第三十六話:最終決戦
真っ暗だった視界が明るくなってきて、ユウロンは自分の体を見つめていた。
セイランが見上げてきて、元通りの背丈の体になっている。
最後の解封は、成功したらしい。自由になった今、誰かのために戦う理由などないはずだった。
他人事なのだからと、戦争など放っておいて、蚊帳の外から見ていればいい。
最後まで解封されたら、すぐに消えよう。ユウロンはずっと、そう思っていた。
「ユウロン! できたよね!?」
セイランにそう言われて、ユウロンは右手を上げていた。
無意識に上げたその手に、セイランも軽く叩くように合わせてきて、乾いた小気味よい音が響く。
利き手ではなかったからか、叩きにくそうにしていたが、心底嬉しかったらしい表情だった。
「バツはみんなを守ってあげて」
「わかった、セイラン。帰ってくるって、約束だよ。信じてるから」
バツはそう言うと、皇子やムトウたちをなるべく安全な場所に、誘導し始めた。ムシキもレイロンに指示されたのか、手伝っている。
そして、遠目にも、見覚えのある姿が近づいていた。
あれは、シェンウーとコアフだ。ずっと北に閉じこもっていたシェンウーが、本当に出てきたらしい。
「本当に来るとはな、頑固ジジイが」
「後でお前に何を言われるか、わかったものではないからな。もう過剰に恐れはせぬし、お前に言ったことは撤回するとしよう」
「当たり前だろ。俺は何も怖くなんかねぇよ。シユウだろうが、四凶だろうがな」
「ふっ、お手並み拝見といこう。コアフはバツたちを手伝うように」
四神である青龍のレイロン、白虎のランフー、朱雀のチーチェン、玄武のシェンウーが並び、さらに麒麟のケイリンが中央にそろった。
この地の下には、黄龍とシユウの頭部が眠っていて、楓の木が立っている。
まだ春なのに、この楓は葉が真っ赤に染まっていて、斬首によるシユウの血で赤くなったらしい。
「はぁっ!」
レイロンによって両軍を阻むように、大木が円状に連なっていく。まるで玄冥郷を囲っていた、断崖絶壁の山脈のようだ。
「これで、時間稼ぎができるはずです。それでは、始めましょう。四龍でもある私が言うのも変ですが、四龍の皆さんもご武運を」
四龍である白龍のセイラン、黒龍のユウロン、赤龍のズァイロン、そして四龍の青龍でもあるレイロンが、この場にそろっている。
ランフーの作戦は想像すらしていなかったことで、ユウロンは思い返していた。
「中央でわざと、派手に戦うのだ。もう解けかけているシユウと四凶をあえて解封し、四神が四凶とそれぞれ戦う。そして四龍には、あのシユウを任せよう。レイロンの負担が大きすぎるかもしれんから、ケイリンはレイロンを主に援護しつつ、セイランたちを助けてやってくれ。頼んだぞ」
「とんでもないことを言うねぇ。まぁ、やるだけやってみるさ」
「あまりの戦いに人も妖怪も慄いて、逃げ出す者も多かろう。なるべく両軍を巻き込まぬように、念のためにレイロンには防壁代わりの大樹で、主戦場を囲ってもらうとしよう」
そんな、ぶっ飛んだ作戦だった。
あのシユウが現れば、それだけでも人妖は混乱する。
しかもシユウだけでなく、四凶すら解封すれば、人妖が中央で戦っている場合ではなくなるはずだ。
「信じられないことを考えやがるジジイだ」
「そうでしょ? じいちゃんはすごいんだ」
「……ふん」
セイランは得意げな顔をしている。皮肉を言う気にもなれず、ユウロンは鼻を鳴らした。
四神によって、崩れかけていたシユウの封珠が、解封されていく。
強烈な妖気が充満し始め、巨人族をも超える巨大な胴体に、両手と両足がつながって、大きな音を立てながら立ち上がった。
地面を波打たせるかのように揺らしながら、首を探して楓の木の下に、両手を突っ込んでいる。そのシユウの妖気に、呼応して四凶が蘇っていく。
四凶はトウテツ、キュウキ、トウコツ、コントンの四柱だ。
トウテツは人だろうが妖怪だろうが、目につけば何でも食べる。果てには己さえ食らうと言われ、狼のような外見で、目が四つに首は長く、四足で風のように早く動く。
キュウキは人の言葉を介するが、戦争を起こすためにしかつかわない。姿は虎のように見えるが、羽が生えていて人を食らう。
トウコツは人面だが足で虎のようで、長い尾と牙を持っている。凶悪かつ戦闘狂、退くことを知らないらしい。
コントンは犬のように見え、目や耳はあるのに見えない上に聞こえないらしい。六本の足があり、羽も生えているが、何がしたいのかわからない混沌とした存在だという。
ユウロンもよくは知らなかったが、相手にしたくないということだけはわかる。
この四凶は、四神に任せるしかない。
さっそく四神との戦闘が始まったらしく、土煙が上がり、獣のような声やぶつかり合う音が聞こえてくるが、シユウとの戦いの邪魔にならないように、誘導しつつ攻撃しているようだ。
ランフーが吠えるように言った。
「四凶はわしらに任せるがいい! お前たちは、シユウに集中せい!」
シユウはついに牛にも似た頭部を見つけ、胴体とつながっていく。
体がすべてそろうとさらに腕が生えてきて、腕は合わせて六本になった。
「でけぇ、でかすぎる。巨人族でも、小人扱いだろ。これが不死身って、冗談か……?」
「信じたくはねぇが、そうも言ってられねぇな。もう人でも妖怪でもなく、まさに怪物だ」
ズァイロンが怯むのもわかってしまうほどの、すさまじい迫力と妖気だ。
こんな怪物が存在することを実際に目にして、ユウロンも背筋が寒くなるのを感じた。
「ようやくか、長かったぞ……この恨み、晴らさずにはおれん!」
シユウが声を出しただけで、地が震えている。鼓膜が破れそうで、ユウロンは死の予感が頭をよぎった。
「くっ……! でも、奥の手をやるにしても、レイロンを待たないと!」
セイランも白龍として、奥底にある力に気付いたのだろう。
しかし、致命的な欠点もあり、とどめにしかつかえない。
それまではなんとか持たせるしかないと、ユウロンはため込んでいた気によって、強大な黒龍をうねらせた。
「ようやく本気を出せる。──くらえ、本物の黒龍をな!」
「龍か……! しかし、応龍ではないようだな!」
続けざまにセイランも、白銀の龍を解き放った。
セイランにとって、初めての白龍だ。二龍は相生で支えあいながら、目にも留まらぬ速さで突き進んでいく。
「龍そのものではない、化身か! ならば──」
シユウは、その六本の腕で受け止めつつ、鰻でも掴むかのように、龍を握りつぶしていく。その間隙を縫い、ズァイロンの赤龍が貫こうとした。
「死にぞこないが! 燃え尽きろ!」
当たるかと思われたその赤龍を、シユウは蹴り上げた。
傷や火傷一つなく、また龍を掴んだ手で炎をもみ消していく。
──これがシユウ、まぎれもなく伝説の怪物だった。




