【第22話】澄み渡る精霊の声
翌日。
第3グラウンドでは、久しぶりに特殊職の合同実習が行われていた。
今日の課題は、魔法耐性の高い強固な防壁の的へ向かってそれぞれの魔法や技術を放ち、威力や精度を測るというものだ。
「次、シルフィア・エーテリス」
本日の実習担当ロイドの、相変わらずやる気のない声に促され、シルフィアが列から歩み出る。
見学している生徒たちの間から、どうせ失敗するのだろうと冷ややかな声がヒソヒソと漏れ聞こえた。
「また倒れるんじゃないか?」
「適性があっても、落ちこぼれじゃ意味ないよな」
しかし、今日のシルフィアの足取りは、昨日までの怯えたようなものとは全く違っていた。
彼女は指定の位置に立つと、振り返ってグラウンドの隅を見た。
そこには、真っ直ぐに自分を見守るアルノ、ミラ、カイルの三人がいる。
シルフィアはふわりと微笑むと、両手でアッシュグリーンの長い髪を後ろで束ねた。
あらわになった少し尖ったエルフの耳。
そしてそこに光るのは、アルノが仕立ててくれた特製のイヤーカフ『ハルモニア』だった。
(また、あいつが何か手を貸したようだな……)
眼差しが鋭くなるロイドと、ざわつく周囲をよそに、シルフィアは静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
右手にタクトを握り、そして精霊を呼ぶために、声に特殊な音波をおり混ぜ、言葉を空中に響かせる。
「さあ、水の精霊さん、炎の精霊さん、風の精霊さん。ウチに力を……」
直後、シルフィアの周囲の空間が陽炎のように歪んだ。
彼女の規格外の魅力に引き寄せられ、数百を超える数の精霊たちが一斉に群がってくる。
そして、数十もの群れがそれぞれに発する「手を貸したい」という強烈な意思の音波が、巨大な津波となって彼女の脳へ押し寄せる。
だが、シルフィアは倒れなかった。
彼女の耳元で、魔力鋼に刻まれた極小の蝶のルーンが淡い光を放ち始めたのだ。
アルノが組み上げた波長同調のルーンが、無数に重なり合う音波の束を瞬時に解析し、ノイズとなる過剰な波長だけを弾いていく。
いつもなら頭を叩き割るような大音量の不協和音が響きわたるはずが、まるでぶ厚い扉を閉めたように静寂につつまれていた。
そして静寂の中、ハルモニアのフィルターを通してシルフィアの耳に心地よく届いたのは、三つの澄み切った声だけだった。
それは、集まった精霊たちを束ねる、最も力のあるそれぞれの群れのリーダーの意思。
「……聞こえる。みんなの声が、はっきりと」
シルフィアの瞳から、感動の涙が滲んだ。
今まで自分を苦しめていた恐ろしいノイズは、こんなにも優しく、頼もしい囁きだったのだ。
「ありがとう。ほな、あの的をめがけて……いくで!」
シルフィアがタクトを真上に掲げた瞬間、グラウンドの空気が一瞬で変わった。
リーダーの意思に従い、数百を超える精霊たちが一糸乱れぬ動きで同調する。
彼らはシルフィアの魔力を存分に吸い上げ、その指示を受け動き始めた。
適正の無いものには、姿を見ることも、声を聴くことも出来ない精霊たち。
しかしその場にいた全ての人達が、その存在を確かに感じていた。
シュオォォォォッ!!
グラウンドに響き渡る空を切るような音。シルフィアの正面に現れたのは、高速で回転する小さな水の球だった。
それと同時に、強烈な炎が防壁を包みだした。
どれほどの高熱なのだろうか、防壁が真っ赤に変色し始める。
シルフィアが掲げたタクトを水平におろした瞬間、水球はものすごい速度で真っ直ぐに突進し、真っ赤に熱せられた防壁にぶつかった!
ドッゴオォォオォォォンッ!!!
