第二十八話:前兆
山の草花が顔を出し始め、雪解け水が流れる川のせせらぎを聞きながら、ランフーは顎に手を当てて考え込んでいた。
シェンウーとカイエン皇子から、届いた式神を合わせてみると、やはり皇帝の娘であるレイロンが、青龍であると推測できる。
龍の力は後天的に得ることはできないはずだが、何らかの方法で、レイロンは青龍となったのだろう。
レイロンがなぜ人界から出奔したのかは、定かではない。
それでも、ユウロンの予想通り、何か大きなことをしようとしているようで、ランフーは大きくため息をついた。
何が起きているのか確かめるには、まずレイロンに会わなければならない。
ランフーは虎の背に乗って、深い森へと入っていく。
鬱蒼とした森は暗く、むせ返りそうになるほどの草花の匂いが漂ってきて、ランフーはそれを辿って行った。
そして、唐突に開けた場所に出ると、春の陽光を浴びる、一際美しい若い女が佇んでいた。
会ったことはない。しかし、ランフーはレイロンだと確信して、封輪を手に取った。
「来てくれると思ってました。セイランさんの、おじいさんですよね?」
「……そうだ。セイランを助けてくれたそうだな。礼を言っておこう」
「あれは、私の不手際でしたから。セイランさんに恨まれることはあっても、恨みはありません」
レイロンが上げた細い手に、野鳥が止まった。
「恨まれる、とは?レイロン、お前は何をしようとしておるのだ?」
レイロンと呼ばれても否定することもなく、穏やかに微笑んでいる。
たおやかなのに、底が見えない暗さがあって、ランフーですら雰囲気に呑まれそうだった。
「もうご存知でしょうけれど、私は昔から体が弱くて、皆さんが羨ましかったんです。外に出て遊ぶことは、他の人にとっては当たり前のことかもしれません。でも私はそうではありませんでした」
「気の毒ではあるが、それがどうつながるのだ?」
「褥の上で、陰陽の気と向き合いながら、何をしたいのかずっと考えていました。そして気づいたんです。私の中にどうしようもなく、うずまく渇望に」
レイロンの緑色の目は、宝石のように爛々と輝きだし、手に止まっていた鳥は飛び去っていく。
藍色の髪は浅葱色に変容し、まさに青龍の気を放っている。肌が痺れそうになるほどで、ユウロンとはまた違った異様な存在感があった。
ユウロンやズァイロンのように、気の偏りもない。
もし、封印術師の青龍を継承しているのなら、封印術を自由自在に扱えたとしても、なんら不思議ではなかった。
「あなたの五行は金、私の五行は木です。金は木に強い。私にとって最も脅威になるのは、あなたとセイランさんでしょう。だから……」
「レイロンよ。ここにいるのが、お前だけではないのはわかっておる。ズァイロンもおるようだな。他の妖気も感じておったが、白虎を侮らぬことだ」
「そうですね。油断はできませんから、皆にも力を借りましょう。そしてあなたがお持ちの、シユウの封珠もいただきます」
ランフーはシユウの封珠を、持ち歩いていた。
隠していても強烈な妖気を放っていて、わかる者にはわかるはずだ。
誰かに見つかって奪われては困るし、セイランにも危害が及びかねない。
各地を飛び回っていたランフーは、守護するには自分が持っておくのが一番だと、そう思っていた。
それでも、この状況に直面すると、これでよかったのかと歯軋りをしそうになる。
「加減はできぬ。死にたくなければ、やめておくことだ」
「私もあなたを、殺したいわけではありません。しかしあなたは、命惜しさに投げ出す方ではない……残念です」
レイロンの瞳の煌めきは、わずかに翳った。
しかし、真正面からランフーの目を見据え、引く気はないようだ。
鳥がいっせいに飛び立っていき、まだ冷たい風が吹きすさんでくる。
ランフーはこれまでくぐり抜けた修羅場を、ゆうに超えることを覚悟し、セイランの顔を思い浮かべていた。
この日の出来事が、大陸を震撼させるきっかけになることを、セイランたちはまだ知らない。




