第十三話:龍刻
「やっぱり、記憶がないのかい? セイラン」
「はい、うっすらとしか……思い出せそうで思い出せない、夢みたいで……」
目を覚ましたセイランは、起きるや否や抱きついてきたバツを抱えながら、頭を撫でていた。ケイリンは扉の向こうに、声をかけた。
「ユウロン、そこにいるんだろう? 昔のあんたと同じじゃないかい?」
「……そんな前のこと、覚えてねぇよ」
「嘘つくんじゃないよ。制御できずに大暴れした挙句、行くあてもなくここに流れてきたんだろう?」
姿を現したユウロンは、素知らぬ顔をして鼻を鳴らした。
「ふん、それより小娘のことだ。いちいち気を失って暴れるようじゃ、旅を続けられねぇぞ。そこのガキも死にかけたんだからな」
「えっ、どういうこと? 本当なの?」
バツは顔を隠すように、セイランに抱きついている。大きなため息をついたケイリンは、ことの顛末を話し始めた。
聞き終わったセイランは、青ざめた顔で頭を下げた。
「そんな、本当にごめんなさい……バツ。皆さんにも迷惑をかけてしまって」
「そんなに気にするんじゃないよ。あんたのおかげで、助かったんだから。シャオやティエンたちもかなりの怪我を負ったが、死んじゃいないよ」
ケイリンが治療を施してくれたのだろう。自分がすべきことだったのにと、セイランは申し訳なさで胸がいっぱいになった。
「四龍の力を受け継ぐのは、血筋ではないようでね。誰がそうなのか、力を発現するまではわからないんだ。しかも力を制御するのも困難で、いいように利用されたり身に余る力に溺れていったりして、死んでいく者がほとんどだと言われている。力の代償なのかもしれんね……」
「……俺は、そんな雑魚どもは違うがな」
「どの口が言うのやら。あんたもあの大戦の前、あの子たちに──」
「やめろ! 聞きたくねぇ!」
遮ったユウロンの声は、いつになく鬼気迫るものがあった。怒っているのか、悲しんでいるのか、背を向けて部屋を出ていった。
「……ユウロンにも、右腕に紋様がある。龍の力を受け継いだ印だと言われていて、龍の刻印、龍刻と呼ばれるらしい。それがセイランの左腕にも、浮き出ていたんだ」
左腕の服をまくると、うっすらとだけ見える。以前は、こんなものはなかった。
「あの腕輪はランフーから贈られたんだろう?あれには封印の力が込められていた。セイランの生活の妨げにならぬような、最低限の力だったからか、もう限界が来ていたみたいだね」
「じいちゃん……」
「もう割れたまま、戻らなくなってしまっていてね。もう封印の力は失っているみたいだが、直しておいたよ。大切なものなんだろう?」
「はい、ありがとう、ございます……」
幼い頃のことで忘れていたけれど、この腕輪をもらう前にも意識を失ったことがある。セイランは目からあふれてくるものを、止められなかった。
「泣いてるの? 体のどこかが痛いの?」
「ううん、痛くないよ。でも、勝手に出てくるんだ……」
バツまで瞳を潤ませていて、セイランは少し可笑しくなり、目尻の涙を拭いた。何かを隠しているのだとしても、守ろうとしてくれていたのだ。セイランはランフーの背中を、思い浮かべた。
「……おぉ、ティエン。見舞いに来たのか。照れてないで早く入りな」
意外にもティエンが、会いに来てくれたらしい。後ろで手を組んでいるようで、ただでさえ赤みのある肌がより赤くなっているように見え、目がなかなか合わなかった。
「……助けてくれて、ありがとうございました。ちょっかいもかけちゃって、ごめんなさい」
「気にしてないから……こちらこそ、来てくれてありがとう」
ティエンはもじもじとしている。はっきりと覚えているのは、ティエンが怪我を負ったところまでだ。何故か結界の外にいたせいで、捕まっていた。
「あのときは、どうして結界の外にいたの?」
「そ、それは……えぇっと……」
ティエンが言い淀んでいるのに対して、ケイリンはにこやかだ。バツもセイランと同じで、不思議そうな顔をしている。
「姉ちゃんと雰囲気が似てたんです。セイラン……さんのこと、それもあって気になってて。姉ちゃんはここに来る前に死んじゃったんだけど、姉ちゃんが好きだった白い花を、探しに行ってたんだ」
「そんなつらいことが……命日だったの?」
「日は近いけど、そうじゃなくて。治してくれたお礼に、その花で腕飾りでもつくろうかと……」
真っ赤になったティエンに、バツは近づいて頰をつついている。腕輪をつけていたから、そうしようとしてくれたのかもしれない。
「でも捕まっちゃったときに、燃えちゃった。セイランさんにもみんなにも迷惑かけて、ごめんなさい」
「あはは! お前にしては、殊勝な態度だね。でもまだあるだろう?」
セイランは何のことかと思ったが、ティエンは一輪の花を差し出してきた。後ろ手に組んでいたのは、花を持っていたかららしい。
「これだけ握りしめてて燃えなかったんだけど、ひしゃげて萎びちゃったんです。諦めてたら、おば……ケイリンさんが綺麗にしてくれました」
「この子、火傷でうなされながらも、これだけは離そうとしなくてね。あたしの五行は土だから、花を生かすことなんてお手のものさ」
「嬉しい。本当にありがとうございます。ティエン、ケイリンさん……大切にしますね」
セイランはその花を、そっと抱いた。ただの花ではなく、絆の証であり、人妖の架け橋になるかもしれない。
「……ただそのままじゃ、持っていくのは無理がありそうだね」
花はいずれ枯れる。ケイリンの言うことはもっともで、旅の道中で何が起きるかもわからない。飛び回っていたバツは、セイランに近づこうとはせずに浮かない顔をしていた。
「バツ、どうしたの?」
「わたしのせいで、枯れちゃったら嫌だから……」
バツも思った以上に気にしているようだ。
沈んだ顔をしている面々の中、ケイリンだけは違うようで、何か言いたそうにしていた。




