【第19話】精霊のノイズ
第3グラウンドには、強い日差しが降り注いでいた。
温暖な王都グラン・フォリアは、もうすぐ秋だというのに、いまだ夏のような陽気が続いている。
今日はクラスの枠を取り払った「特殊職合同実習」が行われる。
エレメンター(精霊術師)は極めて珍しいジョブ(職業)であり、現在の学園でその適性を持つのはシルフィアただ一人だ。
一人のために専用の科目が用意されるはずもなく、彼女は他の特殊職の生徒たちに混じって実習を受けている。
この実習は、事前に申請してレポートを提出することを条件に、他の生徒の見学が認められており、アルノ、ミラ、カイルの三人もグラウンドの隅から彼女を見守っていた。
「シルフィア、頑張ってね!」
シルフィアは、ミラの声援に少し不安げに微笑みながら頷き、アッシュグリーンの長い髪を揺らして指定された位置へと歩み出た。
エレメンターは自身の魔力を分け与えることで、その場にいる精霊を一時的に従え、環境そのものを味方につけることができる。
シルフィアは深く息を吸い込み、目を閉じた。
そして魔力操作用の細く短い杖『タクト』を右手に持ち、その腕を正面に突き出した。
何かをつぶやいている様にみえるが、彼女の口から発せられるのは人間の言葉だけではない。
精霊に意思を伝えるために、特殊な音波をまぜて言葉を紡ぐ。
「さあ、風の精霊さん。少しだけ、ウチに力を……」
魔力を練り上げ、タクトをゆっくりと振り、緑色の小さなエーテルが空中に舞い始めたその瞬間だった。
シルフィアの周囲の空気が、陽炎のようにゆらりと歪んだ。
一般的なエレメンターが使役する精霊の数は、数匹から十数匹程度。
しかし今、シルフィアの周りには百匹近い精霊が集まっていた。
精霊は群れで行動し、群れのリーダーのみがエレメンターと交信し、行動の意思決定をする。
しかしシルフィアの場合、複数の群れが集まり、さらにリーダー以外の精霊たちまで交信してきてしまい、その声とも言える無数の音波が彼女を苦しめていた。
「あ……う、ああぁっ……!」
許容量を遥かに超えた音波の直撃に、シルフィアは激しいめまいと頭痛に襲われた。
彼女は以前と同じくタクトを手放し、両手で耳を強く塞ぎながらその場に崩れ落ちた。
コントロールを失った魔力が霧散し、周囲の空気がふっと元に戻る。
「……なんだあれ?何も起きなかったぞ」
「精霊に呼びかけた途端にうずくまって……まさか、精霊に拒絶されたのか?」
レポート用のメモを取っていた見学の生徒たちから、疑問の声が漏れ聞こえる。
精霊は適性がない者には視認できないため、彼らにはシルフィアが一人で勝手に倒れ込んだようにしか見えないのだ。
「シルフィア!」
ミラとカイルが血相を変えて駆け寄ろうとした時、それより早く動いた人影があった。
「大丈夫?無理しないで」
ふわりと、花のようないい香りがした。
シルフィアの肩を優しく抱き起こしたのは、別の実習エリアから駆けつけたCクラスの担任、セリア・フローレンスだった。
「セリア先生……」
「顔色が真っ青ね。魔力枯渇かしら?私が医務室へ運ぶから、実習を続けてちょうだい」
セリアはシルフィアを支えながらタクトを拾うと、心配そうに駆け寄ってきたアルノたちに向かって、安心させるように微笑んだ。
「みんな、心配でしょうけど、彼女は私がしっかり診ておくから、実習が終わったら医務室へおいでなさい」
「……はい。ありがとうございます、セリア先生」
アルノが頭を下げると、セリアは優しく頷き、シルフィアを連れてグラウンドを後にした。
「セリア先生って、Dクラスのオレたちにも分け隔てなく優しいよな。どこかの冷血なAクラス担任とは大違いだぜ」
カイルが感心したように呟き、ミラも深く頷く。
アルノはセリアに連れられていくシルフィアの後ろ姿を、少し目を細めて静かに見つめていた。
――
放課後。
アルノ、ミラ、カイルの三人は、連れ立って医務室へと向かった。
ベッドには、少し顔色を取り戻したシルフィアが力なく座っていた。
「みんな、心配かけてごめんな。もう大丈夫やわ」
シルフィアはいつものおっとりとした声で微笑んだが、その表情はどこか暗かった。
「大丈夫なわけないでしょ。あんな倒れ方して」
ミラがベッドの脇に座り込み、シルフィアの手をぎゅっと握る。
カイルも腕を組みながら、心配そうに眉間にしわを寄せた。
「ああ。お前、いつも精霊魔法を使う時、すごく辛そうに耳を塞いでただろう。本当は何が起きてるんだ?」
二人の真っ直ぐな気遣いに、シルフィアは少しだけ視線を泳がせ、やがて諦めたように小さく息を吐いた。
「……みんな、ウチがエレメンターなのはしっとるやろ?」
シルフィアはぽつりぽつりと語り始めた。
「エレメンターは、エルフの血を引く一族に発現するジョブやねん。それは別に隠しとるわけやないけど、意外と知らん人が多いんよな」
そう言うと、彼女はずっと顔の輪郭を隠すように下ろしていたアッシュグリーンの髪を、ゆっくりと耳の後ろへかき上げた。
あらわになった彼女の耳は、人間のそれとは違い、先端が少しだけスッと尖っていた。




