【第3話】ルーン・ステッチ
大講堂での測定が終わり、新入生たちはそれぞれのクラスへと振り分けられた。
アルノに割り当てられたのは、最底辺とされる「Dクラス」だった。
「Dクラスの生徒はここに行けって言われたけど、なんで教室じゃないんだ?」
彼は疑問を口にしながらも、案内された第7工房へと足を運ぶ。
ガララララ……。
「やっと最後の一人が来たな、さっそく始めるぞ」
ヨレヨレの白衣に無精髭、ボサボサの灰色の髪を掻きむしりながら、どう見てもやる気のない中年の男が説明を始める。
「俺はロイド・アッシュ。お前らDクラスの担任だ。クラス分け測定は終わったが、俺はお前らの基礎的なルーンキャスト(魔法陣刻印)の測定をしておきたい。俺はクラフターだからな」
彼は左手に、甲にルーンが刻まれた指抜きグローブをはめている。
これはクラフターの証である魔力出力変圧器、エーテルコンバーターだ。
「とりあえず基礎力チェックだ。この魔導板に書かれた線の上を、魔力で正確になぞれ」
手渡された魔導板には、太さ1cm、長さ10cmほどの一本の線が書かれていた。
「制限時間は3分。一斉にスタート!」
アルノは右手に自分のエーテルコンバーターをはめ、魔導板に向かった。
――3分後。
「はぁ……思ったよりひどいなこれは……。特にお前、アルノ・ガレオス。お前はクラフター志望だろう。なのに、半分もできてないじゃないか」
「はい、まあ。こういう作業は苦手ですね」
アルノが飄々と答える。
アルノの出力0.01という数値は、魔力を放出する穴のサイズが極端に小さいことを意味している。
そのため今回のような、一般的な太さと大きさの線を引く場合、極細のペンで広い面を塗り潰していくような作業になり、絶望的に時間がかかってしまうのだ。
「……まあいい。次の課題にいくぞ。いいかお前ら。AクラスやBクラスのエリート共には学園からマギア購入の予算がつくが、最底辺のDクラスにそんな金は支給されねえ。自分の武器の簡単なメンテナンスや、使い捨てのマギアくらいは自作できるようになれ」
その言葉に、生徒たちは不満げに顔をしかめた。
「次の課題は簡単な『照明マギア』の作成だ。新しい魔導板に、指定された発光のルーンを刻め。俺がチェックするから出来たやつから声をかけろ。クラフター志望以外は工具を使え。制限時間は30分。……はじめ!」
生徒たちが一斉に不慣れな手つきで工具を手に取る。
そしてアルノは、全身につけた無数のアクセサリーをジャラジャラと鳴らしながら魔導板に向かった。
「さっきは決められた太い線をなぞるテストだったけど、今回は『サイズも太さも自由なんだよね?』それなら……」
アルノが指先に魔力を宿した瞬間、全身のアクセサリーが淡く光り輝いた。
キュインッ!!
開始の合図から、わずか一秒。
一瞬の閃光と共に、甲高い魔力のキャスト音が響き渡る。
「はーい、先生。終わりました」
「……は?」
工房内に響き渡ったアルノの明るい声に、ロイドを含めた全員の動きがピタリと止まった。
隣から覗き込んだ生徒が、
「なんだそれ?クラフターなのに、まともにルーンも刻めないのか?」
鼻で笑って呆れ声を上げた。
この世界においてルーンは、回路の様な複雑な幾何学模様を、対象物の表面に日焼けさせたような跡として刻まれる。
しかしアルノの提出した魔導板の中央には、ただキレイに変色して塗りつぶされたような星型の跡があるだけだった。
「一瞬で終わったと思えば、ただのシミかよ」
「こいつさっきの測定で、出力0.01を出したやつじゃないか?」
周囲の生徒たちも一斉に嘲笑を浮かべるが、教卓から歩み寄ってきたロイドだけは違った。
彼の優秀なクラフターとしての勘が、そのうっすらと変色した、星型のシミから放たれる異様な気配を嗅ぎ取っていたのだ。
通常、クラフターは対象に極力近づき、指先一本に魔力を集中させて力強くルーンを刻み込む。
しかしアルノは、五本の指をまるで楽器でも弾くかのように軽やかに、そして滑らかに動かしていたのだ。
「まあ、起動してみてよ」
アルノはあっけらかんと、ロイドに起動用の小さな魔石を差し出した。
無言のままロイドが魔石をセットし、カチリと起動させた瞬間。
カッ!!
