第二十五話:回顧
「なぁ、ユウロン。黒龍と白龍は仲が悪いっていうけどさ、仲良くしたっていいだろ?お前の力はすごいんだ」
懐かしい声、懐かしい白銀の輝き、優しげな男の声が聞こえてくる。
「あなたの力は、誰にとっても欠かせないもの。たくさんの人や妖怪を、助けることができるのよ」
つい言うことを聞いてしまいそうな、流麗な声だ。
誰かを好きになるという感覚はわからなかったが、初めて美しいと思った。
ユウロンが暴れそうになるたびに、抑えてくれた。それだけの力がありながら、驕らず思いやりを持っている。
理解は、できなかった。
それでも、そんな風にありたい、そんな存在として生を受けたかったと、思ったのかもしれない。
その白龍の男と、鳳凰の女は、人妖の壁を越えた絆があり、半端者のユウロンを友として迎えてくれた。
こんな力の制御もままならない、穢れた黒い染みのような存在に、目をかけてくれるのだ。いつかお似合いの二人は、結ばれるのだろうとユウロンは勝手に思っていた。
しかし、二人は死んだ。
人と妖怪の間で大きな戦争が始まり、白龍は人の、鳳凰は妖怪の、表向きの盟主として担がれた。
なぜあの二人なのか、どちらの味方をすればよかったのか、考えていると気が触れそうになる。
二人はユウロンを戦争から、遠ざけようとしているのがわかった。
ただ傍観していることしかできず、二人は刺し違えて、お互いの盟主が倒れたことで、戦争は収束していく。
なぜ二人が死んだのに、おめおめと生き残っているのか。ユウロンは八つ当たりのように暴れ、そのときの記憶はほとんどない。
中央から離れ、疲れ果てた頃に雨が降ってきて、水たまりの水面にユウロンの顔が映った。
「なんで、なんでだ……?」
ユウロンは、自問自答した。
歪んだ顔が、不気味に笑っているようにも見える。
心根の美しい二人が、羨ましかった。しかし生き残ったのは卑怯で、誰かのために命を賭さない者だった。濡れた顔を、手で拭う。
「うるさい、うるせぇ!」
心の中に広がる声に、ユウロンは怒鳴った。しかし、その声は止まらない。
こんな世の中、屑ばかり。そういう屑ばかりになれば、己の醜さなど大したことはないと、安心して生きていける。
あいつらよりはマシなのだと、見下していると心地よく、もう目が潰れそうな思いは、しなくていいのだ。ユウロンはぎゅっと目を瞑り、瞼を開けると水たまりを睨んだ。
生まれながらに醜い性根、歪んだ顔、もう見ていられない。
ユウロンはありったけの力を込めて、水たまりに映った顔を殴りつけた。大きな大きな穴が空いて、池の深い水の中に沈んでいく。
ユウロンは、そのまま目を閉じた。
「──ユウロン、ユウロン!」
ユウロンが目を開けると、バツがいた。
騒がしく飛び回っていて、煩わしそうにユウロンは起き上がった。
「うるせぇな。俺は今、機嫌が悪いんだよ」
「それはいつものことでしょ? セイランが目を覚ましたの!早く来て!」
「なんで俺が、行かないといけねぇんだよ」
「心配じゃないの? ユウロンのバカ!」
頭をぺちりと叩かれ、バツはセイランの元へ戻っていったようだ。ユウロンにとっては、セイランの両親がすでにいないことなど、察しのつくことだった。
ランフーが結婚したなんて、聞いたことはない。子供を見たこともなければ、その子供が大人になり結婚して、ランフーに孫できたという話もだ。
いつの間にやら孫娘ができたと言い、溺愛しているようだったが、血のつながりは感じられず、おそらく孤児を育てているのだろう。
なぜ、そんな子供の面倒を見ているのか、ユウロンには理解できずに、首を傾げるばかりだった。誰かのために生きたところで、利用されて食いつぶされるだけなのに、と。
しかし、他にすることもなく、あくびをしながらセイランを見に行くことにした。ユウロンは自分の両親のことなど知らない上に、興味もない。
倒れるほどのこととは思えなかったが、あの二人のことを考えると、頭痛がしてくる。
同じようなものなのだろうかと、ユウロンは片目をつぶりながら、額に手を当ててていると、バツに見つかって「やっぱり来てくれたみたい」という声が聞こえた。
誤魔化すように部屋に入ると、セイランは麦粥を食べていたらしい。
「よぉ、お寝坊さん。俺より寝てんじゃねぇか」
「……私、そんなに寝てたの?」
「丸二日くらいだな。よく眠れたか?」
「うん。少しは落ち着いた。ありがとう」
皮肉を言ったつもりだったが、礼を言われてユウロンはあくびをするふりをした。
気丈にふるまっているが、まだ小娘と言えるような子供だ。人間はただでさえ脆く、短い寿命ですぐ死んでいく。
成長したところで、何が変わるというのか。
ユウロンはそう思っていたが、今はこのセイランの成長に、解封できるかどうかが、かかっている。
「ジジイが言いたかったのは、お前が陰の気を無意識のうちに、抑え込んでるってことだ。本来、青龍は少陽、赤龍は太陽、白龍は少陰、黒龍は太陰だ。当てにするほどでもねぇが、お前も陰の気を帯びやすいんだろう」
「でも扱うのは、苦手だよ?」
「それはお前が──」
「私が、何?」
「いや……なんでもねぇ。ジジイにでも聞け」
ユウロンは、不意に出かけた言葉が止まった。
今までなら言っていただろうし、苦しんでいる姿を嘲笑ったかもしれない。
しかし、シェンウーから聞かされたことは、言うに言えずにユウロンは目を逸らした。
バツは見守るように静かしていたが、言いかけたのを咎めるように、きつく睨んでくる。
生まれながらにして背負ったものを、どうやって受け止めればいいのか、セイランを見ているとよくわからなくなってくる。
雪山でも怪我やあかぎれに、よく治癒術をつかってくれたが、自分の傷は後回しにしていた。それを見ていると、あの二人のことを思い出す。
ユウロンは自分のためだけに生きればいいと、思おうとした。そうしてずっと、己を肯定して生きてきたのだ。しかし傷を癒やされていると、なんとも言えないむず痒い気分になった。
四龍にしても、人妖にしても、生まれ持った性質は変えられない。
何もかも、自分では決められないのに振り回されて、黒龍の力があっても、その力が己の醜さを変えてくれるわけではない。ユウロンは立ち上がって、出て行こうとした。
「ユウロン、大丈夫なの? 暗い顔してるけど」
「……ふん、他人の心配なんかしてねぇで、てめぇの心配でもするんだな」
「うん、ありがとう。そうする」
ユウロンは自分でも、何が言いたいのかわからなくなって、頭をかきむしりながら足早に、あてがわれた部屋へと帰った。




