第三十一話:青龍
バツは天を駆け、眼下に見える光景は、どんどんと変わっていった。
まだ雪が積もっている山々から、春の芽吹きを感じさせるような、緑が広がりつつある。
そんな爽やかな景色を見ていても、ユウロンは張りつめた表情をしていた。勝てるわけがないと、思っていたからだ。
勝算のない戦いを仕掛けたところで、待っているのは死だけだというのに、どうして着いてきてしまったのか、ユウロン自身もよくわからなかった。
いくら四つ解封されたとは言え龍の力も完全ではなく、いつまで持つのかもわからない。封印術がつかえる青龍と他の妖怪に、太刀打ちできるとは思えなかった。
前にいるセイランの背中が、小さく見える。
旅をしていると、セイランを見上げるばかりで、それが屈辱的だったが、今はあまりにも儚く見えた。
「あそこに……レイ、レイロンがいるんだね」
「おそらくな。青龍の力で、つくったんだろうよ」
東に近づくにつれ、誰も見たことがないような桜の大樹が、ユウロンたちの目にも映った。風で揺れ動き、花びらが舞っている。
絶景ではあるが、桜が咲くにはまだ早く、異質な空間に見えて、ユウロンは不気味さすら感じた。
桜の大樹の前に開けた場所があり、バツはそこに舞い降りていく。
戦いがあったのか、あちらこちらの木は薙ぎ倒され、燃えていた痕跡もある。地面は荒れて、穴だらけだ。
「付き合わせてごめんね、ユウロン」
「ふん、今さらだろ。もうやるしかねぇ」
ユウロンは、弱気になっているのを悟られぬよう、腕をまくった。
「バツはすぐ安全なところに、離れてね」
「……ううん、わたしも手伝う」
最初からバツは、そのつもりだったのだろう。セイランは目を伏せたが、さらに背中に寄り添うようにしている。
すでに止められないところまで、来てしまったのだ。バツが地に足をつけると、桜の木の前にはレイと名乗っていたレイロンと、ムシキに加えて、ズァイロンもいる。
ユウロンは四凶を持ち出したのは、ズァイロンだろうと予想していた。
レイロンとズァイロンにはつながりがあり、四凶を解封するかもしれない。すでにしていてもあり得ない話ではなく、そうなってはどうあがいても勝てないだろう。
ユウロンの冷や汗は、止まらなかった。
「おっ、この俺に負けた雑魚がいるな」
「言っとけ。遺言として、聞いといてやるよ」
ズァイロンに、あのときのような慢心はないようだ。
しかもセイランが封じたはずの、ムシキの足首の封印は解かれている。木の棒を振り回して、準備万端といった様子だ。
そして、四龍の青龍でありながら、封印術師の青龍すらも継承したらしい、レイロンがいた。
例えば、白龍と白虎のように、同じ五行であればその比和によって、その気はますます強力になる。
このレイロンも、強さを増していると考えるのが自然だろう。ユウロンは小さく、舌打ちをした。
「本当に、青龍なの? 封印術師まで、継承したの? じいちゃんを……死なせたの?」
セイランはレイロンに、矢継ぎ早に聞いた。
レイロンが何も言わずに手を広げると、逃げ場をなくすかのように、開けた地の周囲に次々と大木が生えてくる。
さらに、ムシキの首元の封縄に触れると、緑色の光が広がって、最後の封印が解けたようだ。それが答えだった。
「ありがとうございやす。姉御!」
「今となってはムシキ、あんたがこの中で一番弱い。油断しないように」
「あっ、はい……」
バツがボウテンコウになった今、成長したセイランと、四つ解封されたユウロンであれば、ムシキだけならなんとかなる。
しかし、ムシキだけではないのが、現実だった。ユウロンは歯噛みしつつも、レイロンに聞いた。
「あのジジイ、ランフーはどうなったんだ?」
「黒龍の最後の封印を解けるのは、白虎だけ。私が不利なのは、五行が金のランフーさんと、セイランさん。先にまず、倒しておきたかったんだ。この桜の木は、弔いの花のつもり」
檄文とは違って、砕けた口調で言うレイロンは、初めて会ったときのような、どこかあどけない少女にも見える。
その二面性が、惹きつける力の源になっているのかもしれない。ユウロンは腕を組んだまま尋ねた。
「まだ死んでねぇのか?」
「どうだろうね。それを確かめたいなら、かたきを討たなきゃ。他の子は忙しいから、私とズァイロンとムシキだけで、相手をしてあげる」
