【第16話】ダーツの的、再び
ルイスの背中が見えなくなった瞬間、ミラがパァッと顔を輝かせた。
「ヤバい……めっちゃイケメン。お近づきになりたい」
「お前な……寿命が縮むかと思ったぞ」
げっそりとしたカイルをよそに、アルノがポンプのレバーをキコキコさせながら口を開く。
「さて。ボクとミラはこのポンプを持って屋上へ行くから、カイルは下でお留守番だよ」
「は?屋上を掃除するんじゃないのか?」
「この棟の真横に、屋外プールがあるでしょ?ボクたちが屋上からホースを垂らすから、カイルはそれを受け取ってプールに突っ込んでほしいんだ」
アルノの提案に、カイルは古い手押しポンプを見下ろした。
「プールの水を使うのか?どうやって汲み上げる?手動式だと流石にこの高さは無理だぞ」
「そこはほら、ルーン・ステッチでさ……。ただ魔石が無い以上、誰かが残って魔力を流さないといけないよね」
カイルはへービーナイト(重騎士)として、普段から自身の重い鎧や盾に魔力を通して運用している。
強靭な体力と魔力量を誇る彼にとって、一時的なポンプ代わりになることなど造作もない。
「なるほど、しゃーねーな。じゃあ、オレは下で待ってるぞ」
カイルはそう言い残し、一階の中庭を回り込み屋外プールへと向かっていった。
残されたアルノとミラは、ホコリまみれの古い手押しポンプと、何本も繋ぎ合わせた分厚い布製のホースをエレベーターに押し込み、学園の屋上へとたどり着いた。
重い扉を開けて屋上に出たミラが、思わず顔をしかめる。
見渡す限りの広大な屋上に敷き詰められているのは、学園のインフラを支える漆黒の『魔力集光板』だ。
太陽の光を効率よく魔力に変換できる重要な施設である。
しかし、どのパネルも砂埃や花粉などが薄く積もり、本来の艶を失ってすっかり汚れていた。
「これを全部一人で拭けって、いくらなんでもギルベルト先生も容赦ないわね」
「うん。でも、ボクたちのやり方なら一瞬だよ」
アルノはダミーのグローブを外し、カイルが受け取る予定のホースの先端(吸入口)に右手の指先を這わせた。
キュインッ……!
微かなキャスト音と共に、アルノの指先から極小のルーンが紡ぎ出され、キャンバス生地の表面に緻密な回路を描き出していく。
「よし、これでホースの先端から水を吸い上げる『ポンプのルーン』のステッチは完了。ミラ、これを下へ垂らして」
「オッケー!」
ミラが長く連結したホースを、屋上の柵の間からスルスルと真下へ向かって垂らしていく。
数十メートル下の地上で、屋外プールの水際に立つカイルが、降ってきたホースの先端をガシッと受け止めた。
「おーい!カイル、よろしくねー!」
ミラが柵の間から手をのばし大きく振ると、カイルも頭上で力強く手を振り返した。
しかし次の瞬間、ホースの先端を見たカイルの動きがピタリと止まる。
「……おい!」
数十メートル下から、怒気をはらんだカイルの声が響き渡る。
「なんで吸い込み口に、デカデカと『ダーツの的』のルーンが刻まれてるんだよ!!」
カイルが握りしめているホースの先端には、いつぞやの特訓で見覚えのあるダーツの的が、嫌がらせのように大きく描かれていた。
アルノは屋上の柵の間から顔だけ出し、楽しそうに笑って答える。
「だって、その方がカイルも魔力を流し込みやすいでしょ!的に向かって全力でお願い!」
「絶対わざとだろ!……なんだか今後、的以外のルーンを見られない気がしてきたぞ」
顔を真っ赤にして抗議するカイルを見下ろし、ミラはお腹を抱えて笑い転げている。
「それじゃあ、仕上げといくよ」
アルノは笑いをこらえながら、手押しポンプを経由したホースの出口(吐出口)を両手でしっかりと脇に抱え込んだ。
「ミラ、ボクがこのホースの出口を持つから、水が噴き出してきたらミラの魔法で拡散させて」
「まかせて!その程度、楽勝なんだから!」
ミラは笑いすぎて目元に滲んだ涙を拭いながら頼もしく胸を張り、アルノが抱えるホースの先端に向けて木杖を構えた。
「カイルー!準備できたよー!ホースを水に突っ込んで、魔力を流し込んでー!」
屋上からのアルノの合図を受け、カイルはため息をつきながら、ダーツの的が刻まれたホースの先端をプールの水の中へと深く沈めた。
「くそっ……!やってやるよ!」
カイルが自身の体内に眠る魔力を解放し、的のルーンへと一気に流し込んだ瞬間。
屋上にある古い手押しポンプが、ズンッ!と地響きに似た駆動音を立て、長く伸びたホース全体が生き物のように大きく脈打った。




