雷は慌ただしい
「敦子先輩?」
「「は?」」
俺と爽太から素っ頓狂な声が出た。仕方ないと思う。何を見てそう思ったのか、不思議だ。蓮も、目を見開いて鳴海を見つめていた。
「む。どうしてわかったんだ?」
不審者がフードを後ろへと落とすと、薄茶色の髪が、パサリと肩口まで落ちる。キリッとした眉の上で切りそろえられた前髪と切れ長の目、シャープな輪郭が凛々しさを際立たせている。
女だった!てっきり男かと思って・・・。しかも先輩。
「やっぱり!その無駄のない身のこなしと、構え方、そして何より美しくバランスのとれた筋肉!ゆるい服を着ていてもわかりますよ!」
鳴海がほおを紅潮させながら、鼻息荒くまくし立てる。
ああ忘れてた、こいつ、筋肉フェチだった。
おい、ちょっと引かれてるぞ。
「ところで、こんなところで何をしていたんですか〜?」
「うむ。何か手がかりがないかと思ってな」
「ナオの、か・・・」
「・・・ああ」
先輩は悲しそうに少し目を伏せた。
結構面倒見がいい人なんだな。あいつの自主練も付き合っていたっていうし。
「でも、あんな格好、不審者かと思ったじゃない」
「はは、悪かったな。だが、生徒があそこらへんをウロウロしていると生徒会にバレたら厄介でな」
頭を搔く先輩に、俺たちは高嶺先輩の顔を思い出して無言の肯定をする。
「ところで君たちもナオを探しているのか?」
「ええ。じっとしてもいられないし。性に合わないわ」
「それはお前だけだけどな。って、どうどう。落ち着け」
「あ、よければ先輩も一緒に探しましょ〜」
「いいのか?」
俺が蓮に斬られそうになっているのには目もくれないで、会話はどんどん進んでいく。
「もちろんです。それに、先輩の筋肉を毎日拝められるなんて最高の目の保養です!」
「お前は筋肉が見たいだけだろ。あんなもののどこが保養だ、ただの細胞の塊・・・ぐっ!」
鳴海からの的確な鳩尾への鉄拳が繰り出される。その衝撃で前のめりになったところに、隙をついた蓮による一撃が入る。俺はどさりと倒れた。
蓮はともかく鳴海は滅多にキレないのだが、筋肉を侮辱するとあかんらしい。
「・・・いつもこうなのか?」
ピクピクしている俺に若干の憐れみ、そして引いた目をしながらも、先輩が躊躇いがちに聞いてきた。
「・・・ええ、まあ」
それに苦笑して答える爽太。いつも以上の仕打ちを目の当たりにして、女は怒らせてはいけないのだと悟ったようだ。何よりである。俺ももうちょい早く教えて欲しかったな。
ちなみに、鳴海と蓮に攻撃を喰らった箇所を見ると、痛々しい痣ができていた。
内臓、大丈夫かな。
今日も登校してすぐに屋上へ向かう。こんなにいい天気なのに日向ぼっこをしないなどという選択肢はない。
敦子先輩と出会ってから、2週間が経った。
未だに、ナオの居場所はわからない。警察ですらそういう状況なのに、俺たちド素人が放課後に捜索しても見つかるはずがなかった。
冷たい風が余計に虚しさを煽ってくる。
窓の開けられた下の階から女子たちの噂話が聞こえてくるが、以前の噂は勢いをなくしつつある。
くだらない噂を遮断して鳥の鳴き声に耳をすませる。田舎では珍しくもない音だが、澄んだ声というのは少し心が洗われるような感覚をくれるものなのだ。
体の力を抜いて目を閉じる。
すると、鳥の声量が上がったような気がした。
しかししばらくすると、こんどは絞るかのように緩やかに音が小さくなっていく。
―――ピトッ
「冷たっ!!」
何かが落ちてきた冷たさにはね上がる。
というか、俺寝てたんだ。
見上げると、あれだけ晴れていた空は厚い雲に覆われている。鳥の声もいつの間にか聞こえなくなっていた。
えー、雨か。
ふてくされながらも、ずぶ濡れになるのは嫌なのでしぶしぶ教室へ戻った。
扉を開けるとまだ昼休みにもなっていないのに、教室のなかは騒がしかった。
ていうか、なんで皆帰る支度したくしてんの?
