第六話:皇子
「無礼者が! 皇子のお通りであるぞ!」
セイランは突然、後ろから取り押さえられた。顔を地面に押しつけられ、口に砂利が入りそうだった。
口喧嘩に夢中で気づかなかったが、皇族が街道を通ろうとしていたらしく、よりにもよって道のど真ん中で喧嘩をしていた。
皇族に道を開けなければ、殺されても不思議ではない。ユウロンは気づいていながら、言わなかったのだろう。
「ユウロン!」
失笑するユウロンに、セイランのはらわたが煮えくり返りそうだったが、取り押さえられている上に、兵士に抵抗してはまずい。
セイランは険しい顔をして、ユウロンを鋭く睨むことしかできなかった。しかしなぜか兵士の力が弱まってきて、ユウロンも怪訝な表情に変わった。
「うっ、熱い!」
腕を押さえていた兵士が手を離したらしく、セイランは一時的に身動きが取れるようになった。
どうしたものかと迷っていると、他の兵士たちが取り押さえろと命令しているのが聞こえてくる。
殺されるくらいならと、セイランは陽の気を足に込め始めたとき、静かだが圧迫感のある声が通り抜けた。
「待て!」
兵士たちは声が聞こえると、その場で止まった。同じ方向を向いてひざまずき、その先には大きな馬車がある。
セイランが立ち上がって凝視すると、そこからゆっくりと出てきたのは、龍の刺繍が施された橙色の外衣を着た、セイランと変わらないくらいの年齢の男子だった。
「カイエン様。危のうございます」
「大丈夫、そう恐れるな。そこの白い長衣を着た君、ユウロンという名を口にしたね。誰のことだい?」
おそらく本当に皇子だ。尋ねられたセイランは黙ってユウロンを指差すと、ユウロンは舌打ちをした。前に出てきたユウロンはうやうやしくお辞儀をしたが、その目は笑っていない。
「どうも。真の龍、ユウロンです」
顔を上げて煽るような態度を取ったユウロンは、兵士に無礼だと咎められて取り押さえられそうになった。しかしカイエンと呼ばれた皇子は、それを制止した。
「かまわないよ。本物のユウロンなのだとしたら、言い返せない。それにしても……噂で聞いていた見た目と違いすぎないかい?」
ユウロンはセイランを一瞥したかと思うと、すぐにあらぬ方向に視線を向けた。カイエンは何かを察したのか、セイランに向き直った。
「私の祖父であるランフーが、弱体封印をしました。その影響で、体も小さくなったようです」
「ランフー!? あのランフーの孫なのか、君は。名前は何と言う?」
「……セイランです」
カイエンはセイランをしげしげと見つめたあと、またユウロンに視線を向けた。
「こんな少年が、あのユウロンだとはね。でも嘘ではなさそうだし、今なら捕まえるのも簡単じゃないか? 父上に差し出さないといけないかもね」
その言葉でセイランには緊張が走り、ユウロンの顔からも笑みが消えて、淀んだ目でカイエンを見ていた。手を出すわけにもいかないが、今の二人では逃げるのも至難の業だろう。
「驚かせてしまったようだね。今のは冗談だよ、冗談」
たちの悪い冗談だ。セイランは体の強張りが緩むのを感じたが、それでいいのかもわからなかった。油断は禁物かもしれない。
「そんなに怖い顔しないでくれたまえ、セイラン。ただでさえ士官してくれないランフーをさらに怒らせたくはないし、二人には期待してるからね」
「……本当、ですか?」
カイエンは無邪気な顔で頷き、兵士に何か耳打ちした。兵士は唖然とした顔をしていたが、命令には逆らえなかったのか後方に下がっていった。
「驚かせた詫びと言ってはなんだが、贈り物をしたいんだ」
カイエンは後ろを見た。先ほど下がっていった兵士が戻ってきたらしい。違ったのは兵士が馬を連れてきていたことだった。
白毛の馬で、鼻息が荒い。今にも走り出しそうな勢いがあった。
「真っ白だな。こいつをくれるってのか?」
「あぁ。名を飛龍と言う。誰にも懐かない馬だが、乗りこなせば千里を駆けることもたやすいはずだ」
「ほう、思ったよりは太っ腹だな」
ユウロンは機嫌を取り戻したのか、近づいて乗ろうとした。
しかし、小さくなりすぎて一人では乗れないらしく、セイランに乗せろと言いたげな顔をしている。仕方なくセイランはユウロンを持ち上げた。
「はい、高い高〜い」
「おい、小娘! やめろ!」
しかめっ面をしているユウロンにセイランは笑いが込み上げてきて、顔を背けているカイエンからも声が漏れている。
ユウロンを乗せても飛龍はまだ興奮しているようで、セイランは目を見つめた。そして頭を撫でると、飛龍は落ち着いていった。
「おお、飛龍がこんなに大人しいのは、初めて見たよ。セイランは認められたようだね」
「……ふん」
不満げなユウロンだったが、セイランは面映さを感じた。
「私はこれから都に戻るから、ここでお別れだ。セイラン、お爺さんによろしく」
「……ありがとうございます」
セイランが頭を下げて礼を言うと、カイエンはささやいた。
「これは貸しだよ、なんてね。ほら、乗ってみるといい」
セイランは目を丸くした。カイエンはユウロンにも何か話しかけているが、小声で聞こえない。ユウロンの探るような視線を感じ、セイランは断ち切るように馬に飛び乗った。
「では、またの機会に」
カイエンの挨拶に、ユウロンは嘘くさい愛想笑いを浮かべている。
馬車に乗って兵士たちを率い、都のある西へ向かっていくカイエンを、セイランは手を振って見送った。
「……けっ、もう会いたかねぇよ」
「でも馬が手に入って助かったでしょ? 皇子様には感謝しないと」
「感謝だぁ? 俺が貢がれるのは当たり前のことなんだよ。ふんっ」
ユウロンには感謝や恩返しという言葉がないらしい。
開いた口が塞がらぬまま、セイランは街道の先を見つめ、長くなりそうな道のりに気が遠くなるのを感じた。




