第二十一話:五行
「うまい話には裏があるもんだが、聞くだけ聞いてやるよ」
「話が早いね、少年」
足を組んで、ふんぞり返るユウロンを見ていると、セイランは初めて会ったときのことを思い出していた。
あの日も肌寒かったが、もう立冬をすぎ、夜はより冷え込んでいて、身震いしそうな風が吹いてくる。続けてレイは言った。
「条件は私に協力すること。すべての封印を解くと、少年は言うことを聞いてくれなくなるでしょう?だからムシキのように、封縄……封輪は一つだけ残す。私の願いが達成されたら、最後の一つを解いてあげる」
「ふん、まるでお前が解くとでも言うような口ぶりだな。封印術師でなければ、できないはずだが」
「……つてがあるってだけ。それよりどうなの? 少年には、五つの封輪があるみたいだね。四つ解ければ、かなり動きやすくなるんじゃない?」
そんなまさか──。もしこれが本当にできるのなら、封印術師の誰かが協力していることになる。無理やりなのか、進んでそうしているのかはわからない。
それとも知らない解封の方法があるのだろうかと、セイランは眉をひそめた。
「確かに魅力的な話だな。しかし……そのお前の願いはなんだ?叶ったあと、解封される保証はあるのか?」
「そこは信じてもらうしかないけれど、嘘ではないよ。願いは……まだ言えない。協力の約束をしてくれたら、考えるね」
「あの~姉御、俺っちもまだ聞いてないんすけど……」
「あんたは黙ってなさい」
ムシキはまた静かになり、しゅんとしている。ユウロンは足を組みなおして、珍しく焚火に枝を入れると、息を呑むほど高く火が舞い上がった。
「協力か……俺は誰のためにも動くつもりはねぇ。ムシキみてぇに扱われて、こき使われるのは御免こうむる」
「そう、交渉決裂だね。そう言うだろうと思ってたけど、残念だよ」
レイがさらに、枝を焚火に放り込む。するともはや火柱のごとく煌々と燃え盛り、セイランは固唾を吞んだ。
「……それじゃあ、今日はもう寝ようか。ムシキは寝ずの番でもしてなさい」
「あっ、はい」
セイランはそのムシキの反応を見て、拍子が抜けたように感じたが、まだ動悸が止まらない。横になってしばらく経っても、目は冴えていた。
鳥のさえずりが聞こえて、目をこすりながらセイランが目を覚ますと、レイとムシキの姿は消えていた。昨日のことは夢のようで、まるで現実感がない。それでも焚火は消えずに、炭が燻っていた。
「……起きたか、小娘」
「珍しいね。あんたが先に起きてるなんて。いつもは寝坊ばっかりなのに」
「うるせぇ。そんなことより、お前はわかってるのか?俺たちは見逃された、見逃してもらったようなもんなんだよ」
ユウロンにそう言われると、寝る前の心臓の鼓動が蘇ってくる。
確かに尋常な雰囲気ではなく、レイがただ者ではないというのは、セイランも肌身で感じていた。ユウロンは座ったまま、膝に肘をついて話し始めた。
「貸しのつもりなのか、気まぐれなのかは知らねぇが、あのムシキがあれだ。ムシキをはるかに超える力があるということは、俺たちを簡単に皆殺しにできただろう。しかも解封の手段を知ってるってのは、きな臭いってどころじゃねぇ」
「きな臭いって、じいちゃんが言ってたみたいに? もしかしてユウロンは話を聞き出すために、交渉に乗るふりをしたの?」
「まぁ、そんなとこだ。悪くねぇかもとは思ったがな」
セイランはなぜか、肩の荷が下りたような気分になった。一方でユウロンは、眉間にしわを寄せている。風向きが変わり、焚火の煙の臭いが漂ってきて、セイランはむせそうになった。
「あの女は俺を誘った。でもお前のことは誘わなかった。会ったことはねぇはずだが、どうも俺たちのことはあらかた知ってたんだろう。おそらく白龍のお前は乗らないか、逆らおうとすると思ってたってことだ」
「それって、レイには私が嫌がりそうな、願いがあるってこと?」
