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拝啓、地獄から僕を、  作者: 日暮裕雅
2/3

~INVATION TO HELL -2- ~

 



校舎に入ると、廊下どころか校舎全体が静まり返っていた。忍ばせている靴音も案外大きく響く。



(・・・・・・・・・これもう朝のホームルーム始まってんじゃねえか・・・)

 適当なこと言いやがったなあのハゲジジイ、と先ほどぶっちぎりの大遅刻を見咎めた教師に小声で毒づきながら、ひたひたと廊下を進む。


  結局学校には遅刻した。

 住宅街を逆走し、大幅な回り道を経て命からがら学校へとたどり着いた。

 滑り込みセーフを狙って鍵のかかる前の玄関へと疾走し、そこで待ち受けていた生活指導の中年の教師に散々説教をかまされ、「たるんでいる」の一言でもって放免された。

 「うっせーよハゲ」なんてたとえ心の内でも突っかかる気力はなく、おとなしく頭を下げてレッドカードを握らされた。

 つまりそれくらい俺は消耗しきっていた。


と、どこかからガラッと戸のあく音がし、賑やかな笑い声が溢れ出してきた。学校中に伝染するようにだんだんと、学校中が活気で満ち満ちていく。

 

 皮肉だなぁ、と俺はふと思う。

 こうやって笑っている声はいくらでも響く。耳につくぐらいに。



 それなのに何故、それに相反する声――助けを求める声や悲しむ声はかのように溢れ出てこないのだろう。


(きっと、笑う声にかき消されるからだって)


 答えなんて最初から決まっている。


(そうだった。)


そうだった。昔から。



気づいて欲しくても、出たくても、溢れ出て来れないのだ。




 何十人もの笑顔、醜く歪む笑顔、困った笑顔、囃し声、手拍子に埋もれると、一人の声を掻き消すことなんて簡単だ。化け物が人を飲み込むみたいに。暗黙の了解を目と目で買わされる。


 


『気をつけなよ』と俺は誰にともなく忠告する。



『そいつらきっと化け物だ。』




 きっと今のこの声も、そういう奴らの声でしかないのかもしれない。


(そんなんだったら――死ねばいい)


 俺は振り切るように大股で歩を進める。人が行きかう廊下を、人を突き飛ばすように突き進む。

 生徒がちらちらとこちらを見る。恐らく俺より学年が下の生徒たちだろう。

 

 聞こえるはずのない嘲笑までが聞こえてくるようで、顔を伏せる。

 そのことに何故、顔を伏せるんだ。俺は俺が気に入らなかった。



ああすいませんねえ、遅刻です。間抜けな自称つきの死神のせいでねえ。


 また誰にともなく言い訳する。

 お前たちのせいだ、とでも言いたげだなと心が痛む。俺は俺がいやになるのがはっきりとわかった。



 「知るかよ」


 いつのまにか心のふちからそれがこぼれ出ていた。


 教科書を抱えた少年のグループが、俺を、怪訝な顔で振り返った。

 襟足をちょっと長めに伸ばした、いかにもという奴らばかりだ。


(うるせえよ)


お前らなんかどうせ――――――


 俺は小走りに廊下を進む。階段を一段飛ばしで上り、非常扉に背中をつけて体勢を整える。


 すれ違う奴らがいちいちこちらを振り向く。そのことが無性に腹立たしかった。


 担任が出て行くのを物陰から見送り、教室に入った。


 移動教室のある生徒たちもいるためか、人もまばらだった。


 ここは、今日もいつもどおりだ。

 入り口近くの居眠り常習犯の少女が、眠たそうに頬杖をついていた。奥のほうでは向き合った少年が膝を折り手をたたいている。少女のグループの「知らなかったのー?」という黄色い声。その後に上がる爆笑の渦。

 平和とはこういうものをさすのか、と高校に入学してからしみじみと感動した記憶がある。・・・なんて、馬鹿だ。


 相も変わらず、ボリューム無視の馬鹿話が乱れ飛んでいる。これだけ騒がしけりゃ、俺が入ってきたことなんて気づきやしない。そうそうそういうの、希望、と俺は思う。


 やっと笑う気分になれた。席に着くなり、隣の席の水城が話しかけてきた。


「キノ、レッドカードもろたんかー?」

 水城の猫目が三日月のように笑う。俺が無言でレッドカードを掲げると、ひゃっひゃっひゃ、としゃっくりに近い笑い声が発せられる。周りにいた少年たちもお前ガチでかよー、強くね?と沸いた。

