第三十五話:解封
中原が見えてくると、西には人の皇帝軍が布陣していて、東にも魑魅魍魎や妖怪たちが跋扈していた。
シユウの胴体と両腕と両足の五体は、四神に加えて、実は麒麟であるケイリンが守っていたらしい。
頭だけが、中原の黄龍の元に封じられたままで、眠っていてもその守護の力は絶大だった。シユウの妖気も強いが、頭部だけだと相殺されているのだろう。
まだお互いが睨み合っている段階だが、いつ戦端が開かれてもおかしくはない。
人員が足りていないのか、人は戦争のためにつくられた、自動人形の部隊がある。それだけ人が、危機に瀕しているということなのだろう。
セイランたちは、その中原の地の真ん中に降り立った。
戦いが始まれば、ここで両軍がぶつかって、泥沼の殺し合いになるはずだ。
レイロンたちもやって来て、東の妖怪たちを抑えようとしてくれているようだが、もう爆発寸前なのだろう。人も人で、軍が少しずつ前に進んできている。
そのとき、その軍とは離れたところから、騎馬隊を含めた一団が抜け出てきて、セイランたちは身構えた。しかし、武器を手に取っていない。
「セイラン、私だ! カイエンだ! 敵意はない!」
馬に乗って、先頭に立っているのは皇子のカイエンで、横にはランフーもいた。セイランたちに、どよめきが広がる。
「じいちゃんに、皇子まで!?」
「驚かせたか。皇子には、手伝ってもらったことがあってな。どうなっているのか、念のために様子を見に行ってみれば、どうやら司馬に捕らえられておったらしい。しかし以前シンレイの官女だった者が気づいて、それを聞いた皇子の側近たちが助け出し、逃げるのをわしも手伝っておったのだ」
「申し訳ない。私と父のせいで、あなたたちには迷惑をかけた」
皇子が平民に謝るなど異例のことであり、側近や兵士たちは止めようとしたが、カイエンはそれを遮った。
「やめよ! カンバツ様もおられるのだぞ!」
バツはキョンシーの姿に戻り、その瞳を見たカイエンは地に手をついて、平伏した。
すると、一斉に皇子の側近たちはそれに倣い、兵士たちの一団は深く一礼をしている。
嫌われてるはずの妖怪、しかもキョンシーに対して皇子たちが平伏しているのは、目を疑わずにはいられない光景だ。
セイランはバツと皇子を交互に見て、目を点にしながらバツが姫であることを実感していた。
「そんなにかしこまらないで。わたしは死人の妖怪で、本来は死んじゃってるはずから……」
「いえ、カンバツ様はボウテンコウになられました。ボウテンコウは、民意を汲み、皇帝の行いを監視するとも言われています。権力に溺れぬためにも、カンバツ様のお力添えをお願いいたします」
セイランがバツの手を握ると、バツは固く閉じていた口を開いた。
「わかった……わかりました。皇子たちがよき治世をするように、見守ります」
「ありがとうございます。カンバツ様」
ようやく頭を上げたカイエンは、バツに礼を言った。
バツは健気に、姫らしく振る舞おうとしているようで、噴き出しそうになる。セイランには、とてもかわいらしく見えた。
そこにケイリンたちもやってきて、後ろには飛龍に乗っているティエンとムトウもいる。
飛龍から下馬したムトウが近づいてくると、唐突に持っていた刀を落とした。目を何度もこすっていて、その視線の先には女性がいる。
確か、先ほどランフーが言っていた、シンレイという人の官女で、その人もムトウと同じように、目を大きく見開いていた。
二人はこけてしまうのではと、セイランが心配しそうになる足取りで、距離を縮めていく。
「まさか、サヤ……?」
「お、お父さん!」
二人は強く抱きしめあい、そこにいることを確かめているかのようだった。
セイランもそれを見て、はっきりと思い出していた。ムトウには、生き別れた子供がいることを。
「こんなに大きくなって。もう、いないのかと思っていたのに。うっ、うぅ……」
「村から逃げ出してから、たまたま親切な妖怪さんに助けられたの。その方はシンレイ様との関わりがおありで、お会いしたシンレイ様が不憫だと言って、官女として雇ってくださったんです」
「そうだったのか……ありがたいことだ。弟は、コウガイはいるのかい?」
「いるよ!兵士として今は後ろの方にいるけど、逃げ出すときに一緒に来たから。よかった、父さんが無事で……」
ムトウは人目もはばからず、涙も鼻水も流して泣いていた。
行方がわからなくなっていた、娘さんと息子さんが見つかったのだから、当然だろう。
後ろから息子さんであろうコウガイが来て、泣いている二人の子供をムトウは抱きしめ、離さなかった。
「よかったね、ムトウさん」
「ありがとう。セイランさんたちはもちろん、ティエン君、君のおかげなんだ。本当に、ありがとうございます」
セイランの首飾りの琥珀は、また温かくなったような気がした。
肩に手が置かれ、セイランが振り向くとケイリンがいて、口元を緩めている。
「こんな思いがけないことがあるとはね。長く生きてても、なかなか見られるもんじゃないよ」
「そうですよね。でもこれからは、もっと……」
「あはは! 言うようになったね、セイラン。それには作戦を成功させないといけないが、やれるのかい?」
「はい、やってみせます! まずは解封のために、力を借りさせてください!」
ケイリンは気を込め始め、琥珀が輝いてセイランの陰陽の気が増幅されていく。レイロンと戦ったときも、これがあったから懐に飛び込めたのかもしれない。
「ユウロン、やるよ!」
「遅いんだよ、さっさとしやがれってんだ」
「──第一、第二、第三封印、解!」
ここまでなら、もうできる。
──でも、まだこれからだ。セイランは、さらに気を込めていく。
「──第四封印、解!」
「次で最後だな。小娘のくせによく──」
ユウロンが何か言った気がしたが、セイランにはよく聞こえなかった。これで終わり、もうひと踏ん張りだ。
「待たせてごめん。──第五・最終封印、解!!」
ユウロンの首元の封輪に、ひびが入る。
そして、この中原すらも呑み込む、闇のような閃光が広がっていく。
人も妖怪も、誰もがこの光景を目にしただろうし、怯んだ者もいたかもしれない。
しかし、暗闇の中でも、セイランは信じて恐れることなく見据えていた。
──黒龍、ユウロンを。