「そうだ。俺は命令されるのが嫌いなだけで、目的のためなら殺すことも厭わない。だが小娘、お前は違うからな。協力することを断った、邪魔になりかねない俺たちを殺さなかった理由は知らんが、あの様子じゃただの殺しや復讐どころか、もっとでかいことをしようとしているはずだ」
ユウロンがここまで考えているとは思わず、セイランは舌を巻いていた。確かにムシキの言い方は知っているかのようで、レイから聞いていたのかもしれない。感心したことを隠すように、池にいる鳥を見るのを装って、体を斜めに向ける。
そのとき、あの木がセイランの視界に入ってきた。ムシキを守った、あの木だ。
「……あの木は何だったんだろうね? おかげで殺さずに済んだんだけど」
「何? あれもあの女がやったのか?」
「うん。そう言えばユウロンとバツは、見てなかったね」
銀壁を解く前の出来事で、知らなかったのだろう。それにしてもユウロンは愕然としているようで、セイランまで口が半開きになった。
ユウロンはゆっくりと、呟くように言った。
「……五行は木だ」
「え? なんのこと?」
「青龍の五行は、木だ」
その言葉にハッとして、セイランは大きく目を見開いた。
四龍で判明していない最後の一人、それは青龍だ。
「肝が据わってやがる。ムシキが勝手に動いたからとはいえ、こうして気づかれてもいいと思っていたんだろうな。封印術師の青龍は行方不明で、ムシキの封印は解かれていた。力ずくで解かせたのか、あるいは……」
「もしかしてレイが、四龍の青龍が、封印術師としての青龍を継承した可能性があるってこと?」
「最悪の場合は、そういうことになる。龍としての力が十分に使えて、封印術をも扱えるのだとしたら、歴史上でも例のない存在だ」
それなら、ムシキが逆らわなかったのも当然だ。
ただでさえ強いであろう青龍が、封印術をも扱えるのなら、あまりにも強すぎる。
常人には叶えられるはずもない恐ろしい野望があったとしても、強引に叶えることができるかもしれない。
セイランは気が遠くなって、頭を抱えた。
「四凶が持ち出されたってのも、現実味のある噂になってくる。あれの封印を解くという、脅しにも使えるしな。目的次第では解封して、暴れさせたっていいわけだ。あのシユウすらも、想定より早い復活があり得ないとは、言い切れなくなった」
ユウロンは落ち着かないように、足を小刻みに揺らしている。セイランは絶句していた。
「そんな……」
「妖怪はあまり群れないから、まとまりがない。人間は一人ひとりは弱いが、妖怪より数が多くてまとまろうとするから、あの大戦でも拮抗していた。しかし青龍が龍としての力と封印術を駆使して、四凶を含めた妖怪どもをまとめ上げることができたとすれば、どちらが蹂躙されるだろうな?」
セイランは沈痛な面持ちになり、腕は力なく垂れ下がっていた。レイは他者を惹きつける魅力があり、心酔させることもできるだろう。また人妖大戦が繰り返されるかもしれない。
次にそれが起きたとき、どういう結末を迎えるのかは、容易に想像できた。
「……どうしたの? 二人とも、沈んだ顔して」
バツも起きてきたらしく、重たい空気を察したのだろう。セイランはまだ眠たそうなバツを、強く抱きしめた。
「ユウロンが嫌なことでも言ったの?」
「ううん、そうじゃないの。でも、どうしたいいのかわからなくて。ごめんね、急に」
セイランは沈んだ顔を見せないように、しばらく抱きしめていた。
もし人がどういう結末を迎えても、バツが生き残ってくれるならという希望が、唯一の救いのように思えてくる。セイランは祈るように、目を閉じた。
「……似てるな。同じような色だ」
「えっ?」
「いや、何でもない。気にすんな」
セイランが振り向いても、ユウロンは顔を背けてどこか遠くを見ている。
ポツポツと雨が降り始め、灯が消えるように白い煙だけを上げて、焚火の残り火は消えていった。




