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セイラン解封記  作者: 遠野圭人
第二章:玄冬

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第二十四話:玄武

 降りしきる大雪にさらされながら、セイランたちは切り立った山々を乗り越えていた。

 森林限界を超え、針葉樹林も山の途中までしかない。木々がなく視界は開けているはずだが、雪で前がよく見えないこともあった。


 藁の雪靴が歩くたびに沈み、手袋をしていても、手の先の感覚がなくなっていく。

 ここまで来ることができたのは、バツが何度も暖めてくれたからだ。山頂まで来たセイランたちは、雪でかまくらをつくって一休みしていた。


「ムトウさん、大丈夫かな?」

「心配だけど、もう馬が通れる道じゃなかったし、飛龍ならムトウさんを混仙郷まで、連れてってくれるはず。事情が伝わるように、ケイリンさんからもらっていた、式神も飛ばしておいたから」


 バツは別れたムトウを、気にしているようだ。セイランはムトウに、ティエンのお姉さんのことを、正直に話した。

 涙を流していたが、それでもムトウはティエンに謝りたいと言う。セイランは飛龍に、混仙郷に連れて行ってあげてと頼むと、頷くように嘶いた。


 妖怪に襲われるかもしれず、無事に着いてもどうなるかはわからないが、今は信じるしかないだろう。


「こんなクソ寒いとこに来させるとは、あのクソジジイめ。迎えに来やがれってんだ。この武山を超えれば、断崖絶壁の山脈が連なっている。その奥にある山ふところが、玄冥郷(げんめいきょう)だ」

「そこにいるんだね、玄武の継承者が」

「まぁな。死ぬ気配がねぇ、頑固ジジイだ。あの大戦以降、閉じこもってやがる」


 ユウロンはうんざりしたような顔で、吐き捨てるように言った。


 それからも下山していると、たびたび滑りそうになり、セイランとユウロンは助け合うほかなく、セイランはこけかけたユウロンに手を伸ばした。ユウロンはもう渋い顔をするのも、面倒になったらしい。


 山の麓まで下りると雪は収まっていて、ユウロンが言っていた山脈が、日に照らされてよく見えたが、もはや登れるような山道はなく、ただの崖でしかない。

 大人でも超えられそうもなく、ましてやユウロンは子供の体だ。セイランは大きな、白いため息を吐いた。


「もうこっからは、人が登れるような山じゃねぇ。だが秘密の抜け道がある。でかくて長い隧道(ずいどう)がな」

「よく知ってるんだね、おに……ユウロンは詳しいの?」

「ここで育ったからな。変わってなければ、今もあるはずだ」


 バツに尋ねられても、ユウロンはそのまま答えている。バツのことを見直したのかもしれないと、セイランは微笑んだ。

 あの暖かさに、どれだけ助けられたことか。ユウロンの見下すような視線が、変わりつつあるように見えた。


 左に回ってしばらく進むと、凍りついている湖が見えてきて、ユウロンが立ち止まった。


「この辺だな。雪やら氷やらで見えにくいが、門がある。それでもジジイが開けてくれねぇと、入れんがな」


 バツが近づいて熱風を浴びせると、氷が解けて門らしき何かが見えてくる。かなり大きな門のようで、巨人でも通れそうなほどだ。


「ジジイ、俺様が戻ってきてやったぞ。開けやがれー」

「そんな言い方ないでしょ? シェンウーさん、お願いします。開けていただけないでしょうか?」


 セイランたちが声をかけても、門は微動だにしなかった。やはり四神だからと言って、助けてくれるとは限らない。

 バツがしょんぼりしているのを、セイランが慰めようとしたとき、氷が割れるような音がして、上からバラバラと氷柱が落ちてきた。


 そして軋むような轟音とともに、ギギギと門が動き出し、セイランたちはいったん門から離れた。

 開いた門から出てきたのは、体格のいいランフーの倍近くあるような、巨躯の巨人族らしき男だった。


「よぉ、ユウロン。久しぶりだな。ちっさすぎて、気づかんところだったぜ」

「うるせぇ、でかぶつ。さっさと入れろ。寒いんだよ」

「はいはい、わかったよ。そこの二人とは初めて会うが、よろしくな」


 セイランとバツは、あまりの大きさに気圧されながらも「よろしくお願いします」と頭を下げた。大きな松明を持った、巨人の男に後ろからついていく。セイランは恐る恐る聞いた。


