表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイラン解封記  作者: 遠野圭人
第一章:白秋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

第七話:干ばつ

 街道を抜けて、飛龍を走らせていると、人の地域から離れてきていた。


 草原から荒野に変わりつつあり、昼間だというのに行く先には暗い雲が広がっている。ここからは油断ならないと、セイランの手綱を握る力が強くなった。


「もう妖怪が出てきてもおかしくはねぇが……どうするつもりだ?」

「……逃げる」

「はぁ? 逃げれるとは限らねぇだろ」


 確かにユウロンの言う通りではある。倒すこと、封印することができそうにないなら、逃げるしかない。でもそういう相手は手強い妖怪だから、逃げることすら困難だろう。


「俺の封印さえ解いてくれればなぁ。お前は解封(かいふう)できるようになんのか? できたとして、俺はいつになったら解放されるんだ?」

「……わからないけど、今は解封できたとしても一時的で、すぐに再封印されるはず。五つの封印がすべて解けた暁には、自由の身になれると思う」

「クソ〜! こんな子供の姿のまま、雑魚どもにやられたくはねぇぞ!」


 ユウロンは頭をかきむしっている。いつになったら解封できるのかというのは、セイランにとっても心配の種で、旅を続けられるのかも自信がない。セイランは乾いた唇を触った。


「……おい、小娘。この辺り妙に干からびてねぇか?」


 言われて地面を見てみると、荒野にしてもひびが入っていて、草木が枯れ果てている。


 干ばつでもあったかのような荒れようで、空気が乾いているのも納得する光景だ。

 様子を見るために飛龍から降りて、少し先にある岩に近づくと、岩陰から誰かが姿をあらわした。


「あれは、キョンシー……か? キョンシーにしては、飛び跳ねてねぇが」


 ユウロンよりも小さいくらいだろうか。褪せた青色の衣を着ていて、黒い帽子をかぶっている。

 札は貼られているものの、機能していないようで、近づいてきたキョンシーの緑色の目には、光がなかった。


「あなたたちは……人?」

「なんだこのキョンシー、喋れるみてぇだな。死人は土に還れ!」

「ちょっと黙って。私はセイラン、人間です。あなたは?」


 そう答えると、キョンシーは苦渋に満ちた表情に変わった。頭を抱えたかと思うと、喉がひどく渇きそうな風が吹いてきた。それまで肌寒かったはずなのに、周りの気温が上がってきているようだ。