「天野!お前またサボってたな!」
「人聞きの悪い。光合成してただけですよ」
「お前は植物か!」
笑いが起こる中、先生に首根っこをひっつかまれて喝を頂戴する。
普段はずるずると引きずられ生活指導室へ連行されるのに、今回は席につくように促うながされた。てか、先生何でいるんだ?
みんな、席に座ってるし。今って、休憩時間だよな?
そういえば、廊下にも誰も居なかった。
「あんた、いい加減懲りなさいよ」
横から蓮の呆れ声がかかる。
どれだけ席替えしても、教師の決定で問題児の監視役として蓮と隣り合わせにさせられる。どんな罰ゲームだよ、ほんと。
「俺は日向ぼっこをしないと死んじゃう病なんですー。
つか、何かあったのか?」
「ああ、さっきね...」
ここらの地域一帯が、嵐のため警報が出されていたらしい。それによって直ちに下校指令を言い渡されたという。
「おー、そゆことか。ラッキー」
「嬉しいのか嬉しくないのかどっちなのよ。棒読みじゃない」
いやぁ、嬉しいよ?嬉しいんだけどさ。何か、もやもやするんだよね。
窓の外に目を向けると、雨の中空を覆う灰色の厚雲のまわりを雷が蛇のように滑らかにうねっている。
雷って、あんな風ふうだったっけ?
いつか思ったことを、再び考えた。
ナオがいなくなった日もこんな感じだったからちょいセンチメンタルになってるだけかも。
うわ、自分でそんなこと思うとは。鳥肌たつな。
俺たちの順番がまわってきて、下校を始める。
「出席番号順に整列しながら下校するって、どうなんだ。」
「ははっ、しょうがないよ。この方が安全確認しやすいんだから」
先頭に立つ委員長の爽太が、乾いた声で笑った。おっと、心の声が漏れていたか。
「問題児が何しでかすかわからねぇもんなぁ」
「くっ。正論過ぎて反論できない」
「わお。自分で認めちゃってるぜこいつ」
隣から失礼な発言がとんでくるが、そんなもの今に始まったことじゃない。
横を歩くのは、容器に笑う朝木孝也。高一からの付きあいで、裏表のない感じがつるんでいて割と楽だった。
バスに乗り込むと、上回生が指示を飛ばしているのが見えた。
「みなさん、静粛に。一年生から乗車するように。いいですね」
げ。よりにもよって、高嶺先輩のクラスと一緒だ。
と、いうことは・・・。
「くれぐれも、問題は起こしてくれるなよ?」
大きくもないのに、よく通る低い声が響く。
なぜこちらを見るんでしょうか、宮寺先輩?それはみんなに言っているようで、俺に対する警告でしょうかね。
無口な会長がわざわざおっしゃるということは、やらかしたら殺されますなこれは。その前に、高嶺先輩に毒を含んだ言葉で殺されそうだけど。鋭い目つきの割に口を釣り上げてる。楽しんでるな、こやつ。
水戸先輩か副会長のクラスの方が良かったな・・・。
電車は生徒たちで満員だった。風が強い中で、揺れる電線や木々のざわめきが不安を煽ってくる。
依然としてモヤモヤは消えない。むしろ大きくなった。
前のグループが詰まっていたようで、人数に限界を考えて俺たちのグループは2手に別れることになった。
俺と鳴海、孝也までの前半は高嶺先輩が率いる。爽太と蓮たち後半は宮寺先輩が受け持っている。
「じゃあね、㝫。水たまりにはまらないように気をつけなよ?時々ぼんやりしてるからさ」
「うるさいな。お前はお母さんか!」
前半のみが先に電車に乗ることになったのだが、別れぎわに爽太がくつくつと笑う。
「また明日ね、窿太郎。朝迎えに行くから、逃げんじゃないわよ?」
過保護なのか脅してんのか、よくわからん奴だ。
「へいへい。じゃーな」
ひらひらと手を振って電車に乗り込むと
「あいつ、屋久守さんに毎日迎えに来てもらってるのか...!」
「何であんなやつが...」
「何よ、あの失礼な返事は!」
「不潔!」
蓮を慕っているやつらが騒ぎ出す。
最後言った奴だれだ!関係ないだろ!
