第十四話:琥珀
「ケイリンさん、何かいい案でもあるのですか?」
「ばれたか。琥珀って化石があるのを知ってるかい? その琥珀に、花を埋め込もうと思ってね。それなら枯れずに、持ち歩くこともできる」
「そ、そんなことができるんですか?」
「あぁ、それくらいはできそうだ。五行の水は黒、金は白、土は黄だ。あの黄龍も麒麟も黄色だろう? 土は万物の母、それくらいの護石はつくれるさ。琥珀は黄金の石にも見えるし、首飾りにちょうどいいんじゃないかい?」
思ってもみない提案に、歓喜の声が上がった。ケイリンも満足げで、バツも頬ずりしている。セイランも感謝の念に堪えなかった。
「かさねがさね、ありがとうございます!」
「いいんだよ、これくらい。セイランがユウロンの水を強めたように、あたしの土はセイランの金を強めるという、相生の関係にある。ちょっとしたお守りくらいには、なるだろうよ」
ケイリンは琥珀を取り出し、気を込めて花を埋め込んでいった。金色の光を放っていて、とても眩しい。
光がおさまると、花の入った琥珀があった。
「セイランの白銀を通して……できた!これがあんたの首飾りだよ!」
セイランには身の丈に合わない贅沢なものに見えたが、それ以上に笑みがこぼれずにはいられなかった。これからの旅路で、こんなにも心の支えになる品はないだろう。
「どいつもこいつも浮かれやがって、うるせぇんだよ! それにさぁ、そいつの姉とやらは、どうして死んだんだ?」
こんなときに、こんなに嫌なことを聞いてくるのはユウロンしかいない。冷やかすために、戻ってきたのだろうか。ティエンの表情は曇り、セイランはさっそく琥珀を握りしめた。
「……ね、姉ちゃんは……俺のせいで死んだんだ。大きな戦はなくても、戦いが起きることはある。村が襲われたせいで、みんな食べ物もないまま散り散りになって、襲われないように二人で逃げてた。途中で人がいるのを見かけたとき、空腹で倒れかけてた俺のために、姉ちゃんはそいつから握り飯を盗んだ」
親もいないまま、頼る相手もなく、飢えてどうしようもなくなったとき、どうすればいいのだろうかと考えると、セイランには答えが出せなかった。
バツも似たような境遇だったからか、うなだれている。
「当然そいつは怒って、姉ちゃんは刀で切られた。何とか逃げおおせて、傷は浅かったけど血が止まらなかった。その日は凍えるような寒い夜で、雪に埋もれていると、だんだん何も感じなくなっていくんだ。そしたら眠りそうな俺の口に握り飯を入れて、姉ちゃんは抱きしめてくれた。暖めようとしてくれたんだと思う」
まるで凍えているかのように、ティエンの体は震えている。そこで言葉につまったのか、下を向いた。
「……朝になったとき、姉ちゃんは冷たくなってた。飢えのせいか、怪我の出血のせいか、凍えたせいなのかはよくわからない。全部かもしれないけど、元はと言えば俺を助けようとしたからだ。だ、だから俺のせいなんだ……」
堰を切ったように話したティエンは、堪えようとしているようだが、涙ぐんでいた。バツはそれ以上に泣き腫らして、ケイリンに撫でられている。
セイランの目からも止めどなく流れたが、拭うより先にティエンを抱きしめた。
「つらかったよね。悲しいときは泣いてもいいんだよ。ティエンは悪くない。人を憎んで当然なのに、自分ばかり責めないで」
「わ、わからなかったんだ。誰にこの悲しみをぶつけたらいいのか。姉ちゃんは誰も恨まずに、ただ生きてほしいって言ってた。誰もが生きようとしていて、盗んだ私が悪いんだからって。でも憎かった。そいつだけじゃなくて、無力だった俺自身も、この世界すらも……」
ティエンもようやく、吐き出せたのかもしれない。大切な人を失って、その苦しみをぶつけることもできずに、抱えたまま生きていけるわけがない。
決壊したように声を上げるティエンを、セイランは落ち着くまで抱きしめ続けた。
「…………悪かったな。いらんことを聞いた」
セイランが振り向くと、ユウロンは俯いていて表情は見えなかったが、謝っているのは初めて見た。ケイリンも目を丸くしている。
「い、いいんです。ずっと言えなかったから、言えてすっきりしました。同じ人間でも、セイランさんはそいつじゃない。なのに人であるだけで気になって、濁った気持ちが湧いてきた。でもちょっかいをかけたり、様子を見たりしていたら、姉ちゃんを思い出してきて、憎いのかそうじゃないのかよくわからなくなって……ごめんなさい」
「いいんだよ。その憎い気持ちは、おかしなことじゃないから」
助け合えればいいけれど、誰もが自分や家族、大切な人を守るだけでも精一杯だ。自分と自分の大切な人のために、誰かの大切な人が苦しんだり命を落としたりする。
そのつらさはわかっているはずなのに、他人のことは実感が湧かなくて、他の誰かに押しつけるのを止められない。苦しまずに、楽をして生きていきたいのだ。
セイランにはどれも自然な感情で、否定しきれないように思えて、やるせなかった。
このやり場のない気持ちが、ティエンを襲ったのだろう。
そんな気持ちになっている人や妖怪も、たくさんいるはず。止められればいいのにと、思わずにはいられなかった。
「悲しいことに、こういうことが珍しくもない世の中だ。憎しみをぶつけ合い、復讐に駆られる者もいるだろう。結界術はそういう輩に襲われぬように、自分の身を守るためにある。でも封印術なら……自分だけでなく、相手すらも守れるかもしれないよ? ユウロンやバツのようにね」
「はぁ? 俺はまともに戦えずに、困ってるんだが? 守ってもらえてないんだが?」
「ユウロンのおバカ! 自分の力で相手を傷つけなければ、恨まれずに済むでしょ? 恨まれなければ戦わなくていいから、身を守ることにもつながるの! あたしもそうだもん」
バツは誇らしげに語り、ユウロンの背中をぺちぺちと叩いた。その気がなくても水を奪ってしまい、疎まれてきたバツには実感があったのかもしれない。
「ふん。邪魔するやつなんて、全部消せばよかったんだ。そうすれば……」
ユウロンの視線は誰とも合わず、窓の奥を見ているようだった。それはユウロン自身に、言い聞かせているようにも見える。なぜかセイランは、咎める気にはなれなかった。
「これからお前たちは、どうするんだい?」
「お世話になりましたけど、ここからは離れようと思います。今回は龍であるユウロンが狙われたのだとしたら、これからは私とユウロンが狙われるのでしょうし、またここが襲われるのは本意ではないですから」
「……そうかい。確かにここに流れてきた子の多くは、戦いを恐れている。皆が皆、お前たちが留まることを喜ぶわけではないだろう。気を遣わせて、すまないね」
しかし、これからどこに行くべきなのか、指針があるわけではない。
追われる身になって人界には戻りにくくなったが、妖界に行くのも茨の道だろう。
「白虎と対応しているのが、白龍のセイランだ。黒龍のユウロンと対応しているのは、北の玄武だね。玄武は本来、四神の中でも最強格なんだ。今となっては地味な印象で頑固者だが、これからやって来る冬を司っている」
「玄武のジジイ、冥界か……」
「ユウロン、あんたの出身でもあるし、北には冥界があると言われているね」
ユウロンと目が合い、行き先は決まったようだった。
玄武は、水神かつ不老長寿の象徴であり、陰の神とも呼ばれている。
セイランは遥か彼方にある、北の地に思いを馳せていた。




