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セイラン解封記  作者: 遠野圭人
第二章:玄冬

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第二十五話:回顧

「なぁ、ユウロン。黒龍と白龍は仲が悪いっていうけどさ、仲良くしたっていいだろ?お前の力はすごいんだ」


 懐かしい声、懐かしい白銀の輝き、優しげな男の声が聞こえてくる。


「あなたの力は、誰にとっても欠かせないもの。たくさんの人や妖怪を、助けることができるのよ」


 つい言うことを聞いてしまいそうな、流麗な声だ。

 誰かを好きになるという感覚はわからなかったが、初めて美しいと思った。


 ユウロンが暴れそうになるたびに、抑えてくれた。それだけの力がありながら、驕らず思いやりを持っている。


 理解は、できなかった。

 それでも、そんな風にありたい、そんな存在として生を受けたかったと、思ったのかもしれない。


 その白龍の男と、鳳凰の女は、人妖の壁を越えた絆があり、半端者のユウロンを友として迎えてくれた。

 こんな力の制御もままならない、穢れた黒い染みのような存在に、目をかけてくれるのだ。いつかお似合いの二人は、結ばれるのだろうとユウロンは勝手に思っていた。


 しかし、二人は死んだ。


 人と妖怪の間で大きな戦争が始まり、白龍は人の、鳳凰は妖怪の、表向きの盟主として担がれた。

 なぜあの二人なのか、どちらの味方をすればよかったのか、考えていると気が触れそうになる。


 二人はユウロンを戦争から、遠ざけようとしているのがわかった。

 ただ傍観していることしかできず、二人は刺し違えて、お互いの盟主が倒れたことで、戦争は収束していく。


 なぜ二人が死んだのに、おめおめと生き残っているのか。ユウロンは八つ当たりのように暴れ、そのときの記憶はほとんどない。


 中央から離れ、疲れ果てた頃に雨が降ってきて、水たまりの水面にユウロンの顔が映った。


「なんで、なんでだ……?」


 ユウロンは、自問自答した。


 歪んだ顔が、不気味に笑っているようにも見える。

 心根の美しい二人が、羨ましかった。しかし生き残ったのは卑怯で、誰かのために命を賭さない者だった。濡れた顔を、手で拭う。


「うるさい、うるせぇ!」


 心の中に広がる声に、ユウロンは怒鳴った。しかし、その声は止まらない。

 こんな世の中、屑ばかり。そういう屑ばかりになれば、己の醜さなど大したことはないと、安心して生きていける。


 あいつらよりはマシなのだと、見下していると心地よく、もう目が潰れそうな思いは、しなくていいのだ。ユウロンはぎゅっと目を瞑り、瞼を開けると水たまりを睨んだ。


 生まれながらに醜い性根、歪んだ顔、もう見ていられない。

 ユウロンはありったけの力を込めて、水たまりに映った顔を殴りつけた。大きな大きな穴が空いて、池の深い水の中に沈んでいく。


 ユウロンは、そのまま目を閉じた。


「──ユウロン、ユウロン!」


 ユウロンが目を開けると、バツがいた。

 騒がしく飛び回っていて、煩わしそうにユウロンは起き上がった。


「うるせぇな。俺は今、機嫌が悪いんだよ」

「それはいつものことでしょ? セイランが目を覚ましたの!早く来て!」

「なんで俺が、行かないといけねぇんだよ」

「心配じゃないの? ユウロンのバカ!」


 頭をぺちりと叩かれ、バツはセイランの元へ戻っていったようだ。ユウロンにとっては、セイランの両親がすでにいないことなど、察しのつくことだった。

 ランフーが結婚したなんて、聞いたことはない。子供を見たこともなければ、その子供が大人になり結婚して、ランフーに孫できたという話もだ。


 いつの間にやら孫娘ができたと言い、溺愛しているようだったが、血のつながりは感じられず、おそらく孤児を育てているのだろう。

 なぜ、そんな子供の面倒を見ているのか、ユウロンには理解できずに、首を傾げるばかりだった。誰かのために生きたところで、利用されて食いつぶされるだけなのに、と。


 しかし、他にすることもなく、あくびをしながらセイランを見に行くことにした。ユウロンは自分の両親のことなど知らない上に、興味もない。


 倒れるほどのこととは思えなかったが、あの二人のことを考えると、頭痛がしてくる。

 同じようなものなのだろうかと、ユウロンは片目をつぶりながら、額に手を当ててていると、バツに見つかって「やっぱり来てくれたみたい」という声が聞こえた。


 誤魔化すように部屋に入ると、セイランは麦粥を食べていたらしい。


「よぉ、お寝坊さん。俺より寝てんじゃねぇか」

「……私、そんなに寝てたの?」

「丸二日くらいだな。よく眠れたか?」

「うん。少しは落ち着いた。ありがとう」


 皮肉を言ったつもりだったが、礼を言われてユウロンはあくびをするふりをした。

 気丈にふるまっているが、まだ小娘と言えるような子供だ。人間はただでさえ脆く、短い寿命ですぐ死んでいく。


 成長したところで、何が変わるというのか。

 ユウロンはそう思っていたが、今はこのセイランの成長に、解封できるかどうかが、かかっている。


「ジジイが言いたかったのは、お前が陰の気を無意識のうちに、抑え込んでるってことだ。本来、青龍は少陽、赤龍は太陽、白龍は少陰、黒龍は太陰だ。当てにするほどでもねぇが、お前も陰の気を帯びやすいんだろう」

「でも扱うのは、苦手だよ?」

「それはお前が──」

「私が、何?」

「いや……なんでもねぇ。ジジイにでも聞け」


 ユウロンは、不意に出かけた言葉が止まった。

 今までなら言っていただろうし、苦しんでいる姿を嘲笑ったかもしれない。


 しかし、シェンウーから聞かされたことは、言うに言えずにユウロンは目を逸らした。

 バツは見守るように静かしていたが、言いかけたのを咎めるように、きつく睨んでくる。


 生まれながらにして背負ったものを、どうやって受け止めればいいのか、セイランを見ているとよくわからなくなってくる。

 雪山でも怪我やあかぎれに、よく治癒術をつかってくれたが、自分の傷は後回しにしていた。それを見ていると、あの二人のことを思い出す。


 ユウロンは自分のためだけに生きればいいと、思おうとした。そうしてずっと、己を肯定して生きてきたのだ。しかし傷を癒やされていると、なんとも言えないむず痒い気分になった。


 四龍にしても、人妖にしても、生まれ持った性質は変えられない。

 何もかも、自分では決められないのに振り回されて、黒龍の力があっても、その力が己の醜さを変えてくれるわけではない。ユウロンは立ち上がって、出て行こうとした。


「ユウロン、大丈夫なの? 暗い顔してるけど」

「……ふん、他人の心配なんかしてねぇで、てめぇの心配でもするんだな」

「うん、ありがとう。そうする」


 ユウロンは自分でも、何が言いたいのかわからなくなって、頭をかきむしりながら足早に、あてがわれた部屋へと帰った。

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