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セイラン解封記  作者: 遠野圭人
第二章:玄冬

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第二十二話:自戒

 あれから、言葉少なに進んでいたセイランたちの吐く息は、より白くなっていた。


 今までは落ち葉が絨毯のように広がっていたが、落ち葉は減り高くなってきた山には、針葉樹林が広がってきている。地面は荒れていて、木々が道に倒れていることもあった。


 空はどんよりと曇っていて、バツは暖めようとしてくれるが、あまり負担をかけてもいけない。セイランは移動中はなるべく頼らずに、ケイリンから受け取った毛皮の上着を羽織っていた。


「セイラン、あんまり眠れてないの?」

「……心配かけちゃったね、ごめん。大丈夫だから」


 たびたび現れる魑魅魍魎を封じつつも、セイランはそのことを考える余裕がなかった。それ以上の心配事が頭の中を占め、振り払おうとしてもこだまするように返ってくる。

 四凶や起こりかねない大戦だけでも、竦むような気持ちになるのに、それらすらも上回ってくる悪夢を見ては、汗だくになって飛び起きる日々だった。


「──もし、そのおじいさんが誰かのせいで亡くなったら、セイランさんはどうする?」


 そのレイの言葉が、頭からこびりついて離れない。


 そんなことがあるはずはないと思いながらも、べっとりと張り付いてくる。それでも今は祖父を信じて、すべきことしなければならないと、風を切って目的地に向かっていた。


 角度のついた道を前に、飛龍に速度を落としてもらうと、セイランの耳に牛のような大きな鳴き声が聞こえてきた。しかし牛にしてはあまりにも低く、獣の唸り声のようでもあり、お腹の底に響いている。


 嫌な予感がして道を曲がると、その奥には白く長い体毛に覆われた、四つの角を持つ牛に似た妖怪らしき者がいた。


「こんなとこにいるとはな。あれはゴウエツっていう、人食い妖怪だ」

「セイラン、人が襲われてるみたいだよ!」


 バツに言われてみると、左側の脇道で折れて転がっている大木の奥に、頭がちらりと見えた。ゴウエツは地面を蹴って、今にも突進していきそうだ。


「早く行かないと……!」


 解封する時間も惜しい。


 セイランは勢いのまま飛び降り、間に入って大盾をつくった。あの獰猛な目つき、話ができる妖怪ではなさそうだ。


 カーンと高い金属音が響くと、盾が抉れるようにへこみ、セイランの頬を何かがかすめた。あの尖った角だ。眼前で引き抜かれた角だけは、大盾を貫き、穴が空いている。


 うずく傷口から血が地面に滴り、そのにおいを嗅ぎつけたのか、ゴウエツは耳鳴りがするほどの叫び声を上げた。血なまぐさい獣臭がする。

 さらに荒い鼻息と、身の竦むような唸り声が間近で聞こえ、セイランは後ずさりしそうになった。


「こっちだよ、牛さん!」


 バツは注意を引こうとしてくれているのか、ゴウエツの右側で飛んでいる。セイランは気持ちを奮い立たせて、盾の穴から見えるゴウエツを睨みつけた。


「こいつは、もう殺せ! この刀でな」


 後ろで座り込んでいる人が落としていたのか、足元に転がっていた見慣れない剣を、ユウロンが投げるように渡してきた。鞘から出したその剣は、両刃ではなく片刃の剣で、刃こぼれはしているが、切れ味は鋭そうだ。


 セイランは盾を階段のようにつくり変え、バツの方を向いているゴウエツめがけて、高く飛んだ。その巨体が眼下に見え、セイランは刃を下に向けて、体重を思いっきり乗せた。


「グゥモオオオオオオアアアアアア!!」


 先ほどより甲高い、ゴウエツの悲鳴ような声が上がる。


 突き刺した剣を引き抜くと、黒い血しぶきが眼前に噴き出し、セイランの目にまで入りそうになった。胴体からは白い毛とは相反するような、真っ黒な血が流れていく。

 体を強化して跳躍し、突き刺した。普通の剣なら、貫けなかったかもしれない堅牢な肉質だが、この妙な剣だから突き刺せたのかもしれない。


「ふん、ようやく殺す決心がついたか」

「……まだ、死んではいないよ」

「は? おいおい、本気か?」


 倒れたゴウエツの黒々とした血が地面に広がり、放っておけばおそらく死ぬだろう。人を食い殺してきた報いだと言いたくなる。

 それでもセイランは両手に気を込めて、ゴウエツに「封!」と叫び、封珠に閉じ込めた。


「あのなぁ、なんで殺しとかねぇんだよ。封珠の中で、生かしとく意味なんかねぇだろ」

「……そうだね。でも時々、よくわからなくなるんだ。私たちも日々、命を奪い肉を食らって生きている。このゴウエツも生まれながらにして、人を食べることで生きてきた。そこに何の違いがあるんだろうって」

