【第27話】みんなは一人のために
土砂崩れの跡を乗り越え、アルノたち4人は源流が湧き出す洞窟の内部へと足を踏み入れた。
外の乳白色の霧は晴れつつあったが、日光から完全に遮断された洞窟の中はひんやりとした空気が淀んでいる。
むき出しの岩肌からは常に水が染み出しており、非常に湿度が高かった。
鼻を突くのは、長い年月をかけて蓄積された苔と、独特な鉱物の匂い。
足元には小川の源流となる澄んだ水が静かに流れ、ポツン、ポツンと不規則な間隔で天井から水滴が落ちる音が、暗闇の奥へと反響して消えていく。
「暗いわね。足元に気をつけて。滑りやすいから」
ミラが慎重な手つきで木杖の先端に灯りをともす。
アルノが施したアタッチメントのおかげで、以前のように魔力が暴走して大爆発が起こることはなく、松明ほどの温かいオレンジ色の明かりが周囲の岩肌を明るく照らし出した。
しかし、出力制御の感覚を掴み始めたばかりの彼女にとって、魔法を『維持し続ける』のは至難の業だ。
灯りはまだ多少不安定な部分もあり、時々フワッと大きくなったり、スッと小さくなったりと脈打つ。
一定の光量を保つため、ミラの額には薄っすらと汗が浮かび、その制御に全神経が注がれていた。
「ありがと、ミラちゃん。それにしても、不思議な空気感やね」
シルフィアが周囲の岩肌を見渡しながら言う。
「この奥のどこかに、層雲石があるはずだ。アルノ、分かるか?」
大盾を背負い直したカイルが、最後尾から周囲を警戒しながら尋ねた。
「うん、探してみるよ」
アルノが丸眼鏡のブリッジをくいっと押し上げると、フレームに刻まれた極小のルーンが淡く光った。
ただの伊達眼鏡ではない、視力を極限まで引き上げる拡大鏡マギアとしての機能が起動する。
アルノは濡れた岩肌に鼻先が触れるほど顔を近づけ、ミラの灯りが作り出す僅かな陰影を頼りに、湿った岩の表面を舐めるように観察していく。
ただの岩石と目的の鉱物の微小な違いを見逃さないよう、灰色の瞳がせわしなく動く。
洞窟の奥へと進むこと数分。アルノの足がピタリと止まった。
「……あった。これだ」
アルノの声に、三人が集まってくる。
彼が指差した岩壁の低い位置には、周囲の黒くゴツゴツとした岩とは明らかに違う、真珠のような淡い虹色の光沢を放つ鉱物の層がひっそりと露出していた。
まるで何千枚もの透明な薄布をミルフィーユのように重ね合わせたような不思議な構造をしており、表面は常に水で濡れている。
その成分がゆっくりと、目に見えないほどの速度で足元の小川へと溶け出しているのがわかった。
「うわぁ、きれいやねぇ……これが層雲石?」
シルフィアが目を輝かせる。
「ああ。でも、ここからが本番だ。カルミナさんが言っていた通り、ここからは一切の魔法や衝撃は厳禁。完全な手作業になる」
アルノは腰のバッグを下ろし、中から革製の工具入れを取り出した。中には、ピンセットや様々な形状の小さなヘラ、極薄のノミなどが綺麗に並んでいる。
アルノは右手に嵌めていたダミーのグローブを外し、素手になった。
普段のルーン・ステッチでは、極細の魔力を操るために全身のアクセサリーを使って出力を絞り込むが、今回魔力は一切使わない。
必要とされるのは、ドワーフの先祖返りである小柄な彼だけが持つ『異常な手先の器用さ』と、研ぎ澄まされた触覚そのものだ。
アルノは指先を軽く曲げ伸ばしして感覚を確かめる。
「みんな、少しだけ手伝ってくれるかな。この石は本当にデリケートで、少しの風や水滴が落ちただけでも割れてしまうかもしれないんだ」
「任せろ。オレが壁になる」
カイルが即座に動き、アルノをすっぽりと覆い隠すように背後に巨大な大盾を立てた。
筋肉を硬直させ、洞窟の奥から吹き抜ける微かな隙間風や、天井から不規則に落ちてくる水滴を、その分厚い背中と盾で完全に遮断する。
「ワタシは明かりね。絶対にブレないように固定するわ」
ミラはアルノの手元に影ができない絶妙な角度を探り当てると、そこで木杖を構え、両手でしっかりと握りしめて石像のようにピタリと静止した。
瞬きすら最小限に抑えるほどの集中だ。
「ほな、ウチは風の精霊さんに頼んで、アルノ君の周りの空気をピタッと止めとくわ」
シルフィアがタクトを優しく振り、精霊たちに語りかける。
すると、アルノを包み込むように薄い空気の膜が張られ、彼の周囲だけが完全な無風の空間へと変化した。
「ありがとう。みんなのおかげで、最高の環境が整ったよ」
アルノは小さく息を吐き、極薄の金属ヘラを指先でそっと摘んだ。




