【第29話】受け継がれしルーン・ステッチ
夕日が王都の街並みをオレンジ色に染め始める頃、アルノたちは裏路地にある『カルミナ魔導具店』のドアを開けた。
「カルミナさん、ただいまー!」
アルノの明るい声に、店の奥からカルミナが顔を出す。
彼女は無事に帰ってきた4人の姿を見て、ホッとしたように目尻を下げた。
「おかえりなさい。怪我はなかった?泥だらけじゃないの」
土砂崩れを切り抜けたせいで制服が汚れている4人を見て、カルミナが心配そうに駆け寄ってくる。
「色々とトラブルはあったが、こいつらのおかげで無事だ。それより、頼まれていた品を持ってきたぞ」
カイルが背負っていた木箱を慎重に下ろし、カウンターの上に置いた。
「え……?嘘でしょ、本当に採取に成功したの……?」
カルミナは驚いたように4人の顔を見渡し、恐る恐る木箱の蓋を開けた。
ベルベットの布の上に鎮座する、極薄の層雲石。
カルミナは手元の作業用ルーペを引き寄せ、石の表面を食い入るように調べ始めた。
「……信じられない。マイクロクラックが一つもないわ。厚さも完璧な0.1ミリ……これ、本当にあなたが手作業で剥がしたの?」
カルミナは震える声で呟き、信じられないものを見るような目でアルノを見つめた。
「うん。ボクの特技だからね。これで映像記録マギア、直せそう?」
アルノがのんきに首を傾げると、カルミナは深く、深くため息をつき、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、完璧よ。これなら最高の絶縁シートが作れるわ。おじいさんも、きっと泣いて喜ぶと思う。……あなたたち、ほんとは学生じゃなく上級の探索者なんじゃないの?」
カルミナは改まった様子で、最大の賛辞をアルノたちに送った。
「本当にありがとう。この依頼の達成報告は、協会と学園にしっかり送っておくわ。それから……今回は想像以上の成果だったわ。サイズも大きくて、本当に完璧な状態。依頼の報酬とは別に、私から個人的にお礼をさせて」
カルミナは店内を見渡し、にっこりと笑った。
「ここにある中古のマギアや委託販売の品の中から、好きなものを一つずつプレゼントするわ」
4人は目を輝かせて店内を見て回る。
カイルは防具の手入れ用品を、ミラは杖の収納袋を、シルフィアは可愛い小物入れに決めたようだ。
そんな中、アルノは店の奥にある、鍵のかかった立派なガラスケースの前に立ち止まった。
「カルミナさん、ケースの中のこれって……」
「あ、ごめんなさい。そのケースの中は売り物じゃないの。私の大切なコレクションだから、譲ることはできないのよ」
カルミナは申し訳なさそうに手を合わせた後、「でも……」といたずらっぽく微笑んだ。
「せっかくだから、私のお気に入りを特別に見せてあげるわ」
彼女はケースの鍵穴の上に刻まれたルーンに魔力を流し、カチャリとロックを外した。
たくさんあるコレクションの中から彼女が慎重に取り出したのは、3センチ四方ほどの、手のひらに収まる小さな金属の箱だった。
パカッ、とカルミナが箱を開けると、中心にセットされた極小の可愛らしい、赤い魔石がクルクルと回転し始めた。
同時に、キラキラとした美しい光の粒子が溢れ出し、店内に心地よくて澄んだ音楽が響き渡る。
「うわぁ……きれい」
シルフィアがうっとりと息を吐く。
「これはね、とある凄腕のクラフターの作品で、私の二番目のお気に入りなの。私は彼の作品に惚れ込んで、色々集めているのよ」
カルミナは熱を帯びた声で語り出した。
「このマギアの凄さは、音楽や光じゃないわ。このルーンの『小ささ』よ」
彼女はオルゴールの裏蓋をそっと外し、内部の基盤をアルノたちに見せた。
そこには、1センチほどの小さなルーンが緻密に、そして美しく刻み込まれ、魔石のエネルギーを得て、淡く輝いていた。
「普通、ルーンは最小5センチが限界と言われているわ。でもこの作品は、その常識を覆す1センチというサイズで精密に描かれているの。今の時代、こんなに小さなサイズでルーンを刻める職人はまずいない。このオルゴールは、もはやロストテクノロジーと言ってもいいくらいの芸術品なのよ」
カルミナの熱弁を聞きながら、アルノは心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「そうだね、……ほんとにすごいよ」
王都という大都会で、大好きな祖父の作品の素晴らしさに気づき、こんなにも大切にしてくれている人がいた。
その事実が、アルノの胸を熱くさせていた。
「これ、ボクのおじいちゃんが作ったんだ」
「……えっ?」
カルミナの動きがピタリと止まる。
「あなた、もしかして……。シュタール・ガレオス様のお孫さんなの!?」
「うん。ボクは、アルノ・ガレオスっていうんだ」
驚愕で目を丸くしたカルミナだったが、やがて深く納得したように息を吐いた。
「なるほど……。あなたのあの信じられないような手先の器用さは、おじいさま譲りってことだったのね」
カルミナは少し思い詰めたような表情になり、じっとアルノの灰色の瞳を見つめた。
「ねぇたしか、アルノ君……だったわね?ひょっとしてあなたも、この1センチの小さなルーンを刻めるの?」
「うん、できるよ。ボクは小さい頃からおじいちゃんに鍛えられてきたからね。今はこれよりもっと小さなルーンだって、刻めるようになったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、カルミナの表情に確かな決心が宿った。
「あなたに、ぜひ見てもらいたいものがあるの……」
彼女はそう言うと、ずっと右目を隠していたワインレッドの長い前髪を、指でそっと耳にかけた。