「この熱風……! どうやらこいつが原因のようだな、干ばつキョンシーめ!」

「うるさい! 人間め! 私を捨てて、ひとりぼっちにしたくせに!!」


 燃え上がるような声をあげて、キョンシーは歯を食いしばっている。その瞳の奥から嘆きを感じるけれど、滲む涙すらも乾いてしまいそうなほどの熱だ。


「ぐっ、こんな雑魚にやられてたまるか!」


 ユウロンはキョンシーに向かって、飛び出していった。しかし拳は届かず、熱風で吹き飛んでいき、でんぐり返しのような体勢で転がっている。

 普段なら笑ってしまいそうな姿だが、今はそれどころではなかった。ユウロンを抱えて飛龍に乗り、逃げた方がいいのかもしれない。


「あなたも、私を置いていくの?こんなどうしようもない力があるから?」

「……!」


 一人だけになってしまうのは、セイランにとっても想像するだけで、背筋が寒くなるようなことだった。両親には会ったことがない。


 祖父であるランフーの存在が心の支えで、いつか両親にも会ってみたいと思っていた。

 だから、このキョンシーの事情は知らないが、放ってはおけない気持ちになってきて、セイランはためらった。


「おい、小娘! 俺の封印を解きやがれ! さもないと死ぬぞ!」


 心配しているのはセイランのことではなく、封印が解けなくなってしまうことなのだろう。


 でも、逃げないのなら、そうするしかない。

 ユウロンが言っていたことを思い出す。陰の気を膨らませるには、冷たい意識を要するらしい。


 セイランは他人に対して、そこまでの気持ちになった覚えはなかったが、ユウロンには初めて強い嫌悪感を抱いた。

 他人を気にしすぎてしまうのは、我ながらどうかと思っていても、気にしなさすぎるのも好きになれない。


 ユウロンの言うことを、そのまま鵜呑みにはしたくない。それでも均衡を保つことは、陰陽の気を合わせるという意味でも、要となるのだろう。


「行かないで!」


 キョンシーに右腕を強く握られた。手は冷たいのに、肌に当たる風は焼けるように熱い。心の渇きが、キョンシーにあるのを感じた。


「……待ってて」

「えっ?」


 目を丸くしたキョンシーの力は緩み、セイランは走りだした。熱風が押し寄せてくるのも追い風にして、ユウロンに近づいていく。


そして、右腕の封輪に触れた。


「──第一封印、解!」


 封輪にひびが入ると、その間から黒い閃光が走り、ユウロンの姿が見えなくなっていく。


 セイランがまぶたを開けると、薄ら笑いを浮かべるユウロンが立っていた。

 心なしか、大きくなったように見える。見た目はさっきまでのユウロンと、セイランの間くらいの年齢だろうか。


「ふん、一つ解くだけなのに手間をかけやがって。下がってろ」


 ユウロンは逆風の中、悠々と歩いていく。

 あれだけの乾きと熱風を浴びているにも関わらず、ものともしていないようだ。


「黒龍の五行が、どれか知っているか? それは……水だ」


 右腕から水があふれてきている。その水を龍のようにうねらせ、ユウロンの周りにまとわせていった。


「くらえ、キョンシー」

「水が、あんなに……!」

「──水剋龍(すいこくりゅう)!」


 水の龍は、愕然としているキョンシーを飲み込んだ。


 辺りは水浸しになって熱風はおさまり、セイランは渇いた喉を鳴らした。右腕の封印を解いただけなのにと、目を見張った。


「キョンシーごときには贅沢だったか……飽きるほど飲むがいい」


 キョンシーは膝をついていた。しかしユウロンは歩みを止めず、右腕を上げてまた龍をつくりだそうとしているらしい。セイランは思わず叫んだ。


「ちょっと待って! ユウロン!」

「なんだ? 小娘。水では渇きは防げても、とどめは刺せんからな」

「それはやめて。私が封印するから、もう人妖大戦みたいなのはやめようよ。じいちゃんだって、そのために封印術を選んだんだから……」

「……………」


 ユウロンは何も言わずに、黙っている。人と妖怪が殺し合う連鎖を止めるために、ランフーは封印術の道を選び、セイランもそれを目指していた。


 このキョンシーも、人妖大戦の被害にあったのかもしれない。

 封印でおさめたいセイランだったが、ユウロンはキョンシーの目の前で、小さな黒龍を突きつけていた。


「ユウロン……」

「お前に、できるのか?」


 セイランは力強く頷いた。

 自信はなくても、可能性があるならやってみたい。


「……ふん。やれるものなら、やってみろ」


 ユウロンはぼそりと呟くと、右腕を下げた。


「あなたの名前は?」

「……よく覚えてないけど、バツって呼ばれたのは覚えてる」


 キョンシーはびしょ濡れで、戦意を喪失しているようだ。

 これなら、封印もしやすいかもしれないが、セイランには聞いてみたいことがあった。


「その名前と、捨てられたっていう寂しさだけが残ってて、人を見ると思い出しておかしくなってしまうの……ごめんなさい」

「……寂しい気持ちは、よくわかる。あの力も制御できないの?」

「うん……だから捨てられたのかも。今の姿になる前は、醜い猿や小鬼みたいだって言われてたし、この力のせいで干ばつが起きるからって嫌われて、ずっとひとりぼっちだった」


 うなだれるキョンシーを見ていると、セイランは不思議と他人事に思えなかった。冷たい手を握り、目を合わせた。


「バツって呼んでいい?」

「……うん」

「私は、封印術師になる修行中。制御できないなら、その力ごと封じてみるのはどう? 完全には無理でも、弱めることくらいはできる」

「……本当?」


 バツの瞳に、わずかだが光が宿ったように見えた。

 制御できない力に振り回されて、疎まれるというのはつらいことだろう。


「ただあそこにいる奴みたいに、小さくなっちゃうと思う。それでもいい?」

「ちょっと怖いけど、今よりはいいよね……お願いします」

「わかった……ちょっと待ってね」


 セイランは封輪を取り出した。陰と陽、冷たさと温かさ、どちらが欠けても成り立たない。陰陽の気を釣り合わせて、セイランは封輪に気を込めた。


 伸びた封輪はバツの頭を通って、首元で縮んでいく。

 それに呼応するようにバツの体も縮んでいき、腕で抱えられそうなほどの大きさになった。


「ちっさ。元からちっさいのに、雑魚はさらにちっせぇな」


 セイランは、ユウロンをじろりと睨んだ。

 ユウロンの右腕にはすでに封輪がはまっていて、一時的な解封から再封印されたらしい。完全に解けなければ、自動的に封印は戻っていく。


「アンタは黙ってて。バツは大丈夫? なんともない?」

「うん! まだ慣れないけど、調子はとってもいいみたい!」


 バツの体はふわふわと浮き、ほんのりと暖かい風が頬に当たった。

 力を完全に封じられたわけではないようだが、ちょうどよかったのかもしれない。バツはセイランの周りを飛びまわって、はしゃいでいた。


「ありがとう! セイラン!」

「どういたしまして。よかった……」


 セイランは、胸を撫でおろした。


 バツは気だるそうにしているユウロンに近づき、からかうように飛んでいる。

 鬱陶しそうな顔になったユウロンの頭を、バツはぺちぺちと叩いて逃げていった。


「うぜぇ! このクソガキ〜! 待ちやがれ!」

「さっきみたいに水を出してみてよ〜。あはは!」


 バツを追いかけ回すユウロンを見ていると、なんだかおかしくなってくる。セイランは微笑みながら、その光景をじっと眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