最終話:青嵐
季節は立夏を過ぎて、白秋の前の「朱夏」に入った。
後宮の桜の花びらは散り、庭園の池に浮いている。これからは、もっと暑くなっていくだろう。
カイエンの目の前には、バツがいた。
「バツ様のおかげで、宮廷の雰囲気も変わってきました。司馬だったロウセンは、弾劾されて牢獄にいますし、父もバツ様とレイロンには、頭が上がらないようです。もしかすると、皇帝を退くことになるかもしれません」
「カイエンが継ぐの?」
「どうでしょうね。レイロンは四神だからと言って、継ぎたがりません。どうなるかはわかりませんが、バツ様とレイロンを通して、妖怪に母を助けてもらいました。妖怪には不思議な力を持つ者がいるのですね」
最初から、手を取り合うことができれば、皇后である母があんなに苦しむこともなかった。レイロンの病も、もっと早く癒えていたかもしれない。
「第一皇子としては、皇帝にならざるを得ないのでしょう。もし皇帝に即位するのなら、妖怪との共存の道を探りたいものです。しかし、皇帝になってしまえば、その初志を忘れて、権力に溺れてしまうかもしれません。そうならぬように、バツ様には見守っていただかないと」
「わかった。でも、様付けはやめてよね」
「そういうわけにも……あっ、セイランたちが来たようですよ!」
誤魔化そうとしていないかという目で、カイエンは軽くバツに睨まれた。
しかし、振り向いたバツは、跳ねるようにセイランの元へ向かっていく。
「セイラン! ユウロン! それに、シユウも。もっと会いに来てよね」
バツは、セイランに飛びついた。
その傍らには、五体を封印されたシユウがいる。
あのシユウが、カイエンと同じような年頃の見た目になり、セイランと一緒にいるというのが、カイエンはまだ信じられなかった。
「余は疲れた……この体は窮屈だ。早く解封してくれ」
「我慢しろ。たまたま暇だったから着いてきてやったのに、ぐちぐち言いやがって」
二人は不満げな一方で、セイランはバツを両腕で抱きかかえ、朗らかに笑っている。
「ユウロンだって、似たようなこと言ってたでしょ?」
「うるせぇな、小娘のくせに。覚えてねぇよ」
「嘘ばっかり。それに小娘じゃなくて、あのときみたいに名前で呼んでくれてもいいのにね」
セイランはからかうようにそう言って、ユウロンは頭をかきむしりながらあらぬ方向を見ている。
陰陽太極図は白と黒の勾玉を、組み合わせたような見た目だ。まるで、あの二人のように。
薄暑光に照らされるセイランたちは眩しく、空気は透明な水のように澄んでいる。
まさに青嵐のような、爽やかな風が吹き抜けていった。




