第二話:不滅の包帯歩兵、転進す
黒金巌伍長は、鬱蒼と生い茂るフォン半島のジャングルを、遠藤看護婦と共に歩いていた。
逃げ場のない灼熱の暑さが、容赦なく二人の肉体を襲う。
巌の装備は、背嚢から弾薬盒に至るまで寸分の乱れもない「完全軍装」だった。しかし、火炎放射器のナパームに焼かれたその身体は、手に入る限りの粗末な包帯で全身を隙間なくグルグルと巻き付けられている。どう見ても、無音で這い寄る恐怖のミイラ男が、大日本帝国陸軍の下士官の格好をして行軍しているようにしか見えなかった。
だが、原住民の禁忌の秘薬と呪術を流し込まれた巌の肉体には、もはや一切の「痛み」が存在しなかった。トゲだらけのカランギットの蔓が包帯を切り裂こうが、巌はカチカチの陸軍の歩法を崩さず、淡々と泥濘を踏みしめていく。
もっとも、彼の手先が致命的におっちょこちょいで不器用なのは、怪異になっても変わっていなかった。
痛みを感じないせいで、トゲのある蔓に包帯の端が引っかかっていることに全く気づかずガシガシと歩き続けた結果、自分で自分の包帯をずるずると解いていってしまうのだ。
「……あ、あれ……? 遠藤さん、なんか……足元の包帯が解けて絡まる……」
焼き潰れた喉からかすかに掠れた声を漏らし、あられもない姿になりかける巌に、後ろから付いてくる遠藤看護婦が、ひび割れた唇を尖らせて呆れた声を上げた。
「ちょっと、伍長殿! 痛みがないからって、自分でミイラを解いてどうするんですか! カチカチの現役兵のくせに本当に不器用なんですから!」
遠藤看護婦は肩で息をしながら、泥と血、あるいは赤痢の処理で元の国防色が分からないほど汚れた看護衣の手で、巌の包帯をきつく巻き直した。生身の人間である彼女の疲労は、すでに限界に達していた。
巌は、包帯に包まれた顔をゆっくりと空へ向けた。
「ひどい暑さだ。早くスコールでも降らないかな。喉が渇いて仕方ない……。遠藤さん、少し小休止にしよう。あそこの小さな洞窟で休もうか。そろそろスコールが来る天気だ」
不器用な手で背嚢から貴重な医薬品の袋や、あの丸みのある平たい九九式手榴弾をどかし、遠藤が座る場所を確保したその瞬間だった。
ザァァァァァァァァァーーーーーッ!!!!!
熱帯特有の突風と共に、激しい大雨が容赦なくジャングルを叩きつけた。
二人は急いで、これまで一滴の水すら入っていなかった昭5式水筒を泥壕の雨水へと突き出し、並んで補水を開始した。ゴクゴクと、焼き潰れた巌の喉が不気味に、だが必死に鳴る。
遠藤看護婦もまた、汗だくになった手と顔を、冷たい雨水で貪るように洗った。
数分後、スコールが嘘のようにピタリと止むと、あたりには再び猛烈な熱気と、肌にまとわりつく湿気が襲いかかってきた。
巌は軍刀の鞘を握り直すと、掠れた声で言った。
「……今日はこの辺りで野営だな」
「はい……」
遠藤看護婦は疲れ切った表情で、小さく頷いた。
雨露に濡れた包帯を震わせ、巌は現役兵の下士官らしい凛とした真剣な表情のまま、おもむろに、焼き潰れた喉からボソッと絞り出した。
「ところで……部隊はどこに行ったんだ? この道でいいのかな」
「え……?」
遠藤看護婦は、その場に釘付けになったように、ポカンと口を開けて唖然とした。
部隊(本隊)がどこへ向かったのか。巌は、最初から何一つ具体的な情報を知らぬまま、「置いていかれてたまるか!」という現役兵の意地と勢いだけで、彼女の手を引いて野戦病院を飛び出してきたのだ。本気で、1ミリも行き先が分かっていない男の、あまりにも堂々とした完全軍装の強行軍であった。
(まさか……この伍長殿、本気で何も分かってないのに私を連れ回してたの!?)
遠藤看護婦が絶望と爆笑の境界線で白目を剥きそうになるのであった。
(第三話へ続く)




