第三話:龍虎衝突
「はるか昔、戦神とも称されるシユウという不死身の怪物がいた。あまりにも強く、凶暴なシユウに対して、人と妖怪は手を組んで討伐しようとした。しかし、シユウには敵わず、ついには龍の出番になったのだ」
「……龍の?」
男は鼻をほじっている。セイランは、シユウという名前は聞いたことがあるが、ことの顛末は知らなかった。
「お前たちも五龍神のことは知っておろう。青龍、赤龍、黒龍、白龍、そして黄龍だ」
ランフーがちらりと男の方を見ると、男は顔を逸らしている。男にかまわず、ランフーは話を続けた。
「五龍の長である黄龍は、かつて応龍だった。応龍は龍の中でも別格で、シユウすらも倒すほどだった。しかしだ。シユウは不死身ゆえに、殺すことはできない。そこで五体は引き裂かれ、宝珠に封印されたと言われている」
「でもじいちゃん、応龍……というか黄龍は眠っているんじゃないの?」
「その通りだ。応龍は力をつかい果たし、黄龍として眠りについた。本来は四龍が、シユウの封印が解かれぬよう守護するはずだった。しかし長がいなくなったことで、他に天敵などいない四龍は、力を持て余した挙句、龍同士で争って、天変地異を起こしたと言われている」
「龍でも、人みたいに同族同士で争うんだね……」
ランフーは重々しく頷いた。男は苦々しげな顔をして、足を組み直した。
「四龍は青龍と赤龍が、黒龍と白龍が相打ちで倒れ、代わりに四神と呼ばれる者たちが、シユウの封印を守護することになった。時が経って廃れてしまったが、わしが白虎の名を継承しているのも、この四神が源流だ」
「ふぉんとうにほまえはふっとうしい。むぐむぐ、ひつも邪魔ひやがって」
男はぐちゃぐちゃと音を立てながら、鶏肉を貪るように食べている。
流し込むように酒をあおると、げふっと噯気を出した。その音を聞いて、セイランは顔を引きつらせた。
「しかし、シユウは死んだわけではない。何百年、何千年かに一度、封印が解けて復活すると言われている。予言と合致するように、シユウが封印されている宝珠に小さな亀裂きれつが確認できてな」
「封印が、解けそうってこと?」
「そうだ。封印術が廃れてきている今、万が一解封された場合、再度封印するにはいくらなんでもわしだけでは厳しい。そこで解封の防止と、最悪の場合に備えて協力を要請して回っていたのだ」
「それで、なかなか帰ってこなかったんだね。そのシユウはいつ復活しそうなの?」
「はっきりとはわからん。だが夏と秋の間、今ぐらいの時期だろうと言われている。一年後かもしれんし、数十年後かもしれんが」
ランフーは一息つくように、一口だけ酒を呑んだ。セイランには現実味のない話だったが、本当なら深刻な事態だと神妙にして聞いていた。
それでも、料理を次々と平らげていると、男には奇異なものを見るような目を向けられた。育ち盛りなのだから、仕方ない。
その一方で、ランフーは酒にあまり口をつけていないようで、セイランは不思議に思ったが、ようやく健康に目覚めてくれたのかもしれないと、一人で納得していた。
「お前が手伝ってくれれば話は早いから、わざわざ呼んだのだ。報酬でうまい酒も飲める。シユウが相手なら、思う存分戦えるぞ」
「……ふん、知ったことじゃねぇな。俺は俺だけのために、力をつかう。人間が死ぬなら、むしろせいせいするね」
男は鼻を鳴らして、傲慢な態度を崩そうとせず、一人で酒を飲みきって不敵な笑みを浮かべていた。
「そう言うだろうとは思っていた。しかしそれでは、お前も困ったことになるぞ」
「はぁ? この俺がか?」
ランフーは人差し指だけを立て、封輪を指先で回し始めた。
男の方は殺気だけでなく、陰の気があふれてきている。まさに一触即発といった様相で、セイランは息を呑んだ。
そして、瞬きをした刹那、硝子の割れる音がした。
目を開けると、あの男の姿がない。ランフーは足を蹴り上げていて、男はガラスごと吹き飛ばされたらしい。
セイランは頭がついていかず、本当にとんでもないことになってしまったと、空いた穴を見てめまいを感じた。
ランフーも飛び出していき、一瞬の静寂のあと、聞いたこともないような轟音が鳴り響いてきた。
セイランは店員に謝ろうとしたが、人の姿が見当たらない。人払いの術が使われているようだ。
セイランが追いかけるために外に出ると、大きな結界が見えた。
結界は待ち合わせ場所だった、龍神像のある広場を覆っていて、二人の強大な気と術によって明滅しているのが見える。
セイランは陽の気をつかって、走る速度を早めた。あとでひどい筋肉痛になるかもしれないが、そうも言っていられない。
急いで広場に着くと、男は龍神像の前に立っていた。
髪は漆黒に染まり、両目は闇のように暗い。
立ちのぼる陰の気に妖気が混じって、禍々しい力が宿っている。セイランはここまで禍々しい気を感じるのは初めてで、また左腕に疼きを覚えた。
男は何か呟くと、セイランが目を疑うような術を繰り出した。それは龍だった。陰の気による術で具現化した、大きな黒い龍。
まるで龍神像が動き出したかのようで、闇のように暗いのに、あやしく輝いて見える。セイランはそれを見て、思い出していた。
──黒龍の化身と呼ばれる、ユウロンという名の男の存在を。
セイランは体がすくんだまま動けずに龍に見入っていると、ランフーが大きな声で叫んだ。
「セイラン、わしに任せろ!」
セイランはランフーの声で、我に返った。ランフーは拳を地面に当てると、陰と陽の気を放出していく。
雷が落ちるような音が鳴り響くとともに、姿を現したのは虎だった。
──白い虎、白虎だ。
陰の気だけではユウロンに敵わないとしても、陰陽の気を合わせることができれば、より大きな力を発揮することができる。
ランフーの白虎を見ると、セイランの体の硬直は解けてきて、手を何度か閉じては広げた。
相対する白虎と黒龍。
龍虎はついにぶつかり合った。龍虎がもつれあう衝撃波で、セイランは立っていられずに尻もちをついた。
加勢するどころか、足手まといになっているのかもしれない。
せめてあの高慢ちきな男に、一撃くらい与えてやりたいと、立てないままじりじりと足を引きずるように、セイランはユウロンに近づいていく。
セイランに気づいたのか一瞥したユウロンだったが、足元がふらついている。
それでもあまりにも極端な陰の気に、ランフーの白虎は押されてきていた。黒龍がランフーに、今にも襲いかかりそうだった。
「くたばれ! ランフー!!」
それを耳にしたセイランの中で、まるで逆鱗に触れたかのように、何かが決壊した。
腕輪にはひびが入り、割れて地面に落ちていく。カランと音が鳴るのと同時に、左腕は焼けるように熱くなり、左目の疼きも止まらない。
立ち上がったセイランは、銀髪をなびかせながら、祖父を傷つけることは許さないという一心で、拳を強く握りしめた。
術に集中していたユウロンは、隙を見せていた。尋常ではない気を察知したのか、セイランに目を向けたが、時すでに遅し。
ユウロンは「クソが」と呟き、セイランの怒りの拳を顔面にくらった。
セイランは意識が途切れる寸前に見た、ユウロンのすさまじい形相を忘れることはないだろう。
具現化された黒龍は消滅していき、意識を失った二人は、重なるように倒れていった。