「騒がしいですよ。口を慎みなさい」
冷徹な雰囲気にみんな気圧されて、口をつぐんでいく。
あれ、高嶺先輩が俺をフォローしてくれた。
「やはり天野くんが火種ですか。いい加減にしなさい。次はないですよ」
うん。そんなとこだろうと思いましたよ。
雨が激しくなった。ホームの屋根を打つ音が大きくなっていく。
見上げると、雲の周りをうねっている雷がさっきよりも太くなっているように思えた。電気がたまっているんだろうか、眩しい。
その瞬間、あの婆さんのセリフがフラッシュバックした。
ーーー雷が落ちるって言ってんだよ。雲の周りがピカピカ光ってんだろ。もう少しで落ちるぞ。
嫌な予感がする。そう思った時、さっきから感じているモヤモヤがなんなのかわかった気がした。
でも、もしそうならどう逃げてもどうしようもないだろ。
「ったく。誰だよ、ちゃんと閉めとけっつの!」
一部の窓が少しだけ開いていたようだ。雨が窓をつたって幾筋も流れ込んで来ているのに苛立って男子生徒が窓を引き上げてぴしゃりと閉めた瞬間、頭の中で警報がガンガン鳴り出した。
それはもう、不安とか、そんなレベルのものではない。
ひとりでにウンウン考え込んでいると、突然視界が開けた。
白い世界。
約一ヶ月前にも、見た光景と全く一緒だった。
平衡感覚が失われ自分がどこにいるのか、立っているのか、地面はどこなのか判断できなくなって思考が停止した。
気持ち悪くなって目を瞑つむる。
しばらくしてゆっくり瞼を開けると、呆然とした顔がそこら中にあった。
目がチカチカするのか、みんな目を瞬しばたかせている。
急停車でドミノだおしにあった俺は壁際にいたため、重圧でダンッと押し付けられる。
怪我はなかったがみんなのざわめきはやまない。それよりも自分の心臓の音がうるさく波打っていた。リーダーたちが必死に牽制しているがいまいち効果はないようだ。
「びっくりしましたね〜。・・・窿っち?」
手に汗がにじむ。
鳥肌は未だに治おさまらない。
今、何時だ。
即座に制服の袖をまくって、腕時計を確かめる。
午前12時00分15秒。
これの次に続く電車があの駅に着くの時間が、午前12時00分。
ということは、落雷が起きたのは電車が爽太たちがいる駅に着いた時間ぐらいだ。
電車はドアや窓を開けていても、中に入っていれば感電はしない。
だが、外ーーー電車付近、もしくはホームーーーにいる場合は・・・。
顔をガバッとあげて、爽太たちがいるはずの場所を振り返る。しかし、当然ながら、窓からでも見えなかった。
「・・・どうしたんですか?」
「おい、窿?」
奇行をとる俺の背後から心配そうな声が聞こえるが、言葉が出てこなかった。
心臓、痛い。
すぐ後に電車が再び動き出した。みんなさっきの雷に興奮して話し合っているが、俺の耳には全く入ってこない。
携帯を取り出して、爽太、蓮、何人かのクラスメイトに電話をかけるが繋がらない。
賑やかな雰囲気の中、一人だけ取り残されたような虚無感をひしひしと感じていた。




