【第2話】魔力出力0.01
人混みを抜け、王都のメインストリートに出たアルノは、遥か彼方にそびえ立つ巨大な建造物を見上げて息を呑んだ。
「ふぅ、もう少し手加減も覚えないとな……。それにしてもすごいなー……。ほんとにあんなに大きなルーンが刻まれてるんだ」
それは王都を魔獣から守るため、ダンジョンの入口に建造された巨大なゲート、魔獣の檻『タルタロス』。
遥か遠くにあるにもかかわらず、その途方もなく巨大なゲートの表面に、特大サイズの精巧なルーンが刻まれているのが、アルノにははっきりと見えた。
「おや、お嬢ちゃん。あんな遠くのゲートのルーンがみえるのかい?」
隣を歩いていた恰幅の良い商人が、目を丸くして尋ねてきた。
アルノは少し得意げに、眼鏡のブリッジを指先でクイッと押し上げる。
その時、眼鏡のフレームが微かに光を帯びた。
「おじさん、ボク男だよ。それに眼鏡が無くても、視力はかなり良いほうなんです。でも、すっごく大きいですねあのルーン」
「はっはっはっ、そうだろう。ルーンはその大きさと線の太さで性能が決まるからね。魔獣を外に出さないために刻まれたあの巨大なルーンは、まさに魔法陣の最高峰だね!」
「ルーンは大きさと線の太さで、その性能が決まる……か……」
アルノは、遠くそびえ立つタルタロスを静かに見つめた。
そしてその姿を胸に刻み、学園へと続く道へ足を進めた。
――
王立グラン・フォリア魔導学園。
その敷地には、新入生を祝うかの様に薄紅色の小さな花びらが舞っている。
その正門に到着したアルノは、門柱に刻まれている精巧なルーンにすっかり目を奪われていた。
「ほう……なるほど、ここは魔力の流れを反転させて……。この微小なカーブは結界の強度を上げるためなのか……」
ぶつぶつと呟きながら顔を近づけていると、後ろからドンと肩をぶつけられた。
「おい邪魔だぞ!田舎者はさっさとどけ!」
苛立った様子の他の生徒から邪魔者扱いされ、よろめいたアルノ。
姿勢を立て直そうとした時、スッと差し出された手があった。
「災難だったね、みんな測定前で気が立ってるんだ」
見上げると、そこには透き通るような金髪と碧眼を持つ青年が立っていた。
「ありがとう。ボクはアルノ。キミは?」
「私はルイス。……お互い、悔いのない結果が出せるといいね」
ルイスは優雅に微笑むと、取り巻きの生徒たちと共に歩き去っていった。
周囲の流れに続くように、アルノも入学式が行われる大広間へと足を踏み入れた。
――
程なく、厳かな雰囲気の中で入学式が始まる。
「入学おめでとう。この王立グラン・フォリア魔導学園の門戸は広い。だが、君たちの本当の試練はこれからだ。今年は新しい先生も来てくださった。ギルベルト先生。一言お願いできますか」
学園長に促され、壇上に一人の男が歩み出た。
仕立ての良い漆黒のスーツを纏い、冷徹なまでの知性を感じさせる眼差し。
彼こそが、Aクラスの担任を任されたギルベルト・オズワルドだった。
「……効率と成果。それだけがこの学園で生き残る唯一の術だ。無能に割く時間はない」
短く、突き放すようなその一言に、新入生たちの間に緊張が走る。
「この後は東の大講堂へ移動し、測定を行ってもらう」
学園長の厳かな声が大広間に響き、ついにこの学園での絶対的な階級が決まる時が訪れた。
――
東の大講堂の中央には、巨大な水晶型の魔力測定器が鎮座していた。
「次。ルイス・アルベルト・フリードリヒ・ヴァレリウス・マクシミリアン・ド・グラン・フォリア・8世」
長いフルネームが呼ばれると、講堂内がどよめく。
第一王子であるルイスが優雅に水晶へ手をかざす。
カッ!!
眩い光が弾けた。
水晶から放たれた圧倒的な光の奔流は、大講堂全体を真昼のように照らし出した。
同時に巻き起こった強烈な魔力の風圧に、周囲の新入生たちは思わず腕で顔をかばい、後ずさる。
それはまさに、王族としての格の違いを見せつける暴力的なまでの煌めきだった。
『……ま、魔力量8.05!出力8.0!』
試験官の震える声が響く。
「すごいっ!8.05だって!8.0を超える人間なんて、おとぎ話の世界にしかいないと思ってたよ!」
人類の限界値と言われる「8.0」を超えた規格外の測定結果に、新入生たちから割れんばかりの歓声が上がり、結果を見た教員たちも慌ただしく駆け出していった。
「次、アルノ・ガレオス」
アルノが前に出ると、席に戻ったルイスが目を細めた。
(門の前にいた、あの女の子か)
アルノが軽い足取りで水晶に触れる。
淡い光がぽつりと、かろうじて点灯した。
『魔力量6.5。……出力、0.01』
先ほどのルイスが放った太陽のような輝きとは対極の、マッチの火よりも儚く小さな光だった。
息を吹きかければ消えてしまいそうなその心もとない点灯を見つめ、一瞬の静寂の後、講堂は爆笑と哀れみに包まれた。
「おいおい、針の穴ほどの出力じゃないか!」
「これじゃあせっかくの魔力量も活かせない。なんて可哀想なんだ…。」
魔力量と魔力出力は生まれ持ったものであり、その数値は一生涯変わることはない。
この事実を受け、試験官も困ったようにため息をつく。
「……他の項目は測るだけ時間の無駄だな。君はもういい。次!」
途中で測定を打ち切られ、盛大な笑い者にされるアルノ。
だが、本人は全く気にする素振りもなく、涼しい顔で席に戻りながら、右手親指にはめた指輪を愛おしそうにそっと撫でた。
(やっぱり知らないんだ……。この数値だからこそ、ボクにしかできない技術があることを……)
その様子を、ルイスは鋭い眼差しで見つめていた。
(この学園の授業の厳しさは周知の事実。それなのにあの余裕、少し気になるね…。)
ルイスの胸の内で、アルノという存在への興味が静かに膨らんでいった。