「あなたのお名前は?」

「俺はコアフってんだ。あんたらは?」

「私はセイランです。この子は、バツと言います」


 言ったとたんコアフは巨躯を翻し、屈んで目を剥いて、バツをまじまじと見つめた。

 体が大きければ、当然目も大きい。バツと巨人では、大きさが違いすぎる。それを目の前にして、バツは息を呑んで硬直しているようだった。


「いや~、びっくりしたぜ。俺の先祖のコホって巨人は、立場の弱い人の味方だったんだが、劣勢だったシユウに味方しちまったせいで、死んじまったらしい。コホを倒したのは、カンバツって名前の女だったらしくてさ」

「カン……バツ……?」

「なんか日照りの力があったらしくて、コホは焼かれちまったんだって聞いた。干ばつって言葉の、語源になった女らしい。名前が似てたもんで、つい驚いちまったわ。すまんな」


 バツは目を見開きながら、その名前を小さく呟き、思い詰めたような顔になった。

 キョンシーになってから、過去の記憶はほとんどないらしいが、干ばつをもたらす力があるという点では、一致している。とはいえ、あまりにも過去のことで、バツと関係があるとは考えにくかった。


「バツとは関係ない、昔の話でしょ?」

「そう、だよね……」


 バツはこくりと頷いた。ただでさえ疲労が溜まっていて、セイランの歩幅が狭くなってきた頃、出口があるのか外の光が見えてきた。

 洞窟のような隧道を抜けると、奥に見える漆黒の大きな塔がまず目に入り、巨人族がいるからか、石造りの建物も全体的に大きい。中央には池もあった。


「あの塔にいるんだよな? ジジイは」

「あぁ、待ってるだろうから早く行け」

「言われるまでもねぇ。むしろジジイが来いってんだ」


 コアフは呆れたように笑ったが、昔からの知り合いなようだから、慣れているのかもしれない。セイランとバツは、勝手知ったる家のように、歩いていくユウロンに着いて行った。


 塔に入ると、天井は高く広々としていて、中央には黒の長衣を着た、六十歳ほどに見える男が立っていた。かなりの強面で、黒い口髭を伸ばしている。


「よう、クソジジイ。相変わらず亀やら蛇やら、飼ってんのか?」

「一言目がそれか。飼っているのではない。共にいるだけだ、馬鹿者が」


 とても低い声で、一言一句に迷ってしまうような、威圧感がある。それでもユウロンは、おかまいなしだった。


「ふん、小言はいらねぇ。さっさと小娘をどうにかしてくれ。あのランフーのジジイから、式神で話は聞いてんだろ? この体のままじゃ、窮屈なんだよ。てめぇが解いてくれと言いたいところだが、やってくれるわけねぇしな」

「ほう。わかっているではないか、小僧」


 わずかに口の端を上げたあと、男はセイランとバツに目を向けた。その顔からはすでに、笑みは消えている。


「我は玄武の名を継承する、シェンウーだ。セイランに、バツと言ったか。セイラン、覚悟はできておるのだろうな?」

「覚悟、ですか?厳しい修行になる、ということでしょうか?」

「いや、それよりもつらいことだ。我は冥界とのつながりがある。それぞれにとって大切な存在、多くは家族や親友だろう。お前たちと強い縁がある者なら、一言だけ託され、お前たちに伝えることができる」


 シェンウーは一呼吸おいて、セイランたちを順に見つめてくる。

 蓋をしていたものを、開けられたような感覚がして、セイランは逃げ出したくなり、勝手につま先が動いた。


「我には、誰がどんな存在を失ったのかが、おおむねわかる。すでにランフーから、話も聞いておるしな。セイラン、お前は聞かされておらぬのだろうが……」

「そ、それが私に、何の関係があるのでしょうか?」

「心の底では、気づいておるのだろう。お前の優しさも献身も、そういう性格だからという理由だけではない。自分がどうなってもいいと、思っているのだろう。普通は負の感情が大きくなったところで、そこまで急激に陰の気は膨らまんのだ。四龍といえどもな」


 重々しく突き刺さってくる言葉で、セイランは心臓を掴まれたように感じ、はっきりとわかるほどにドクンと大きな鼓動がした。

 立ち眩みのように、目の前が暗くなっていく。ランフーもケイリンも、何かを隠していた。それが何なのか、わからなかった。


 いや、わかりたくなかった、気づきたくなかったのだ。

 シェンウーが何か言いかける前に、セイランは耳をふさごうとした。


「セイラン……お前の両親は、すでに亡くなっておる」


 セイランは目の前が霞んできて、耳が急に遠くなった。


 いつか会いたいと思っていた、お母さんにお父さん。その二人がもう、いない──。

 頭の中でそれが繰り返されて、セイランの意識はそこで途切れた。

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