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セイラン解封記  作者: 遠野圭人
第一章:白秋

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第五話:出立

 あれからランフーは、壊れた建物を術で治し、ユウロンにも手伝わせた。

 修復の術がつかえないユウロンは雑用ばかり手伝わされ、延々と愚痴を言っていた。


 言うことを聞かずに逃げようとしたりふて寝したりしていると、ランフーに手足の封輪を操られて強制的に働かされていた。

 その流れを繰り返すうちに、強引に動かされるのは嫌だと学習したのか、しぶしぶといった様子で手伝っていた。


 セイランは陽の気で、修復を手伝うことができる。軽い怪我を治したり、建物を修復したりできるのは陽の気による術だ。


 「こんなこともできないんだ」と煽るように言うと、ユウロンは怒髪天をつくような顔に変わり、セイランは胸がすくような気持ちになった。そこまではよかった。


 しかし、修復が終わると、ランフーからユウロンと修行の旅をするようにと言われてしまった。

 予想はしていても、意気消沈せずにはいられない。他にも言いつけられた気がするが、頭に入ってこなかった。


「わかったのか? セイラン」

「……うん。それより、じいちゃんは一緒じゃないの?」

「わしは他に用があってな。ずっと付き合っているわけにもいかん。セイラン、お前にはこれを渡しておこう。封輪は弱らせたいとき、封珠(ふうじゅ)は放置できないときだ」


 セイランはランフーから、封輪と封珠を受け取った。

 ユウロンとは反対で、陽の気は扱えても、陰の気がつかいこなせない。


 陰の気の扱いを会得して釣り合わせないと、この封印具は扱えないだろう。


 ランフーはユウロンにも何か言いつけると去っていき、セイランは仕方なく旅支度をすませ、ユウロンを引きずって出発したのだった。


「嫌だ〜。行きたくねぇ〜」


 セイランは駄々をこねるユウロンの首根っこをつかみ、ずるずると引きずっていた。

 天気はよく金風(きんぷう)が頬をなでているのに、出鼻を挫かれたような気分になるのは、ユウロンだけのせいでもない。


 大通りの真ん中で、幼くなった姿のユウロンが駄々をこねていると、周囲の訝しげな視線が突き刺さるのはセイランの方だったからだ。


「あの男の子、ちょっとかわいそうじゃない?」

「恐ろしいお姉さんなんだろうなあ。姉貴って怖いし」


 そんな声が聞こえてきて、どうやら知らない人からすればセイランが姉で、ユウロンが弟に見えるらしい。

 とんでもないことではあるけれど、そう見えても仕方ないのはわかっている。セイランはうんざりするような気持ちを押し殺そうとした。


「はぁ。なんでこんなやつと旅なんか……」

「あ? そ・れ・は、俺の台詞なんだよ!」


 つい我慢しきれずに出た言葉に、ユウロンはぷんぷんと頬を膨らませていた。


 町はずれまでやってきたセイランは、後ろを振り返った。もうひそひそ話も聞こえてこない。セイランは町の外に出たことがあまりなかった。

 小さな町ではあっても、生まれ育って勉強や修行をして、祖父と過ごした思い出もある。


 でも町の中心にある龍神像は、もう見えない。あの肉まんも当分食べられない。

 まだ町を出たわけでもないのにセイランの胸は締め付けられ、ユウロンを掴んでいる手を離した。


「どうした小娘。もう郷愁にでも駆られたのか? これでは先が思いやられるぞ?」

「……うるさいな。子供のくせに」


 弱みを握ったように薄ら笑いを浮かべるユウロンを見ると、やっぱり不気味で嫌な奴だ、と会ったときのことを思い出した。


 小さくなった体に引きずられているのか、精神的にも幼くなって駄々をこねだすこともあるが、性根が変わったわけではない。

 セイランは、「俺が子供ならお前は赤子ですらないぞ」と言うユウロンを無視して門をくぐり、町の外への一歩を踏み出していった。


 街道は灰色がかった砂利道が、ずっと先まで続いていて、道の横には野原や森が広がっている。ユウロンはまだふてくされているらしい。


「小娘、これからどこに行くんだ?」

「……じいちゃんには、南東にある里へ行くように言われた」

「まさか、混仙郷(こんせんきょう)か?」


 セイランが頷くと、ユウロンは露骨に渋い顔をしている。そこなら陰の気の扱いを教えてもらえるかもしれないと、祖父は言っていた。


「クソッ。俺様が教えてやるから、やめとこうぜ」

「あんたは今、気がろくに使えない、ただの生意気な子供でしょ?」


 ユウロンは怒ったらしく拳を前に出してきたが、軽くいなすと道の脇で転がった。ユウロンは「畜生!」と言いながら、鼻血を流している。


 こんな姿を見て、あの黒龍の化身だと気づく者はいそうにない。セイランはユウロンを見下ろした。


「……そうだ、その顔だ」

「何の話?」


 セイランは訝しげな顔をして、ユウロンを見た。ユウロンは鼻血をぬぐい、吐き捨てるように言った。


「他人なんてどうなろうと、どうでもいいだろう? 気にせず冷たい目で見下していれば、陰の気は勝手に満ちていく」

「……そんなのできるわけないよ。人はお互いを尊重して、協力し合って生きているの。私がそんな顔をするとすれば、嫌なやつだけ」


 セイランの表情は固くなった。しかしユウロンの薄ら笑いは止まらない。


「尊重ねぇ……内紛ばかりの人間がか? それに雑魚が群れているだけだろ? 一人では何もできないから、仲間に入れてもらうために、馬鹿みたいに気を遣っているだけだ。そのくせ嫌いなやつには気を遣わず、態度を変えるなんて、俺よりも酷いんじゃないか?」

「それは──」


 セイランは逡巡し、言い淀んだ。こんなやつ以下だなんて思いたくはなかったが、ユウロンが誰に対しても態度が変わらないだろうというのはわかる。


 セイランは口ごもっていたが、余裕綽々のユウロンに言い返したくなってきた。


「……あんただって、今は子供でしょ? 力を借りないと封印だって解けないし、身を守ることもできないよ」

「そうだな、その通りだ。俺も人間様を見習って、媚びへつらうとするか」


 嫌味を言い、道の脇に寄って頭を下げるユウロンを見て、セイランは目尻を吊り上げた。

 こんなやつとの旅なんて、やっぱり嫌だと思ったセイランだったが、よく見ると他の人々も道の脇で頭を下げている。


 しまったと顔面蒼白になり、ほくそ笑んでいるユウロンが目に入ったところで、背後から怒声が聞こえた。

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