【第30話】カルミナの秘密
あらわになった彼女の右目は、明らかに人間の瞳ではなかった。
本来の黒目があるべき場所には、サファイアのような青い星の模様が浮かび、淡く神秘的な光を放っていた。
「それって、義眼ですか?」
ミラが驚いて尋ねる。
「そう。これは義眼型マギア『ステラ・スコープ(星導の透眼)』。義眼としての視力はもちろん、魔力を流す量に応じて、遠くの景色を見通したり、温度を可視化したりと機能が変化するマギアよ」
カルミナは自分の右目にそっと触れた。
「これが、私のコレクションの一番のお気に入り。シュタール・ガレオス様の最高傑作だと思っているわ。幼い頃に視力を失った私が、クラフターとして一人前以上になれたのは、この目のおかげ。でもこのマギアはシュタール様の若い頃の作品みたいなの。どうやら長い年月のせいで内部のルーンがかすれてきているみたいで、最近少しずつ視力が落ちてきているの。ひょっとしたら、お孫さんのあなたなら直せるんじゃないかと思って」
すがるような彼女の瞳を見て、アルノは迷うことなく頷いた。
「もちろん。やってみるよ」
アルノはカルミナから義眼を受け取ると、店の奥にある彼女の作業場を借りた。
丸眼鏡の拡大鏡越しに義眼の内部を覗き込んだアルノは、思わず息を呑んだ。
そこには、今のアルノの知識では到底考えもつかないような複雑な機構と、1センチという祖父の限界サイズで完璧な配置に刻まれたルーンの集合体が広がっていた。
(やっぱり、おじいちゃんはすごい……。でも、今のボクなら)
祖父の偉大さを改めて実感しながら、アルノは神経を研ぎ澄ます。
やがて、経年劣化によってわずかにかすれている動力伝達のルーンを見つけ出した。
アルノは全身の特製エルコンで魔力を極限まで絞り込み、指先からエーテルの糸を紡ぎ出す。
その様子を見ていたカルミナは、声を出して邪魔をしてはいけないと思いながらも、「まさか全身のアクセサリーが、全部マギアだったなんて…」と無意識につぶやいていた。
そしてアルノは全神経を集中し、祖父の1センチのルーンを丁寧になぞり修復をしていく。
さらにそのルーンの周囲の隙間に繋ぎ合わせるように、アルノは自身の1ミリの極小ルーンを緻密に編み込んでいく。
「よし!、完成だよ。着けてみて」
アルノから義眼を受け取り、右目に装着したカルミナは、数度瞬きをした後、ハッと息を呑んだ。
「うそ……視界がクリアになっただけじゃないわ。魔力の伝導率が、以前よりずっとスムーズ……。すごいわ!性能が飛躍的に上がってるわっ!」
驚くカルミナに、アルノは右手親指の指輪を撫でながら胸を張った。
「おじいちゃんの残したルーンに寄り添うように、極小のルーンを縫い合わせたんだ。これが、おじいちゃんから受け継いだ技……『ルーン・ステッチ』さ」
カルミナは深く感動し、アルノの手を両手で優しく包み込んだ。
「ありがとう、アルノ君。私の一番の宝物を救ってくれて……。本当に、すごいクラフターね」
そして彼女は、カウンターの上に置いてあったあの小さなオルゴールを、アルノの手にそっと握らせた。
「二番目のお気に入りは、あなたに持っていてほしいの。おじいさまの最高の技術を受け継ぎ、さらに進化させたあなたにこそ相応しいわ」
「え?本当にいいの?ありがとう!カルミナさん。絶対大切にするよ」
すっかり夜の帳が下りた王都の街。
初めての依頼を完璧にこなし、思いがけない出会いと祖父の足跡に触れたアルノ。
「さあ、お腹も空いたし、寮に帰ろうか」
「オレが特製のシチューを作ってやるよ。今日は特別に肉を多めにしてな」
「やったー!カイルのシチュー大好き!」
「ほんまに、今日はええ一日やったねぇ」
手土産を下げた4人の楽しげな笑い声が、涼しい夜風に乗って夜の王都に溶けていく。
落ちこぼれのDクラスチームは、確かな絆と成長を胸に、学園寮への帰路につくのだった。




