【第26話】初めての連携
霧に包まれた岩場は、源流へと近づくにつれて傾斜が険しくなっていった。
小柄なアルノの歩幅では登るのが厳しい段差も増えてくるが、そこはヘビーナイトであるカイルの独壇場だった。
「ほら、しっかり掴まれ」
カイルが片手でひょいとアルノの腕を引き上げ、岩の上へと引っ張り上げる。
「ありがとう、カイル。助かるよ」
「お前は軽すぎるんだよ。もう少し飯を食え。カルミナさんから借りた木箱のほうが重いぞ」
文句を言いながらも、カイルはアルノが滑らないように背後に回り、しっかりとサポートを続けていた。
「カイルってば、オバケにビビってるくせに、こういう時は頼りになるわよね」
ミラが軽やかに岩を飛び越えながら、ニヤニヤとからかう。
「だーっ!だからオバケじゃねえって言ってんだろ!オレは前衛として、お前らの安全を確保してるだけだ!」
「ふふっ、二人とも元気やねぇ」
シルフィアがおっとりとした声で笑い、先頭を歩きながら精霊の導くルートを正確に辿っていく。
しばらく進むと、アルノが定期的に行っていた水質検査に変化が訪れた。
「あ、見て!反応したよ!」
アルノが小川の水を汲んだガラスコップの底、金属製の台座に組み込まれたルーンが、チカチカと淡い光を放ち始めたのだ。
「本当ね!さっきまで全く光らなかったのに」
「うん。濃度が確実に上がってる。源流はもうすぐそこだ」
さらに上流へと進むと、周囲を覆っていた乳白色の霧が、少しずつ晴れて視界が開けてきた。
切り立った崖のふもと、入口付近に大小の岩が点在する洞窟があり、その岩の隙間から小川の水が勢いよく流れ出している。
「あの中やわ。あそこから、一番濃い水が流れ出とる」
シルフィアがタクトを下ろし、ほっと息をついた。
「よし、あの洞窟の中を探せば、層雲石が見つかるはず……!」
アルノが喜んで一歩を踏み出そうとした、その瞬間だった。
ズズ…ズズズ……ッ!!
足元の岩盤が不気味に震え、地鳴りのような重低音が渓谷に響き渡った。
「え……?」
シルフィアがハッと息を呑む。
彼女の周囲で道案内をしてくれていた水の精霊たちが、パニックを起こしたように激しい音波を発し、一斉に水の中へ逃げ散っていったのだ。
「アカン……!上から来るで!!」
シルフィアが悲鳴のように叫び、頭上の崖を指差した。
数日前の大雨で地盤が緩んでいたのだろう。
何十メートルも上の切り立った崖の一部が、轟音と共に崩落を始めたのだ。
巨大な岩石の塊が、大量の土砂やなぎ倒された木々を巻き込みながら、アルノたちのいる場所へと一直線に雪崩れ落ちてくる。
逃げ場はない。左右は険しい岩場で、後ろは今登ってきたばかりの急斜面だ。
「ワタシに任せてっ!」
前に出たのは、ミラだった。
かつて自らの強すぎる出力を恐れていた彼女の瞳に、もう迷いはない。
頭上の巨大な岩と押し寄せる土砂の波へ向けて、彼女は真っ直ぐに杖を構えた。
杖に刻まれた唐草模様のルーン『アタッチメント』が激しく発光する。
彼女の規格外の魔力が、暴走することなく極限まで圧縮され、杖の先端へと集束していく。
「消し飛びなさい……っ!!ファイヤー・バレットッ!」
放たれた真紅の閃光が、押し寄せる土砂崩れの中心へと着弾した。
鼓膜を破るような爆音と共に、馬車ほどあった巨大な岩々が一瞬で粉々に砕け散り、土砂の大部分が強烈な魔法の威力で吹き飛ばされる。
「すげえ火力だ……!だが、まだ残りが来るぞ!」
ミラの魔法で粉砕しきれなかった大量の岩の破片と土砂が、勢いを殺しきれずに雨あられのように降り注いでくる。
「撃ち漏らしはオレが引き受ける!!」
カイルがミラの前に躍り出ると、背後のアルノを庇うように巨大な大盾を構え、深く重心を落とした。
彼が持つ莫大な魔力が、分厚い盾へと一気に注ぎ込まれる。
「シールドーー、バーーーーーッシュッ!!」
カイルの気迫の咆哮と共に、大盾から強烈な衝撃波が上空へと放たれた。
まるで目に見えない巨大な壁が激突したかのように、迫り来る残りの土砂と岩の破片が空中で弾け飛び、四方八方へと豪快に蹴散らされていく。
しかし、ミラの魔法とカイルのシールドバッシュによって砕かれた土石や猛烈な衝撃波の余波が、嵐のように4人に襲いかかろうとしていた。
「土の精霊さん、ウチらを守って!」
シルフィアがタクトを振り上げる。彼女の澄んだ声に応え、無数の土の精霊たちが一瞬にして集結した。
ドーム状の『土の障壁』がアルノたちを包み込む。
ドババババッ!!と鋭い破片や泥が防壁に打ち付けられるが、強固な土の壁はそれらをすべて外側へと弾き、内側にはそよ風一つ通さない。
数分にも感じられる長い十数秒が過ぎ、やがて地鳴りと衝撃が収まり、渓谷に再び静寂が戻った。
シルフィアがタクトを下ろすと、土の防壁が「ガラリ」と崩れ落ち、視界が開けた。
「……ふぅ。終わったみたいね」
ミラが額の汗を拭いながら杖を下ろす。
「ああ。お前の魔法の威力、相変わらず規格外だな」
カイルが土埃を払いながら、ニヤリと笑った。
「カイル君のシールドバッシュも、すんごい迫力やったよ。二人とも怪我なくてよかったわ」
シルフィアも安堵の笑みを浮かべる。
アルノは土埃で汚れた丸眼鏡を拭きながら、三人の頼もしい背中を見て、いつものように涼しい顔で微笑んだ。
「みんな、ありがとう。完璧な連携だったよ。……ほら、見て」
アルノが指差した先。
土煙が完全に晴れた彼らの目の前には、土砂崩れによって周囲の岩が削ぎ落とされ、全貌を露わにした源流の洞窟が、静かにぽっかりと口を開けていた。




