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セイラン解封記  作者: 遠野圭人
第二章:玄冬

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第十六話:魑魅魍魎

 朝日に照らされながらも、セイランには気がかりなことがあった。晴れきらぬ心のように、空には雲も浮かんでいる。


「ここは大丈夫なのでしょうか? また襲われでもしたらと思うと……」

「大丈夫さ。特に狙われる理由もないし、集落もわかりにくいところに移動させるつもりだ。それくらいなら、あたしにゃ簡単だよ」


 皇帝が狙っているのは、龍らしい。黒龍であるユウロンと、白龍だったらしいセイランがいなくなれば、襲われる可能性は低くなるだろう。

 それでも、セイランは気がかりで浮かない顔をしていたが、心配するなとでも言うように、ケイリンはセイランの背中をポンと叩いた。


「結界も強めるからさ……セイランは心配性だね。それより心配なのはあんたたちだ。人妖のいざこざを抜きにしても、北はとても寒い。旅にいりそうな道具や、毛皮の防寒着は渡しておくが、気をつけて行くんだよ」

「ありがとうございます。何から何まで……」

「いいんだよ、これくらい。長く生きてると、世話を焼くのが楽しみってもんさ」


 セイランはケイリンに深々と頭を下げ、バツも真似るように頭を動かしている。ユウロンにはその気がないのか、ほじったらしい鼻くそを飛ばそうとしていた。


「お前ときたら本当に……呆れるよ。礼はいらないが、それはやめときな」

「母親じゃあるまいし、うるせぇんだよ。ババア」


 指で弾いたそれは弧を描いて、ケイリンに向かって飛んでいく。しかし壁のような結界に跳ね返され、ユウロンの額にくっついた。


「こんのクソババア! 覚えてやがれ!」

「自業自得だろうに……いつまで経っても子供だねえ」


 ユウロンは肩をいからせながら、飛龍の元に向かっていく。ケイリンは両手を広げ、セイランは甘えるように胸に抱かれた。

 別れがたい気持ちを抑え、離れたセイランはティエンやシャオたちを見つめた。子供たちはこんな早朝なのにも関わらず、たくさん見送りに来てくれている。


「セイランさん、ありがとう! また……会いに来てね!」

「ティエン……うん、またね! 皆さんもお元気で!」


 飛龍に乗ったセイランは、さよならは言わずに、ユウロンとバツとともに混仙郷をあとにした。離れて姿が小さくなっても、手を振り続けていた。


「……いつまでやってんだよ。危ねぇだろ」

「寂しいとか、思わないの?」

「ふん……」


 ユウロンは鼻を鳴らしたが、はっきりとは答えなかった。てっきり寂しさなんて感じないのかと思ったが、何を考えているのだろうか。


 山に沿ったうねるような道を進みつつ、セイランはケイリンからもらった地図を見ながら、北までの道筋を考えていた。道は細くなりつつあり、木の枝がセイランの頬をひっかいてくる。


「通りにくくなってきたね……」


 バツは飛びにくそうにそう言って、セイランの肩にふんわりと乗った。


 まだ北のような険しい山々ではないが、通る道は人の町や街道のように整備されてはいない。

 それは妖怪にとっては不要だからなのかもしれないが、セイランはバツや飛龍が傷つかないように、道に伸びている細い木々を、手で押しのけて進んだ。


 どこを通るにしても、妖怪との遭遇は避けられないだろう。


 雲で日が翳ったのかさっきより地図が暗く見え、鳥のさえずりが喚くように騒がしくなり、羽ばたいていくのがわかる。

 急に空気が冷えてきたように感じ、どこからともなく薄い霧が出てきたかと思えば、獣の臭いを煮詰めて腐らせたような、顔をしかめたくなる悪臭が鼻を突いた。


「セイラン、前を見て」


 バツの言葉で視線を前方に向けると、顔は人のようにも見えるが、体は様々な獣のような妖怪らしき者が五体ほどいた。

 セイランは見たことがなく、その姿に慄いた。


「あー、魑魅魍魎の類だな。元々は魑魅と魍魎は別もんだが、山や川の瘴気から生まれる化物の総称だ。醜い面しやがって、さっさと消すか」

「醜い、か。じいちゃん……」


 混仙郷からは離れてきていて、人とはかけ離れた妖怪と出会うのは、時間の問題だった。しかし滅するとなるとためらいがあり、セイランは手を握りしめた。


「こいつらはろくなもんじゃねぇ。誰彼かまわず襲ってくるぞ。知性なんてないからな。あのシユウが率いたのもこいつらだ」

「……ねぇ、セイラン。殺しちゃうの?」

「そうだね。襲ってくるなら、やらないと」


 飛龍から降りたセイランは、両手に気を込めた。ユウロンの解封をするまでもなく、消滅させることができるだろう。


「わたしも、ただのキョンシーだったら、消されてたのかな……?」

「ふん、当たり前だろ。喋れもしねぇのに襲ってくるやつは、殺すしかねぇ。害虫や害獣と同じだからな」


 癪ではあるがユウロンの言う通りで、セイランは覚悟を決めようと深呼吸をした。


「そうでなくとも俺たちは毎日のように、殺した家畜の肉を食ってんだよ。それどころか言葉の通じる人だろうが妖怪だろうが、殺しあってんだ。こいつらだけ生かす理由なんて、あるわけねぇ」