 「放課後先生に説教されんなんで?やばいなあ」

 あ、本令鳴るわ、と水城が続ける。見れば、時計は授業開始2分前をさしていた。マジかよー、と呟きながらあちこちに散っていた少年たちが自分の席に戻る。またあとで!と言って少女も席に戻る。

 俺もリュックを下ろし、ペンケースとノートを出す。


「1限なんだっけ」

「世界史やで、Aのほうな」

 俺のつぶやきに水城が応じる。

「AB言われなくたってわかるわ!お前じゃあるまいし!」

「よく言うわー、こないだ三回連続で物理基礎に化学の教科書持っていったくせにー」


 ゾク、と俺の心臓を水城の言葉が刺し貫いた。。背筋が急に寒くなったように感じる。

「うるせえわ!・・・寝ぼけてたんだよ」

 それっぽい嘘をつきながら、何食わぬ顔で机の中の教科書をあさる。

(バレませんようにバレませんようにバレませんように)


 ・・・俺がついた嘘を、水城は何のためらいもなく信じている。

 それだけで自分の腹を食い破りたくなるほどに、罪悪感にさいなまれる。

 どうかこの悲しい嘘が。はがれませんように―

「よく言うわー」

 ひゃひゃ、と笑いながら水城は隣の席の少女になにやら話しかけた。


 程なくして先生が教室に入ってきて、授業が始まった。

 授業が始まってからも、俺の背中はなんとなくうすら寒かった。


 死神お前のせいだぞ、と、よくよく考えてみれば名も知らぬあの死神に毒づいてみる。

 お前が現れなければ、俺はこんな気持ちになることもなかったのに。

 お前は一体、何がしたかったんだよ、と板書を写す手に力をこめた。パキッとシャープペンシルの芯が折れた。ただそれだけに舌打ちをしたい気持ちを抑え、消しゴムを手に取った。


(俺の命を奪いに来た感じじゃなかったけどな・・・そしたらあんなおどおどしなくてもいいだろうし)


考えれば考えるほど、ますますわからなくなってくる。


(もしかしてあれって、新手の詐欺師だったりするのか?)


いくら考えても、最終的にはやはりそこに行き着いてしまう。


消しゴムを握る手に力をこめる。自分のもやもやと絡まる気持ちを消せたらいいのに、と心底。


(わからない。わからない。)


 しまいには泣きたくなってきた。今朝の苛立ちも苦い思いも全部、あの死神にぶつけてやりたいとさえ思ってしまう。あいつのせいじゃないとはわかってる。でもそうしないことにはこの苛立ちは消えないだろうとまでも思う。


(探し出してとっちめてやれたら一番いいのに)

できないだろうな、と思う。どちらの意味でも。


(でも、死神)

 折れ芯が描いてしまった不可解な模様以外にも、きっちりと埋めてある行間を、綺麗に消していく。

腕が痛い。久々に途方にくれた気持ちだった。


(――お前、一体俺に何を言いたかったんだ・・・・・・・・?)


 きゅううっと何かを擦るような音で我に変える。見れば、先生が黒板を消している最中だった。

 ふと、視線をノートに落とす。

 まぶしいくらい真っ白なページが目に飛び込んでくる。もう一度視線を黒板に戻した。

 先ほど写し取った覚えのある文言たちが、見ている間にみるみる更に戻っていく。

 再び視線を落とす。ところどころ跡の残る真っ白なページの、端が消えかかった単語は、数秒前まで黒板に残っていたそれだった。


 俺は愕然としながらも、死神に対する苛立ちがふつふつと沸いてくるのを感じた。



(絶対どっかでとっちめて一発殴ってやる・・・・・・・・・!!)


果たして俺は、涙目で黒板の消えかかった文字に目を凝らしながらそうかたく誓ったのであった。



しかしその機会は、俺が思うより早くやってきたのである。



やっと過去が見えてきます。

ここから急展開です。

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