「うわあっ!?」
「目が、目がぁっ!」
工房内が白昼のように染まり、暴力的とも言えるほどの強烈な光が弾け飛んだ。
ただの簡易的な照明マギアが、まるで小型の太陽のような規格外の光量を放ったのだ。
「おかしい!?セットした魔石にここまでのエネルギーはなかったはずだ?……いや、その前に、ルーンはどこだ?」
あまりの眩しさに腕で顔を覆う生徒たちの中で、ロイドは目を細め、アルノの魔導板を限界まで凝視して息を呑んだ。
「……ただの星じゃねえ。シミのように見えたこれは、1mmほどの極小ルーンの集合体だ!」
ルーンは密集させるほど、効果が跳ね上がる特性を持つ。
だが、巨大なルーンこそ至高とされるこの世界で、極小のルーンを刻む発想など誰も持ち得ない。
そもそも普通の魔力出力を持つ者にはアルノのように、極細の線を引くことすら不可能なのだ。
(ルーンの最小サイズは、5センチ程度が限界だ。かつて名工と言われた、シュタール・ガレオスでさえ、その限界は1センチほどだった。だが結局そんな彼の技でさえ、小さなオルゴールを鳴らす程度の、物珍しさでの評価でしかなかった……。ガレオス?こいつ、家名が同じだ……)
ロイドは魔導板のスイッチを切り、涼しい顔で微笑むアルノをまじまじと見つめ直した。
「……おまえ、どこでこんなルーンキャストの技術を」
アルノは、「ふふっ」といたずらっぽく笑い、
「ルーンキャストじゃないよ。これはルーンを縫い合わせる技『ルーン・ステッチ』さ」
ロイドは次に、視線をアルノが右手にはめているグローブと全身のアクセサリーに向けた。
通常この世界ではマギアを作るためには、最低でもルーンの最小サイズと同じ、5センチの面が必要だ。
そのため、これほど細く小さなアクセサリーをマギアなどと考える者はいない。
だが、もしこの極小のルーンを刻む技術があれば……。
「……おい、お前。その右手のグローブはダミーだな。まさか、その全身につけてるジャラジャラしたおもちゃ……に眼鏡、それが全部マギアなのか?」
かすかに震える声で尋ねるロイドに、アルノはにっこりと笑って首を傾げ、右手にはめたダミーのグローブを軽く外した。
「おもちゃじゃないですよ。全部、ボクが自分で刻んだ特製のエーテルコンバーターです。あ、眼鏡は拡大鏡ですけどね。ボク視力はいいほうなんです」
「全部エーテルコンバーターだと?お前、ただでさえ『0.01』なんていう極低出力なのに、これ以上何を変換する必要がある!」
「決まってるじゃないですか。もっと出力を『絞る』んですよ」
アルノは、無数の細い指輪が光る指先をひらひらと振って見せた。
「極小のルーンをさらに小さく! さらに細く! もっと多く! 精密に敷き詰めるには、0.01の出力じゃまだまだ大きすぎるんです。だからこの全身のコンバーターで限界まで魔力を細く絞り込んで、ようやくボクの理想の極細ペンになるんですよ」
出力を上げるためではなく、限界まで下げるために全身をマギアで固めている。
高魔力量・高出力が絶対の正義とされるこの世界において、それは完全に常識を覆す狂気の沙汰だった。
ロイドは無精髭を撫でながら、目の前にいる小柄な少年の底知れぬ実力に、ただ背筋が粟立つような感覚を覚えていた。




