第四話:封印
「なんだ、これは?」
朝日に照らされながら、意識を取り戻したユウロンは、すっとんきょうな声を上げた。
両手首と両足首に輪がはめられていて、気にすべて栓をされたかのように術が使えない。
ユウロンは「外せ!」と叫んで、辺りを見回した。
ランフーの姿を視認すると、セイランも寄りかかっていて、すやすやと眠っている。
あの時見た姿が錯覚だったのかもしれないと思うくらいには、セイランからは気を感じ取れなかった。
「起きたか坊主、おはようさん。相変わらず酒には弱いな。おかげで助かったが」
「うるせぇな。それよりなんだこの輪っかは。早く外せ、クソジジイ!」
窮屈そうにもがくユウロンに、ランフーはとぼけたような顔でもう一つの輪を見せ、人差し指の指先で回していた。
「この輪が首にはまったら、お前はどうなるんだろうな? まったくわからんなぁ?」
「ふざけるんじゃねぇ、ジジイ! そんなことしてみろ。後悔させてやるぞ」
そういえば酒豪のランフーが、ほとんど酒を飲んでいなかった。酒を飲ませたのもこのためだったのだと、ユウロンは歯噛みした。
龍神像を中心に封印術式が施されていて、すでに起動しているのだろう。
あらかじめ指定の地に用意しておかなければならないもので、罠に引っかかったのだ。
ユウロンは己の間抜けさに、ため息をついた。
酒に呑まれて、鈍くなっていたのかもしれない。
「お前をここに誘導するのは骨が折れたわい。まぁ気絶したお前にはいらんかったかもしれんが」
「ク、クソが! てめぇだけじゃねぇ! その小娘もただじゃすまねぇぞ!」
ユウロンは言った先から、顔が青ざめた。ランフーの顔からは表情が消え、大きな拳が顔の横を通り過ぎたからだ。
殺気どころではなく、本当にとどめを刺されかねない。殺気といえば、あのセイランという女もおかしかった。
店で会ったときにセイランからもれた殺気に、ユウロンは反射的に身構えたが、あれは気のせいだと思っていたのに、意識を失う前に見たセイランは尋常ではなかった。
「……ふぁーあ。じいちゃん、おはよう」
「おはよう、セイラン」
セイランも目覚めたようで、目をこすって伸びをしている。足が痛いのかさすっているが、特に変わった様子はない。
ユウロンはあれは錯覚だったのかと、まじまじと見つめた。
ランフーと戦っていたとはいえ、あんな小娘にのされたということがユウロンには信じられなかった。
「こいつ、捕まえたの? すごいね、じいちゃん」
「……まぁな。わしにかかれば朝飯前よ」
「なんか、こいつのおかしな顔を見た気がするんだけど……それ以上は思い出せなくて」
セイランは頭をひねっている。ランフーは歯切れが悪そうに、顔を伏せた。セイランは覚えていないのだろうか。
ユウロンが聞こうとしたところで、ランフーは向き直って重々しく輪を取り出した。
「では始めるとするか。よく見ておけ、セイラン」
小さく拍手するセイランとしたり顔のランフーを見て、ユウロンは嫌な予感しかしなかった。
ランフーが指先で回していた封輪が宙に浮かんでいき、強制的に立たされたまま大の字になったユウロンは、逃げるために暴れようとした。
しかし、今は地に縛られている上に、手足の封輪によって思うように抵抗ができない。強大な気を持っていても、使えなければ意味がなかった。
輪は伸びて大きくなり、顔を通りすぎると首元で縮んでいき、ユウロンは顔面蒼白になった。
両手首と両足首、さらには首。それらを結ぶと、五芒星の形になったということだ。
「ジ、ジジイ。もうやめないか?」
「心配するな。死にはせん」
満面の笑顔のランフーが印を結ぶと、ユウロンの心臓が大きく跳ねた。目線が低くなって、手足がみるみる縮んでいく。
ランフーとセイランがはるか頭上に見え、ユウロンは何が起きたのかを悟った。
長身痩躯だったはずのユウロンが、十歳にも満たないほどの少年のような姿になってしまったということを。
もう地に縛られていなくても、術を使うことはできないだろう。
そもそも、気が乏しくなっている。ユウロンは拳を地面に叩きつけた。
そして、岩のように大きく見えるランフーを睨みつけ、刃向かおうと拳を振るった。
しかし、届かない。頭を押さえつけられて、振り回した両腕は空を切るだけだった。
「遊びたいのか? まぁ子供だからだからな。仕方ないか」
「……かわいいね」
セイランにまで子供扱いされて、ユウロンはあらゆる負の感情に襲われ、わけがわからなくなっていた。こんな思いをさせられたのは、いつ以来なのか。
元はと言えばこの女のせいだと、ユウロンはセイランに飛びかかった。
しかし、そんなユウロンの思いむなしく、足が地につかぬまま浮く羽目になった。
「高い高〜い、どう?」
あまりの屈辱の連続に、セイランと目線が合ったユウロンは鋭く睨みつけた。
瞳は濃い紫色で髪も黒く、あのとき見た人間と同一人物とは思えない。ユウロンは釈然とせず、ランフーに向かって叫んだ。
「早く封印を解きやがれ!」
「言っただろう。困ったことになると。わしは解く気はないぞ。わしはな」
ランフーはそこでセイランに視線を向けた。なぜここで小娘を見るのかと考えたユウロンに、悪寒が走った。
封印されたユウロンが封印を解いてもらうには、それだけ力量のある封印術師に頼むしかない。
しかし、ランフーにその気はないということは、もう選択肢は一つしかなかった。
「お前にやってもらうしかない、のか?」
「……どういう意味?」
セイランは呆気にとられて力が抜けたのか、ユウロンは地に落ちた。地に手をついたユウロンの心には、暗雲が広がっていた。
シユウを封印することは、一人ではできない。
ユウロンの代わりの戦力として、セイランに成長してもらうことが、解封にもつながるなら、自分のためにセイランを助けなければならない。
ランフーにとっては、一石二鳥だ。
「ようやく気づいたか、ユウロン」
「冗談じゃねぇぞ!? こんな小娘の手伝いをさせるなんざ!」
「お前が封印の手伝いはやらんと言うからな。この手伝いならやらざるをえんだろ」
セイランは先ほどとはうってかわって、顔色が変わった。明らかに動揺しているようで、血の気が引いたように顔が青くなっている。
「そんな……じいちゃん、嫌だよ」
「わしも本意ではない。しかしな、セイラン。お前にも成長してもらいたいのだ」
セイランは肩を落とし、ユウロンを横目で見た。
目が合ったセイランとユウロンは、すぐにそっぽを向いて空を見上げた。
そんな二人とは裏腹に、空には雲ひとつない。太陽は眩しく、二人を照らしていた。