 生きるために、命を奪う。それはどうしようもない現実で、生き物の生まれ持った性だ。セイランは歯を食いしばり、バツは小さくつぶやいた。


「そうだよね。ごめん、セイラン。せめて安らかに……」


 襲ってきた妖怪の爪や牙を避けつつ、セイランは手刀を叩きつけていく。その虚ろな目は、何かを訴えかけようとしているようにも見え、倒れていく魑魅魍魎たちを見ていると、目を閉じたくなる。しかし最後の一体まで、なんとか目を開けて見届けた。


「……ん? こいつらまだ死んでねぇぞ。早くとどめを刺せよ」

「いや、封珠に閉じ込める。これだけ弱ければこの封珠だけでも、かなりの数の魑魅魍魎を封印できるはず」

「お、お前……本気か?」


 セイランは五角形の封珠を取り出した。そして「封!」と叫ぶと魑魅魍魎は封珠に吸い込まれていき、封印は成功したようだった。


「あのなぁ……いちいちこんな雑魚に、気力やら道具を費やしてたら、色々と持たねぇぞ。馬鹿娘が」

「そうかもね。でもなるべく滅したくない。どうしようもなくなるときまでは。それにじいちゃんから、前に言われたことがあるんだ」


 セイランが五歳の誕生日に腕輪をもらって間もない頃、綺麗に光る銀の腕輪に、セイランはよく見惚れていた。


「気に入ってもらえたようで、嬉しいわ。セイラン、綺麗なものは好きか?」

「うん! 大好き。私もこんな風に輝けたらなあ……」

「セイランならなれる。だがな、もし他人にはそう見えなかったとしても、わしにとってはいつでも輝いて見えるだろうよ」


 ランフーがにっこりと笑うと、セイランもつられるように、はにかんだ。そんなランフーが腕輪に視線を落とすと、真剣な表情でセイランに言った。


「……わしはよく、魑魅魍魎と呼ばれる者たちに会っておる。正直に言ってしまえば、姿は醜く恐ろしく見えてな。すでに殺されて死んでおる者も、よく見かけるのだ」

「そうなんだ……しょうがないのかな?」

「うむ。ただ、人でも妖怪であっても、狙って害をなす醜い者もおる。外見が美しかったとしてもだ。そういう者がのさばっておるのに、魑魅魍魎だけ滅するのは忍びなくてな。だからなるべく滅さずに、封印しておるのだ」


 座りながら大きな体を傾けて、セイランと目を合わせるランフーに、セイランは不思議な感慨を覚えた。

 言っている意味はよくわからなかったが、そうなりたいという気持ちが湧いてくる。


「私もじいちゃんみたいになりたい!」

「おぉ、そんな風に言ってくれるとは。愛い孫だ。そんなセイランに、もう一つだけ言っておこう」

「……?」

「シユウは凶悪だったと伝わっておる。実際そういう面はあったのだろう。ただ勝者は歴史をつくり美化されることも珍しくないが、敗者は貶され本当はどんな者だったのか、わからなくなっていく。もしかすると魑魅魍魎を率いることができたシユウは、我々が知らないことを知っておったのかもしれん。綺麗ではない醜さや弱さ、愚かさを受け入れる懐の深さがあったのかもしれん」


 ますますわからなくなったセイランは首を傾げ、ランフーの瞳をじっと見つめた。ランフーは「難しすぎたな、すまんすまん」と言って、セイランの頭を撫でた。


「とにかくだ。誰にでも弱さや愚かさはある。あれだけ現れる魑魅魍魎には、何か意味があるのではないかと、わしは思っとる。美しさとは程遠い存在だが、もしセイランが将来出会うことがあったら……どうするか、どうしたいかを考えてみるといい」


 セイランは、そんなランフーの言葉を思い出していた。


 ユウロンは頭を抱えていたが、バツは飛んできてセイランの持っていた封珠を見つめている。


「ありがとう、セイラン。わたしのわがままだけど、嬉しかった。前の姿の時は醜いって、石を投げられたこともあるんだ……」

「バツと出会えたから、こうしようと思えたのかも。こちらこそ、ありがとね」


 セイランは祖父の言葉通り考えて、封じることにした。しかしこれがどう転ぶのかは、まだわからない。後になって、過ちだったと思うかもしれない。


 それでもバツとは、滅することなく封印をしたからこそ、仲間になれた。そのバツに助けられて、今がある。セイランは凜々しくも、柔らかな笑みを浮かべた。


「綺麗事に浸ってんじゃねぇ。頭の中がお花畑のやつしかいねぇのかよ……」

「最初から全部諦めなくてもいいでしょ? すべて生かすことはできなくても、すべて殺さないといけないわけじゃない」

「……けっ、小娘が何言ってんだ。いざってときに気が足りなくなっても、知らねぇぞ」


 ふてくされているらしいユウロンの頬を、バツはつついた。


「もしかして……心配してるの? セイランのこと」

「んなわけねーだろ! このガキ! 浮いてねぇで、こっちに来やがれ!」


 髪を逆立たせるユウロンに、バツは暖かい息を吹きかけ、髪は後ろに流れていった。

 もう慣れてきたのか、バツを追いかける気もなさそうだが、顔だけは鬼が乗り移ったような形相だ。


「……ほう、鬼がいるな。霊は冥界にいるはずなんだがな。最近出てきた異形の鬼か?」


 セイランは目を輝かせた。この声は、セイランが聞きたかった声だ。

 翳っていた太陽が顔を出し、セイランが振り向くと、そこには大きな虎にまたがるランフーがいた。

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