「……そんなこと言いだしたら、キリがねぇだろ」

「うん、許したわけじゃない。殺された人やその家族のことを考えたらね。いつかこの封珠を破壊するかもしれない。でも、まだ考えたいんだ」


 ユウロンは肩をすくめるばかりで、もう小言を言う気にもならない様子だ。人妖問わず、誰もが業を抱えて生きている。何が正しくて、何が間違っているのだろうか。


 セイランが封珠をじっと見つめていると、バツは気落ちしたように言った。


「わたしにはよくわからないけど、生まれ持った力に振り回されるのが、つらいのだけはわかる。もし生まれたときから、人を食べないと生きていけないんだったら、そうするしかないのかな……?」

「人も、お肉は好きだよね。私も好きなんだ」


 セイランはバツと肩を寄せ合い、儚い笑顔を見せた。


「あの……」


 セイランが後ろを振り向くと、五十歳前後ほどの男性がいた。

 ゴウエツに襲われかけたからなのか、顔はやつれているようにも見えるが、朗らかに笑っている。

 長旅でもしているのか、薄紅色の上着はほつれているところも散見された。


「ご無事でよかった。私はセイランと言います」

「某はムトウと申します。助けてくださって、ありがとうございました。不思議な力をお持ちのようだ」

「いえ、そんな大層なものでは。剣をお返ししないといけませんね」


 セイランは刃こぼれした剣を、白龍の力で研がれた後のような白刃にして、鞘にしまってからムトウに返した。ムトウは受け取ると、半分ほど鞘から抜き、剣身を眺めている。


「こんなに美しい刃になるとは、驚きです。骨董品屋で買ったんですが、よく切れはするもののすぐに刃こぼれして、旅には向かないようで」


 セイランはゴウエツに突き刺す前に、その刃こぼれを直していた。白龍の力があれば、こういう一撃必殺の剣の方が、つかいやすいかもしれない。反りがある美しい刃だった。


「刀とかいうらしいな。聞いたことはある。主流ではないがな」


 ユウロンは訳知り顔で、そう言った。さっきも刀と言っていたから、見たことはあるのだろう。セイランも聞き覚えがあり、何かが引っかかった。


「なんでそんな剣……刀を持ってるの?」


 バツは首をかしげて、ムトウに尋ねた。ムトウは懐かしむような、それでいて苦々しい表情になり、口にするか迷うように目が泳いでいる。


「……まぁ、武器はあるぞという牽制くらいにはなるかと思いましたが、妖怪には通用しませんで。お守りというか、むしろ戒めなのかもしれません」

「戒めぇ? なんだそりゃ」


 初対面なのに、口の利き方がなっていないユウロンをセイランは軽くにらんだが、いつものことながらどこ吹く風といった態度だ。ムトウは気にしていないのか、そのまま続けた。


「以前は剣の腕がそこそこ立つということで、まれに妖界に行きたがる人の用心棒をしていた頃がありました。娘と息子がおりまして、いつもは生意気なんですが、その旅に出るときは二人がおにぎりをつくってくれましてね。それはそれは、嬉しかったものです」

「かわいらしいお子さんですね」

「ははは。親ばかなんですが、そう思いまして。子供達のために頑張ろうと、その日に食べるおにぎりを楽しみにしていました」


 セイランはほほえましい話だと思って聞いていたが、そこでムトウの顔が曇った。違和感が大きくなり、心がざわめく。カラスのような鳴き声が聞こえて、セイランは咳払いをした。


「……ただその日、我々は襲われませんでしたが、妖怪同士での争いがあったのか、逃げていく者たちを再三見かけました。幸先が悪いと思ったものです」


 セイランの脈は早くなり、すでに姿を思い浮かべていた。刀とおにぎり。その組み合わせは、聞いたことがある。どういう顔をして聞けばいいのかと、セイランは肩に力が入った。


「昼時になり、休憩すると雇い主に言われました。その人は代理人で、本当の主はかなりのお偉いさんだったらしく、臨時で雇われた某には、お顔を拝見することもできませんでしたが、お給金はいい。気にせず包みを広げて、おにぎりを食べようとしました」


 そこでまたムトウは言葉を詰まらせ、苦しそうに目をつぶった。

 バツとユウロンを見ると、何かを察したように口をつぐんでいる。セイランはただの思い違いでありますようにと、願った。


「──そこで斬ったんです、見知らぬ子供を」


 絞り出すように言ったムトウの顔を、セイランは見ていられなかった。琥珀を握りしめて、天を仰ぐ。


 一陣の風が、冬の寒さをより際立たせていた。

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