第三十八話:名前
人にとっては、妖気の混じった気など、猛毒でしかない。
セイランは、よろめきながらも歩いていった。
四神が、両手両足を封印していく。しかも、それぞれの部位に対して、二重の封印だ。
それでも、十分ではないかもしれないほど、シユウは強大だった。
セイランが、最後の封印を任されていた。
身に余ることだが、セイランが頼み込んだからだ。腕が六本ではなくなり、かなり小さくなったシユウと目が合う。
その目に、セイランはどう映ったのだろうか。これだけ封印されても、セイランには自分より大きく見えた。
セイランは受け取ったユウロンの陰の気を、転化させていく。
「──転化、封!!」
二重の封輪が広がり、シユウの首元で縮んだ。
五芒星の印を結んだところで気が抜けて、熱にうなされたように、セイランの見ていた景色が真っ暗になった。
闇のように真っ黒で、何も見えない。
すべてを吞み込む黒で、セイランは死んだのだろうと思った。
ここが冥界なのだろうか。
しかし、遠くから声が聞こえて、名前を呼ばれているようだが、まるで初めて聞く名前のようで、セイランは不思議で仕方なかった。
なんだか笑ってしまいそうだけれど、顔だけでなく体がまったく動かない。
身の程知らずなことをしたのだから、仕方のないことだろう。ユウロンに止められても、やってしまった。
「──ラン」
誰の声なのか、わからない。
憎たらしいような、頼もしいような、相反するような声だ。二度寝したいような気分で、まだ寝かせてほしかった。
「──セイラン!」
その声で、瞼だけがわずかに開いた。
他にも声が聞こえるけれど、一番近くから聞こえる。祖父が名付けてくれたこの「セイラン」という名前は、いつも聞いているはずの名前だ。
それなのに聞き慣れない、一度も呼ばれたことのない名前だと、セイランは感じた。
「セイラン! 勝手に死んでんじゃねぇ! 後味が悪いだろ!」
──瞼がさらに開く。驚きのあまり、開いた。
この声は、ユウロンだ。
ユウロンが、名前を呼んでくれている。
セイランという名前を、初めてユウロンの口から聞いた。
「俺に転化なんか、させやがって! 治癒術なんて、やったことねぇんだよ! 起きろ! セイラン!!」
「ユウ、ロン……?」
ユウロンもいる。みんなもいる。
助けようとしてくれている。体は微動だにしないが、涙だけはあふれた。
「こういう治癒は、稀だからね。気を渡したユウロン本人がやるのが一番だよ。もちろんボクたちも手伝ってるけど!」
「セイラン! わしを置いていくでないぞ!」
チーチェンの声も、祖父の声も聞こえる。
「帰ってくるって、約束したでしょ!? セイラン!」
バツの声も聞こえる。みんなの声が、聞こえる。
姿がはっきりと、見えてくる。
セイランは支えてもらっているのだと、その温かさを噛みしめていた。




