第八章:不滅の証明、そして武士道
数分後、P-38ライトニングの爆音はジャングルの彼方へと去り、混成陣地の辺りはパチパチと燃えるヤシの木の焦げる音と、白く煙る凄まじい硝煙に包まれていた。
「糞っ、負傷者の確認だッ! 被害の確認を急げ!」
泥壕から這い出してきた大槻海軍大尉が、第三種軍装に付いた泥を払うのももどかしく、涙目のまま兵たちに怒鳴り散らして命令を飛ばす。
その硝煙の闇の向こうから、下半身はフリちんのまま、だが背嚢をしっかりと背負った全身包帯のミイラ男――黒金巌伍長が、無音の確かな歩法で歩み寄ってきた。そして、焼き潰れた喉から、ボソボソとかすかな標準語を絞り出した。
「……大尉殿。……新しい包帯を、巻いて欲しいな……」
「貴様、まだそんな格好を――」
大槻大尉は言いかけて、言葉を失った。機銃掃射の風圧で下半身の包帯が完全に吹き飛んだ巌の剥き出しの肉体。そこには、赤黒く爛れ、ナパームの油汁でどす黒く炭化した、人間のものとは思えない凄惨な大火傷の痕が焼き付いていたのだ。
大槻は巌のその黒焦げの皮膚を凝視し、戦慄しながら問いかけた。
「……き、貴様……それは、火傷したのか……!?」
巌は直立不動のまま、大真面目な顔(包帯だが)で淡々と答えた。
「はい。一人用の蛸壺陣地で敵の火炎放射器に焼かれましたが、原住民の秘薬の力か、なんとか生きてます」
「な、何だと……!?」
大槻大尉は、あまりの常識外れの生存報告に、空いた口が塞がらなかった。火炎放射器の直撃を受けて生きている人間など、この世にいるはずがない。大槻は慌てて陣地の奥へと叫んだ。
「軍医殿! 軍医殿を呼んでくれ!」
間もなく、泥壕の奥から救急嚢を提げた、海軍第7根拠地隊所属の海軍軍医少佐が駆けつけてきた。軍医少佐は、直立不動のままフリちんで立つ巌の全身を、鋭い医師の目で視診し、その炭化した皮膚へと恐る恐る手を触れて触診を始めた。
「……し、信じられない……」
軍医少佐は、眼鏡の奥の目を見開いて呟いた。手のひらで触れる巌の肉体は、皮膚も筋肉も完全に焼き潰れて炭化している。一切の「痛み」を感じていない巌の異様さ。だが、胸の手前に耳を当てると、確かに心臓は力強くドク、ドクと黒い生命力を脈打たせているのだ。
「全身にこれほどの致命的な大火傷を負っているというのに、脳も、五臓六腑(内臓)も完全に生きている……。これは医学界の奇跡だ。もし無線が生きていれば、すぐにでも大本営や軍令部に報告できたものを……!」
軍医少佐は、歴史的な大発見を前線に閉じ込められた絶望に、ガックリと肩を落とした。そして、自慢の海軍刀を握り締めて立っている大槻大尉を振り返り、静かに、だが重みのあるトーンで言った。
「大尉。陸軍には、これほどの極限状態を生き抜いた不滅の重症患者や、彼を支えてここまで連れてきた、泥と血に汚れた勇敢な看護婦がいるのだ……。彼らを見捨てて、我が海軍だけが潜水艦(伊一七七)の補給物資を独占するというのは、さすがに皇国軍人として……気が咎めるな」
「…………っ」
大槻大尉は、はっと息を呑んだ。
ラエやサラワセのエリート基地の栄光にしがみつき、陸軍の敗残兵を小汚いと見下していた我が身の傲慢さ。
軍医の言葉は、大槻の胸の奥にある、海軍兵学校で叩き込まれた真の軍人精神を激しく揺さぶった。傷だらけの陸軍兵たちの意地、そして目の前の不滅のミイラ男の仁義。
大槻大尉は深く目を閉じ、やがてカチッと目を見開くと、海軍刀の柄を握り直して言った。
「……わかりました。これが……『武士道』というものか……」
大槻は佐藤上等兵たち陸軍の兵たちを見据え、そのプライドの高い口元をキュッと引き締めた。
「おい、陸軍の敗残兵ども! よく聞け! 次の伊一七七潜水艦から届く補給物資は、陸軍の貴様たちにもきっちり回してやる! 遠藤看護婦、黒金伍長にもな!」
「え……!? ほ、本当ですか、大尉どの!」佐藤上等兵が泥まみれの顔を輝かせる。
大槻大尉はフンとそっぽを向きながら、釘を刺すように怒鳴った。
「ただし、欲張るなよ! 貴重なコメとタバコだ、全員で均等に分ける! そして飯を食い終わったら、すぐに全員一丸となって、この壊滅した陣地と防空壕の再建任務に取りかかるんだ! 遅れるなよ!」
「はっ!! ありがとうございます!!」
佐藤上等兵たち陸軍兵の、割れんばかりの歓喜の連呼が硝煙の陣地に響き渡る。
オロオロと震えていた遠藤看護婦も、ようやく救われた安堵感に胸を撫で下ろした。
陸海の確執が「武士道」の元に美しく氷解し、全員が空腹の胃袋を抱えながらも、次なる戦い(再建)に向けて団結した瞬間。全身を新しい包帯で不器用(ねずみ男の尻尾は泥に埋もれた)に巻かれ直した黒金巌伍長は、九五式軍刀をピシッと構え、大槻大尉と海軍のシマに向けて、最高の陸軍式の敬礼を静かに捧げるのだった。
(第九話へ続く)