セイランは無言で、刀を手に持った。木を切ることができる五行の金は、レイロンに対して有利だ。
しかし、セイランはズァイロンには不利、ユウロンがズァイロンに有利と、ややこしいことになっている。
そんなことをユウロンが言う暇もなく、セイランは地を蹴って宙に高く舞いあがった。セイランの鋭い一突きが、レイロンを穿つ。
「死ね!」
しかし、その一撃は届かない。
突然生えてきた木が障壁となり、阻まれてしまった。
すでにレイロンの目は煌めき、髪の色も浅葱色になっている。ユウロンも黒龍としての力を放出した。
「もう白龍の力を、かなり使いこなせているみたいだね。見た目は銀に見えるけれど、あなたが思う理想の金属をつくり出してる」
刀が抜けずにいるセイランに、ズァイロンの灼熱の炎が襲い掛かり、ユウロンは瞬時に水で包むようにして守った。
しかし、ムシキが素早く突いてきた棒が、ユウロンの視界に入ってくる。間に合わない──と思ったところで鈍い音がした。
「もう守られるだけの私じゃない!」
バツが棒を踏みつけて、へし折っていた。
続けざまに口からバツが火を吐くと、ムシキは躱して後方に宙返りしていく。それに注意を引かれかけたところで、地面がうねりを上げる。
──レイロンの木だ。すんでのところで避けたつもりが、腕をかすめた。
久しぶりに感じる血がにじむ痛みに、ユウロンは顔を歪めたが、次々と地面から木が迫ってくる。──これは、避けられない。
「させない!」
セイランは刀を横に薙ぎ、切り倒した。
安心する間もなく、ズァイロンの火剋金龍がセイランに迫り、足元の土も盛り上がっている。
「下だ!」
しかし、ユウロンが言うまでもなく、セイランはそれを利用するかのように腰を落とし、伸びる木とともに跳ね上がった。
さらに火龍を避けながら、ズァイロンに向かって鋭く刀を突いた。
「ぐあっ、やりやがったな!」
耐火性があったのか、ズァイロンが握った刀は溶けきらず、手から血を流している。
さらにセイランは、右手からも小刀で刺そうとしたが、滑り込んできたムシキの蹴りが入った。
その蹴りをいなしながら、素早く離れたセイランを見て、ユウロンは右手に気を込め、水剋火龍を放った。
ズァイロンは火炎を右手から噴出させているが、こちらの龍が押している。しかし、木が庇うように生えたかと思えば、炎が勢いを増して舞い上がってきた。
「相生か……!」
以前つかった相生を、ズァイロンとレイロンが利用してきたのだ。
その火炎の勢いは、水龍が届かないほどだった。バツが隙を見て、レイロンに炎を吐いていく。
しかし、桜の枝が伸びてきて、バツの体を絡めとって何本かが刺さった。
「うぅっ」
すかさずセイランは跳ねて、呻いたバツにまとわりつく木を切った。
睨む間もなく、戦いのさなかに生えてきた木からも、枝が伸びてくる。セイランは刀で切り落とし、バツは火を吐いているが、処理しきれていない。
ユウロンが黒龍をつくりだそうとした瞬間、後ろから殺気を感じた。
「隙あり!」
背中に激痛が走り、ユウロンは顔を後ろに向けた。ムシキは尖った槍のような棒を、突き刺していたのだ。陰の気で、硬化する間もない。
「てめぇ……! 猿野郎が」
後ろ蹴りを入れようとしたが、痛みで精彩がなく、かするどころか宙を蹴っただけだった。
セイランが傷を癒やそうとしてくれたが、その時間を与えてくれはしない。四方八方から木や枝が飛び交い、火龍が眼前に見えた。
「ユウロン! こっちもやろう!」
セイランは盾をつくり、バツは火をぶつけ合って相殺しようとしてくれている。
みるみる溶けていくが、ユウロンはその間に黒龍を生み出し、その龍は銀を纏っていった。
「黒銀龍だ──くらえ、女!」
桜の木の前で悠々と立っているレイロンに、黒龍を向けた。
そうはさせまいと、ムシキが俊敏な動きで首を伸ばそうとしている。しかし、バツが空中からのしかかり、体がへし折れるような勢いで吹き飛んでいった。
──今しかない。
「くたばりやがれ!」
黒銀龍は木の壁を貫き、レイロンに迫っていく。
火や煙が舞い、血のにおいが漂ってきて、桜の花びらだけが場違いに見える。
その桜に向かっていく黒銀龍は、鈍い光を放っていた。




