【第25話】探索!霧降の渓谷
王都グラン・フォリアから乗合馬車に揺られること約2時間。
アルノたち4人は、目的の地である『霧降の渓谷』の入り口に立っていた。
「うわぁ……ほんまに真っ白やね」
シルフィアが目の前に広がる景色を見て、感嘆と不安の混じった声を漏らす。
その名前の通り、渓谷は乳白色の深い霧にすっぽりと包み込まれていた。
ひんやりとした湿気を帯びた空気が肌を撫で、数メートル先を歩く仲間の背中すら霞んで見えなくなるほどの視界の悪さだ。
「ダンジョンじゃないから魔獣は出ないって話だったが、これじゃ足元の岩につまずいて崖から落ちる方が先かもな」
カイルが巨大な盾を構えながら、慎重に足場を確かめる。
「みんな、はぐれないように気をつけてね。さてと、まずは小川を探さないと」
アルノの言葉に従い、4人は霧の中を慎重に進んでいった。
しばらく岩場を探索すると、チョロチョロという小さな水音が聞こえてきた。
音の鳴る方へ近づくと、岩の隙間を縫うようにして流れる細い小川が見つかる。
渓谷の底には、無数の源流からなるこうした小川が、葉脈のように入り組んで流れているようだ。
アルノは腰のバッグから、カルミナに借りた『濃度測定マギア』を取り出した。
それはガラスコップの下に、金属製の台座が付いたシンプルな見た目で、台座の中にはルーンと魔石が組み込まれている。
コップの部分に水を入れることで、水に溶けたさまざまな鉱石の濃度を、調べることが出来る仕組みだった。
アルノはしゃがみ込み、コップの部分で小川の水を汲んでみた。
「……うーん、やっぱり反応しないね」
ガラスコップの底のルーンは光を帯びる気配もなく、沈黙したままだ。
「カルミナさんが言ってた通りね。一定以上の濃度にならないと反応しないから、下流の方じゃダメみたい」
ミラがポンチョの裾を少し持ち上げながら、周囲の無数の小川を見渡してため息をついた。
「ってことは、この多くの小川を、マギアが反応するまで片っ端から辿っていくのか?この濃い霧の中で?」
カイルがげっそりとした顔で天を仰ぐ。
仮にローラー作戦で探したとしても、当たりの小川に辿り着くまでに日が暮れてしまうのは火を見るより明らかだった。
「ボクの足なら三日はかかるかもねー」
アルノがのんきな声で笑うと、カイルが「笑い事じゃねえぞ!」とツッコミを入れる。
そんなやり取りの中、シルフィアが一歩前に進み出た。
「ほな、ウチの出番やね」
彼女はふわりと微笑むと、水辺の平らな岩の上にそっと腰を下ろし、アッシュグリーンの髪をかき上げ、耳につけたイヤーカフ『ハルモニア(精霊の囁き)』に軽く触れた。
ハルモニアに刻まれた、小さな蝶のルーンが淡く光り始める。
そして、彼女はタクトを右手に持ち、軽く魔力を小川に流し始めた。
小さなエーテルの光が小川に流れていく様は、まるでホタルのように美しかった。
「シルフィア、精霊に聞いてみるの?」
ミラが尋ねると、シルフィアはこくりと頷いた。
「うん。濃度測定マギアが反応せんくらい薄くても、ここら辺に住んどる精霊さんたちなら、水の違いが分かるかもしれんから」
シルフィアは、静かに目を閉じ、精霊に語りかける。
「水の精霊さん…、層雲石はどこから流れてきてるの?……」
エレメンターは言葉の中に、人間には聞き取れない特殊な音波を含ませて、精霊と意思疎通をする。
そして数秒後……。
シルフィアの目の前の水面が、ぽこ、ぽこ、と不自然に波立った。
「ひっ……!」
カイルがビクッと肩を跳ね上がらせ、思わず大盾を前に構えようとする。
「ちょっとカイル、オバケじゃないんだからビビらないの」
ミラが呆れたようにカイルの背中を小突く。
「わ、分かってる!急に水が動いたから反射的に構えただけだ!」
やがて水面が激しく揺らめき、見えはしないが明らかに、そこに何かがいるような気配を感じた。
「ええ子たちやね。来てくれてありがとう」
シルフィアは優しい声で語りかけながら、水面の歪みにそっと手を伸ばした。
精霊たちはシルフィアの指先にすり寄るように甘え、嬉しそうな音波を返す。
「なあ、ちょっと教えてほしいんやけど……この辺りのお水で、少しだけ『石の味』がするやつ、どこから流れてきとるか知らん?」
シルフィアの問いかけに、水の精霊たちのがシルフィアにだけ聞こえる音波を返し、会話を始めた。
以前のシルフィアなら、周囲のすべての精霊の声がノイズとなって頭痛を引き起こしていただろう。
だが今は違う。
耳元の『ハルモニア』に刻まれた極小の蝶のルーンが淡く光り、無数の声の中から必要な情報だけを綺麗に抽出して彼女に届けていた。
「うん、うん……なるほど。あっちの細い枝分かれの方から、苦いお水が流れとるんやね。教えてくれてありがとうな」
シルフィアは精霊たちににっこりと笑いかけると、彼らは満足そうに水の中へと溶け込むように消えていった。
彼女は立ち上がり、霧の奥へ続く一つの細い小川を指差した。
「こっちやて。この細い小川の先が、石の味が濃くなってるみたいやわ」
「おおっ!さすがシルフィアだ!」
カイルがパァッと顔を輝かせる。
「すごいわ!これならマギアが反応しないレベルの薄い濃度でも、迷わずに源流まで辿り着けるわね」
ミラも嬉しそうにシルフィアの手を取った。
「うん、シルフィアのおかげでショートカットできるね。さあ、案内をよろしく!」
アルノが明るく言うと、シルフィアは「任せとき!」と頼もしく胸を張った。
深い霧に包まれた渓谷の底。
視界は悪いが、4人の足取りは軽かった。
シルフィアの精霊との対話という、マギアの常識を超えたナビゲートにより、アルノたちは迷うことなく源流をたどり、層雲石を目指して進んでいくのだった。




