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セイラン解封記  作者: 遠野圭人
第一章:白秋

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第二話:邂逅

 酉の刻(とりのこく)、夕焼けから夜にさしかかり、セイランは体を震わせていた。


 この時期にしては肌寒く、肌身離さずつけている腕輪にも冷たさが伝わってくる。天に浮かぶ月が、黒雲で暗く(かげ)っているのを見て、セイランは不吉な予感に眉をひそめた。


 気分を変えるために、露店で肉まんを買った。

 ほおばると温かい肉汁があふれてきて、幼い頃に祖父がこの肉まんをよく買ってくれたことを思い出し、セイランは顔をほころばせた。


 しかし、ここのところ忙しいのか、あまり帰ってこない。


 ただ、久しぶりに会えるのだと思うとセイランの足取りは軽くなり、遠目からでも大きな像が見えてきた。

 この先の広場には龍神像があって、そのわかりやすい大きさは待ち合わせ場所に最適だ。


 大きく手を振っている祖父を見つけると、セイランも手を振り返した。

 相変わらず元気そうだ。見た目は大柄で顔も厳つく、一見怖そうに見えるが、祖父はいつも見守ってくれる。


 セイランは勢いよく胸に飛び込んだ。


「じいちゃん、久しぶり!」

「久しぶりだな、セイラン。元気そうでなにより。わしも吹き飛ばされそうなくらいだ、がはははは!あれから十年かのう……」

「あれからって?」

「いや、なんでもない。もうすぐ十五歳になるとは、めでたいことだ」


 頭をかく祖父の顔を見上げるとまた傷が増えているようで、セイランは渋い顔をした。祖父は各地を飛び回って、多くの妖怪や魑魅魍魎(ちみもうりょう)を封印してきた、白虎(びゃっこ)の名を継承する封印術師(ふういんじゅつし)だ。ここまでの実力がある封印術師は、片手で数えられる。


「あの爺さんって、ランフーじゃないか?」


 そんな囁く声が聞こえてくるくらいで、指や腕には封印のためにつかう輪、封輪(ふうりん)をたくさんつけている。


 簡単な相手ばかりではないのだろうし、傷が増えるのは仕方のないことなのかもしれない。それでもセイランにとって、祖父は唯一の肉親だ。

 陽の気をこめて治そうとしたセイランを、ランフーは制止し、肩を抱き寄せた


「いつも人のことばかり、気にしよって。修行は順調か?」

「……どうだろう。まあまあ、だよ」


 セイランは言いよどみ、曖昧に答えた。

 祖父のように封印術師になろうと修行中の身ではあるが、それほどの実力者になれる気がしない。目を逸らしているセイランに、ランフーは上着を脱いで羽織らせた。


「セイランが拳をおみまいすれば、どんなやつでも一撃だぞ」


 豪快に笑うランフーを見て、セイランは弱気な気持ちも見抜かれているのかもしれないと思った。それにしてもどこに行こうとしているのだろうか。待ち合わせ場所は教えられていたが、どこに行くのかは聞いていない。


「会えて嬉しいけど、どういう用で呼んだの?」


「そりゃかわいい孫娘の顔を見たかったからに決まっておろう!」


 セイランが疑いの目を向けると、ランフーは「それはさておき、会わせておきたい者がいる」と言って、龍神像を見上げた。

 祖父がそんなことを言い出すのは珍しく、表情もどこか硬い。ランフーは「もう準備はすませた」と呟き、セイランは首を傾げた。


「その者はかなり困ったやつでな。もしかすると、とんでもないことになるかもしれん。覚悟しておくように」


 祖父がそこまで言うということは、かなりの癖がある者なのだろう。

 セイランは緊張の面持ちで、ランフーの後をついて行った。人通りの多い商店街にはたくさんの店が並び、行列や行き交う人々で賑わっている。


 しかしランフーは目もくれずに、大股で通り過ぎていく。

 人がまばらになっていき、落ち着いた雰囲気の店の前で止まると、ここだと指差した。

 セイランが入ったことのないような、高級感がただようお店だ。面食らうセイランを尻目に、ランフーはがらりと音を立てて扉を開け、セイランは足早にあとを追った。


 予約していたらしい席は広く、部屋の一角が硝子(がらす)張りで外の風景が見える。

 案内されると、すでに例の男らしき者が座っていた。よれた黒い服を着ていて、ふてぶてしい態度で膝を立てて食卓に肘をついている。


 どうやら長身で顔は整っているが、目つきは鋭く、伸ばしっぱなしなのか長い白髪は乱れていていた。周りを気にする様子はなく、まさに傍若無人(ぼうじゃくぶじん)だ。

 しかし男はランフーに気づくと、突然強烈な殺気を浴びせてきた。セイランは感じたことのない気を感じて、反射的に顔を覆った。


「やめんか、わがまま坊主め」

「うるせぇクソジジイ! 何度も追いかけて来やがって。だいたい俺の方が歳上なんだよ」


 よどんだ灰色の目は笑っていないが、薄ら笑いを浮かべる男は異様な雰囲気をまとっていた。不気味な男で、何をしでかすかわかったものではない。


 セイランは眉をひそめながら左腕をおさえ、忌々しげに視線を向けた。そのセイランから漏れた殺気に、反応したのだろうか。

 男は急に食卓に飛び乗ったかと思うと、四つ足の獣が威嚇(いかく)するような前傾姿勢で、セイランを見据えて睨んだ。


「この女は誰だ!?」

「落ち着け坊主! この子はわしの孫娘だ。殺気を放つでない!」


 薄ら笑いの消えた顔で、セイランの顔を一瞥すると男は鼻で笑った。

 こんなに嫌なやつだったとは。もし封印できるものなら今すぐにでもしてやりたいと、セイランは歯を食いしばった。


「ふん、小娘に興味はない。だが邪魔になりそうなら、消すのも手だな」

「そんなことが、わしの前でできると思うのか?」


 ランフーは殺気を遮るように、セイランの前に出た。頼もしい背中に、左腕に帯びた熱や目の痛みも薄れていく。


 しかし、祖父に迷惑をかけたくはないと思い、セイランは気を取り直して平静を装うことにした。

 ランフーは青筋を立てていて、男も臨戦態勢で睨み合っている。セイランが場を取り持とうと宥めているうちに、配膳用の自動人形がやってきた。


 人なら怯むようなこの空気にも動じることなく、食卓に麻婆豆腐や餃子などの料理が並んでいく。


「……酒も届いたようだな」

「おっ、白酒か」


 ランフーの言葉に反応した男は、酒をじっと見つめている。険悪な空気が和らいだように感じたセイランは「乾杯しませんか?」と提案した。

 ランフーが黙って酒器に酒を注いで差し出すと、男はようやく椅子に座った。酒がお待ちかねだったらしい。男は一気に呑み干すと顔を赤らめ、また薄ら笑いを浮かべた。


「こんなに高い酒を(おご)ってくれるとは、珍しいこともあるもんだ。そうでもなきゃ、ジジイの顔なんて見たくもねぇが」

「わしも見たくて来たわけではないわ。お前に話を聞かせるには、好きな酒でも頼まんとな。セイランも心して聞くように」

「……ふん、聞くだけ聞いてやるよ」


 男は足を組んで、食卓に乗せた。なんて不遜な態度なのだろうと、セイランが男を睨んだ一方で、ランフーは眉一つ動かさずに話を切り出した。

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