【第20話】愛されすぎたエレメンター
「ウチの耳、変やろ?」
自嘲気味に笑うシルフィア。
彼女の瞳には、幼い頃に友達から「変な耳」と指を差された日の、消えない痛みが揺れていた。
「ウチはエルフの先祖返りでな……」
この世界ではエルフやドワーフといった「純血の亜人」は、はるか昔に人類と交わり、すでに歴史から姿を消している。
しかし、特定の才能に特化した名門家系にはその血が濃く残っており、数世代に一度「先祖返り」として亜人の身体的特徴や特質を持って生まれる人間がいる。
彼女はそのまま、自分が精霊の声という「音波」を拾いすぎる特質について、静かに告白を始めた。
「エルフの血が濃く出たせいで、ウチは他のエレメンターよりずっと精霊に好かれやすいんよ。精霊たちはウチの魔力を求めて、何十もの群れが一斉に集まってきてしまう。ウチを助けようとしてくれるんは分かるんやけど……それぞれが違う波長の音波で訴えかけてくるから、頭の中で全部が混ざって、ただの凄まじいノイズになってしまうんよ」
シルフィアは震える両手で自分の肩を抱きしめた。
「それに、この耳も……」
彼女は尖った耳の先を、少しだけ指で隠した。
「小さい頃、仲の良かった友達に『変な耳、人じゃないみたい』って指差されてな。それからずっと、髪で隠して生きてきたんよ。精霊の声もうまく聞けんし、見た目も変やし……結局、ウチは欠陥だらけの落ちこぼれやねん。立派なエレメンターの家系に生まれたのに、恥ずかしいわ」
うつむくシルフィアの言葉に、ミラは立ち上がり、彼女の肩を強く抱き寄せた。
「そんなことないわよ!ワタシだってずっと、自分の魔力を制御できなくて一族の恥だって言われてきた。家族からも見放されて、自分の魔法が怖かった。でも、欠陥品なんかじゃなかったわ」
「ああ、オレもそうだ。味方の回復魔法すら弾く欠陥だらけの盾で、父親から使い捨ての壁だと切り捨てられた。だが、今は違う」
カイルも深く頷き、そして二人は同時にアルノへと視線を向けた。
視線を一身に浴びたアルノは、いつものように涼しい顔のまま、シルフィアの顔のすぐそばまで近づいた。
「えっ……ちょ、アルノ……くん?」
突然顔を近づけられ、シルフィアは驚いて肩をすくめた。
しかしアルノの灰色の瞳は、彼女の尖った耳の構造を真剣な職人の目で観察していた。
「シルフィアの耳、すごく綺麗だね。こんなに綺麗なのに、隠しておくなんてもったいないよ。それに、すごくマギア(魔導具)を引っかけやすそうな良い形をしてる」
「……へ?」
予想外の角度から褒められ、シルフィアは目をパチクリとさせた。
「ノイズの問題なら解決できると思う」
アルノは一歩下がり、右手親指にはめられた、少し大きな指輪を無意識に撫でながら、淡々と説明を始めた。
「要するに、たくさんの精霊が同時に違うチャンネルで通信してきている状態なんだ。だったら、ノイズを全部遮断するんじゃなくて、必要な群れのリーダーの声だけを通す『フィルター』を作ればいい。特定の波長だけをチューニング(同調)させる機能を持たせるんだ」
「特定の波長だけを……そんなこと、できるん?」
「ルーンの組み合わせなら理論上は可能だよ。ただ……」
アルノは少しだけ困ったように眉を下げ、腕を組んだ。
「今回はミラやカイルの時みたいに、今ある装備の上からルーンを刻むだけじゃダメなんだ。波長を細かく調整するための専用のマギアを、一から設計して作らなきゃいけない。音波を拾う構造、魔力によるフィルター機能、それを実現するための極小ルーンの配置……」
「1からマギアを作るって……アルノ、お前クラフターとはいえ、それはかなり時間がかかるんじゃないか?」
カイルの問いに、アルノは頷いた。
「うん、素材選びから設計、そしてルーンの精密な刻印まで、かなり骨が折れる作業になる。放課後しか作業できないから、完成まで数週間はかかるかもしれない」
アルノはダミーのグローブを外し、細くしなやかな指先を見つめた。
「でも、絶対に次の実習までには間に合わせるよ。シルフィアのその綺麗な耳にぴったりの、最高のイヤホン型マギアを仕立ててあげる」
アルノの屈託のない笑顔と、頼もしい言葉。
ミラが「よかったわね、シルフィア!」と笑いかけ、カイルも「オレたちにも手伝えることがあったら何でも言えよ。力仕事と料理なら任せろ」と胸を張る。
ずっと一人で抱え込んでいたコンプレックス。誰にも理解されないと思っていた苦しみ。
それをこんなにもあっさりと、温かく受け入れてくれる仲間たちがいる。
「……ありがとう、アルノ君。ウチ、待ってるわ」
(たとえマギアがうまくいかなくてもいい。)
シルフィアは、自分の中で何かが変わり始めたのを感じていた。




