を持つために、トランスのやったような事を始めたんだ。方法はお金じゃなくてドラッグでね」

「そんな経緯があったんだな」

「ウールがさ、それに目を付けたんだよ。スペードと組めば、トランスと対等になれるって思ったのかもね。ほんと、馬鹿な男」

「トランスは黙って見てたの?」

「随分忠告したみたいだよ。結局はスペードに利用されるだけだって。でも、それが余計にウールを意固地にさせちゃったのかもね。ウールはドラッグの流通だけじゃなくて、ドラッグその物に手を出しちゃったんだ」

「その頃はリリカさんとウールは付き合ってたんだろ」

「まあね。ただ、そのうちウールが私にも手を上げるようになってきた。トランスがそれを知って、ウールを呼びだすと、動けなくなるまでぶん殴ったんだ。そして、もう二度と自分の前に姿を見せるなって言って、それ以来、ウールは私の前からも消えた」

 話はそれで終わりだった。

 リリカが黙り、重くなった部屋の空気をブルースだけが微かに震わせていた。

「ありがとう。参考になったよ」

 私が立ちあがると、リリカは一瞬顔を背けて目元を拭うような仕草をした。

「ウールはさ、トランスが来ない夜も、毎日フロンティアに来てたんだ。私が歌い終わると、必ずバーテンが赤いバラの花を刺したソルティドッグのグラスを持って来た。ウールさんからって。似合わない事をするよね。ねえ、あんた、ウールに会ったらさ、私はもう怒ってないからって伝えてくれないかい」

「分かった。伝えておくよ」

 208号室を出て、ドアを閉めると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

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