【第21話】誇りに変わるコンプレックス
放課後に空き倉庫を借りたアルノの臨時作業場には、数週間にわたって夜遅くまで明かりが灯っていた。
机の上には細かな鉱石のパーツや、ルーンの設計図が山のように積まれている。
「アルノ、火力はどう?今ではワタシ、ミリ単位で温度調整できるわよ」
そんな言葉とは裏腹に、ミラの表情は杖の先に全神経を注いでおり、余裕は見られない。
しかしアルノは、そんなミラに気づかぬ振りをしながら、言葉を返す。
「完璧だよ、ミラ。今の温度であと十秒キープして」
ミラの杖の先から放たれる極小の炎が、土台となる魔力鋼をゆっくりと熱して曲げていく。
「ほら、お前ら。夜食を作ってきたぞ。ちゃんと食わないと倒れるからな」
そこへ、手作りのサンドイッチと温かいスープを持ったカイルが、なぜかエプロン姿のまま入ってきた。
「ありがとう、カイル!いつも助かるよ」
アルノは煤で汚れた顔を上げて微笑む。
ミラも「カイルのスープ、本当においしいのよね」と嬉しそうに杖を置いた。
以前はバラバラだった三人。
そして今度はシルフィアのために、アルノがマギアを作り、それをミラとカイルが不器用ながらも全力でサポートしている。
彼らはいつしかお互いを、自然と支え合う様になっていた。
そして、次の合同実習を明日に控えた夕暮れ時。
中庭のベンチにシルフィアを呼び出したアルノの手には、弁当箱ほどの木箱が握られていた。
「できたよ、シルフィア。君の耳に合わせて設計した、特製のチューニング(波長同調)マギア。名付けて『ハルモニア(精霊の囁き)』さ」
アルノが箱を開けると、夕日を反射してキラキラと輝く少し大ぶりの耳飾りが、左右並んで収まっていた。
それは無骨な機械などではない。
シルフィアの少し尖ったエルフの耳のラインにぴったりと沿うように作られた、銀細工のようなイヤーカフだった。
表面には極小の蝶の柄のルーンが刻まれ、小さな緑色の魔石が上品にあしらわれている。
マギア(魔導具)はシルフィアの魔力で動作するため魔石は不要であったが、アルノはデザインのために取り付けることを選んだ。
「わあ……綺麗……」
シルフィアは思わず息を呑んだが、すぐにハッとして手を引っ込めた。
「でも、こんなんつけたら……ウチの変な耳が、余計に目立ってしまうんやない?」
少し不安げなシルフィア。
そのコンプレックスの根深さを察し、アルノは優しく首を振った。
「隠すなんてもったいないって言ったでしょ?シルフィアの耳は、本当に綺麗なんだから」
アルノは木箱からイヤーカフを取り出し、シルフィアの隣にちょこんと座った。
「それにね……ボクも一緒なんだ」
「えっ?」
「ボクの母さんの家系はね、かつて鍛冶に長けていたドワーフの血を引いてるんだ。ボクは手先の器用さと引き換えに、その先祖返りとして生まれてさ。だからこんなに小柄なんだよ」
アルノは自分の頭を軽くポンと叩き、いつものように涼しく、あっけらかんとした顔で笑った。
「それにこの体型、ボクは気に入っているんだ。ベッドもバスタブも広いしね。カイルなんて、お風呂に肩まで浸かれないって嘆いていたよ」
「ふふっ」とシルフィアの表情がやわらいだ。
「高いところには手が届きにくいけど、ボクには手を伸ばしてくれる友達もいるからね。コンプレックスは見方を変えれば武器になることもあるし、難しいことは周りを頼っていいんだよ。」
「アルノ君……」
「シルフィアのエルフの耳は、精霊に愛される特別な証だ。恥じることなんて何一つない。さあ、ちょっとじっとしててね」
アルノはそっとシルフィアのアッシュグリーンの髪をかき分け、尖った耳にイヤーカフを優しく装着した。
冷たい鋼の感触と、アルノの指先の確かな温もりが、シルフィアの耳元をくすぐる。
「うん、やっぱり似合う。すごく綺麗だよ」
至近距離で微笑む瞳の下に、うっすらと見えるクマ。
自分のために、寝る時間も削って何週間も頑張ってくれた、この小さなルーン・テイラー。
自分と同じように「先祖返り」の特徴を持ち、それを明るく笑い飛ばす彼の強さに、シルフィアの胸の奥で、今まで感じたことのない甘くて温かい感情がトクンと小さく跳ねた。
「……ありがとう。ほんまに、ありがとう」
シルフィアは耳飾りにそっと触れながら、泣き笑いのような、とびきりの笑顔を見せた。
彼女がずっと隠してきたコンプレックスが、今、確かな誇りへと変わろうとしていた。




