第三十七話:奥義
応龍がいない今、シユウは間違いなくこの大陸で、最強の存在だ。
セイランの初めての白龍も、いともたやすく消滅させられた。
それにも関わらず、セイランの心は思ったよりも凪いでいた。その理由に、頭を巡らせる。
旅が始まるまでは、祖父しかいなかった。
しかし、よりにもよって、ユウロンと旅をすることになり、セイランは嫌で仕方がなかった。
それでも、今となっては頼もしい存在になり、他にもたくさんの支えてくれる人や妖怪がいる。
しかし、シユウは一人だ。
どれだけ強いシユウでも一人ぼっちなのだと思うと、セイランは敵意一色にはなれなかった。
「そこの女! なんだ、その哀れみの目は!?」
「あなたは、寂しかった?」
「何……!?」
「あなたにも、かつては共に戦う仲間がいたんでしょう?」
シユウは何かを思い出すように、動きが緩慢になった。ユウロンとズァイロンが、息を呑んでいるのがわかる。
「そうだ、一人ではなかった。しかし、戦いの中で失われていくものだ。不死の余だけが残った、封珠の中でな」
「やっぱり、寂しいですよね。私があなただったら、そう思うはず」
「……しかし、余は一人ではない。魑魅魍魎よ、手を貸すのだ!」
濃霧や腐臭とともに、魑魅魍魎が湧き出るように現れた。
空は黒雲で覆われ、その姿は醜く鼻をつまみたくなるが、魍魎は水を得て消えていったことがある。
獣のような魑魅は、おそらく戦争による殺し合いで死にゆく、人妖の怨念や苦痛の残滓だ。
幼児のように見える魍魎は、戦争や災害による飢餓や病で死んでいく、子供たちの未練によって生まれるのだろう。
それらが山や川の大自然と結びつき、自然災害と同じ「現象」として、目にするようになったのだと、セイランは考えるようになった。
セイランが持っていた、多くの魑魅魍魎を封じた封珠が、鈍色の光を放っている。這い寄ってきていた魑魅魍魎が、動きを止めた。
「何事だ、これは? まさか……?」
「シユウ、あなたは知っていたんですね。この世の見たくない暗い面が、魑魅魍魎として生まれていることに。それを感じ取った魑魅魍魎が、あなたに託そうとした。この戦いの連鎖を、止めてほしいと。それが血みどろの道であっても、大陸を統一するにはそれしかなかった」
「……臭い物には、蓋をしたがる。あまつさえなかったことにして、消し去ろうとするものだ。しかしお前は、それをしなかったのだな?」
「たまたまです。祖父のおかげで気づいただけで、あなたのように直視していたわけではありません」
シユウは初めて腕を下ろし、真正面からセイランを見据えた。
「名前はなんという?」
「セイランです」
「覚えておくとしよう、セイラン。しかし、余も退くことはできぬ。どちらかが倒れなければ、終わることはない」
「わかりました。あなたを、止めてみせます」
シユウはまた構えたが、魑魅魍魎は退いていく。しかし、その刹那、険のある表情が変わった気がした。
「かかってこい! セイランに、龍を継ぐ者たちよ!」
突進してくるシユウに対して、セイランは巨大な盾を形成したが、紙のように引き裂かれていく。
あの巨体で迫られればどうしようもないと、セイランたちは立ち尽くしかけた。
──そのときだった。
楓の大木がそびえ立ち、シユウはけたたましい音を立てて、幹にぶつかった。
「時間がかかってしまいましたが、これからは私もご一緒します!」
「あたしに援護は任せな!」
レイロンは封印に成功したらしく、ケイリンと一緒だ。四神によって他の四凶も、封じ込められつつあるようだ。
「木火土金水の循環の力を、シユウに見せてやりな!まぁ黄龍の代わりがあたしと琥珀なのが、ちょっと弱いかもしれないけどね」
「いえ、そんなことはありません。大切なつながりを得て、立ち向かえるんですから! 奥の手を、つかいましょう!」
セイランの呼びかけに、全員が頷く。
奥の手、それは最終奥義──己の体を、龍にすること。
四龍の姿は変わっていく。
セイラン、ユウロン、レイロン、ズァイロンは、ついに真の龍として顕現した。セイランが見ながら育った、あの龍神像のように。
「紛い物のはずが、真の龍になるとはな。余も全力を出そう!」
次の瞬間、真の四龍と琥珀に呼応するように、地面が大きく揺れて、地から天に昇るように現れたのは、黄色の龍だった。
──黄龍だ。
黒雲から雷が轟き、衰えてなお黄金のような輝きを放っている。
「人妖の絆、四龍の調和を見届けた。五行の力を知るがいい、シユウよ」
木は火を、火は土を、土は金を、金は水を、水は木を、相生で強める。
ときには相剋が、大切になることもあるだろう。
しかし今は、ようやく相生の循環を生かすことができる。かつて四龍は相打ちで倒れ、四龍の力を受け継いだ者もずっと争ってきた。
その四龍、いや五龍がまとまり、五行のそれぞれの輝きを放ちながら、円を描いてシユウに向かっていく。
「──奥義・木火土金水龍!」
シユウは対抗するように、六本の腕を振り、巨大な拳を疾風のように突き出す。
「──戦神・龍破拳!」
そして──激突した。
光がすべてを呑み込んでいく。
それをあらゆる場所で見ていた人妖たちは、例外なく目を離すことができなかった。遅れてやってくる鳴動に、ただ耳を澄ませた。
目が眩むような真っ白な世界で、セイランたちは倒れていた。
人の体に戻ったセイランは、シユウに視線を向ける。シユウも力尽きたように倒れていて、セイランは白龍の力がつかえないことに気付いた。
これが欠点であり、四龍はしばらくただの人や妖怪になってしまう。
だから、奥の手なのだ。しかし、シユウはまだ立ち上がろうとしている。こうなってはもし気が残っていても、四龍は対抗できない。
──封印術などの術を除いて。
セイランたちは立った。レイロンは四神として、力を振り絞ったのだろう。セイランも、そのつもりだった。
ランフー、シェンウー、チーチェン、レイロン、そしてセイラン。
セイランはもう、封印術師を継げるほどになっていた。
その五人で、シユウを封印する。封珠ではなく、ユウロンのように五体を封印するということだ。四神であっても、四凶との戦いでかなり気を消耗している。
しかし四神は、封印できるだけの気が何とか残っている。
セイランだけが、気が足りなかった。まだその点では、四神には及ばない。
「ユウロン、気を受け取らせて」
「……言っただろう? 死ぬぞ」
他の者から受け取っている猶予はなく、どうせ危険が伴うのなら、セイランはユウロンから受け取りたいと思った。その表情は、真剣そのものだ。
「それでも、やりたいんだ。死んでも、やり遂げたい」
「馬鹿娘が……」
セイランとユウロンは、両手をしっかりと合わせた。