水球と防壁が接触した一瞬の内に、ターゲットは紙吹雪のように消し飛んだ。
しかしその威力とはうらはらに、観客側にはその余波は全く届かない。
「すごいっ!あれは水蒸気爆発だ。しかも爆風まで風のバリアできちんと制御している」
アルノは無邪気に目をキラキラさせていた。
グラウンドが水を打ったような静寂に包まれた中、アルノとは対照的な表情でロイドはつぶやいた。
「なんて威力だ……さらに三種類の精霊の同時使役だと……これはエレメンターの立ち位置が変わるかもしれん」
精霊魔法は戦闘よりも、公共事業などで活躍する場面が多い。
それは特性上、攻撃よりも自然環境の再現などに向いているからだ。
しかしシルフィアの精霊魔法は、一流のマジックキャスターの攻撃魔法の威力にも匹敵する。
「精霊魔法で、あんなことができるのか……!?」
先ほどまで彼女を笑っていた生徒たちも、教師たちも、ただ口を開けて唖然とするしかない。
それは間違いなく、名門エーテリス家の名に恥じない、いや、それを遥かに凌駕する規格外の魔法だった。
「やった……!やったわ、シルフィア!」
「すげえっ!あんな威力、オレの盾でも防ぎきれねえぞ!」
ミラとカイルが興奮して飛び跳ねる中、アルノは鼻歌でも歌うようにご機嫌な様子で、自分の指輪を撫でていた。
歓声が上がり始めたグラウンドの中心で、シルフィアは自分の尖った耳を飾る『ハルモニア』にそっと指先で触れながら、アルノに向かってとびきりの笑顔を向けた。
――
実習が終わり、興奮冷めやらぬまま4人は合流した。
「ほんまにみんなのおかげや。アルノ君、ミラちゃん、カイル君、ありがとうな」
深々と頭を下げるシルフィアに、三人は照れくさそうに笑い返す。
そんな中、カイルが周囲をチラチラと気にしながら、真剣な顔でこそっとシルフィアに顔を近づけた。
「なあ、シルフィア。オレずっと気になってたんだが……精霊って、普通のやつには見えないんだよな?」
「ん?せやね、適性がないと見えへんよ」
「それって、つまり……その、なんだ。精霊はオバケじゃないよな?」
屈強な体を小さく縮こまらせ、恐る恐る尋ねるカイル。
その予想外の質問に、シルフィアは目を丸くした後、ふふっと柔らかく吹き出した。
「ちゃうよ。精霊は体表で光を屈折させとるだけで、ちゃんと物理的に存在してる魔獣の一種やで。触れることもできるし、オバケなんかやないよ」
「……っ!そ、そうか!物理的な生き物なんだな!よかったぁ……!」
カイルは心底ホッとしたように大きなため息をつき、胸を撫で下ろした。
その様子を見ていたミラが、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる。
「ちょっとカイル、もしかしてオバケが怖いの?こんなに筋肉ムキムキなのに?」
「ばっ、ちげえよ!盾で防げない物理法則を無視した存在が苦手なだけだ!」
「ふーん?今度、夜の修練所に出るって噂の幽霊、一緒に確かめに行きましょうよ」
「い、行くわけねぇだろ!絶対に行かねえ!!……オレは絶対に行かねぇからな!!」
顔を真っ赤にしてムキになるカイルと、ケラケラと笑うミラ。
アルノとシルフィアも顔を見合わせて、楽しそうに笑い声を上げた。
すべてを吹き飛ばす火力を、自在に操れるようになったマジックキャスター(魔導師)。
味方の支援を受けられるようになった鉄壁のヘビーナイト(重騎士)。
精霊の囁きを導く術を得た、美しきエレメンター(精霊術師)。
そして、彼らの欠陥を極小の魔法陣で縫い合わせた、一人の小柄なルーン・テイラー。
落ちこぼれの吹き溜まりと嘲笑されたDクラスの4人が、誰よりも固い絆で結ばれ、本当の意味でのチームになった瞬間だった。




