08. 第1章 第8話 『ただ一人の家族』
「さぁさぁさぁ、それじゃ、測定器じゃわからなかったスキル『万華の魔装姫』の効果を確認しよう!」
無事? の救出を見届けるや否や、ベッドに身を乗り出して迫る薬師寺さん。
皆の生存……いや、復活を確認して全身の力が抜けていたとはいえ、応える隙もあればこそ。
あっという間にお布団をはがされて、病院着の胸元を御開帳! は、やりすぎだよぉ。
「ほぅ。ほほほぅ~~これはまた不可思議な」
さらけ出された僕の胸元。視線を落とせば、もう否定することは不可能な確かな二つのふくらみ。
決して大きすぎず、けれど確かに主張する、柔らかく品の良い形の女性の象徴。
肩から流れ落ちる白銀の絹糸の滝が、はだけられた病院着の代わりとばかりにそっと覆い隠す様子はむしろ扇情的で、経験のない僕には刺激が強すぎる。
「……薬師寺さん。セクハラで訴えられたら、おじさん、庇えないからね?」
視界の端で烏丸さんが気まずそうに後ろを向いて呆れているけれど、薬師寺さんが見ているのはそこじゃない。
僕の、鎖骨の間。
「魔力の蓄積は……ほぼ無し。それなのに中心に透明感のある紫色をした、虹色に輝く球体が浮かぶ彩晶石。普通、彩晶石は単色で均一な宝石みたいなものなのに……挙句の果てに形状までハート型に変わってると」
殺気立っていた勢いはどこへやら。
小声でぶつぶつと呟いていた薬師寺さんが、すんっと冷静な表情に戻ったのがむしろ怖かった。
そして言われた通り、元は縦長の双四角錐形だった彩晶石は何とも可愛らしいハート型に変わってる。
「やはり……と、酷似して……? 器が満たされ……日本では初か……」
2人の視線が外れている隙に、僕はそっと、鎖骨の間の彩晶石を強く意識する。
そうすれば覚醒者(PRISMA)なら誰でも、本人だけに見えるステータスウィンドウが開くから。
▶▶ PRISMA STATUS ―――――――――――
[氏名]神代 黎 / 女性(幻想体)
[階級]F級(赤) 『焦る必要なんてないわ』
[Lv]1 『これからよ。がんばりなさい』
[魔力]5 『色づくのが楽しみね』
[干渉力]2 『わたくしに恥をかかせない事ね』
▽スキル
◆赤:万華の魔装姫 『覗き見は許さないわ』
[分類]タイプ④―特殊型
[効果1]肉体を幻想体へ再構築。
『なかなか悪くないわね。お手入れを怠るのはダメよ? 男なんて嫌』
[効果2]秘めた魔力から『魔装具』を創造。物質化・制御する権限。
『どんなのがいいかしらねぇ。わたくしのお眼鏡にかなう物を創造なさいね』
[効果3]紫雫との接続、干渉経路の確立。
『貴女は、わたくしのモノよ』
◇橙・黄・緑・青・藍・紫:未解放
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なぁに、これぇ――。
ただのシステム画面の隙間にあの傲慢な声が直接書き込まれているような、むず痒くて背筋が凍るような光景。
「どう? 黎ちゃん。あなたの視界になら、スキルの効果が見えているんじゃない?」
薬師寺さんが、食い入るように僕の顔を覗き込んでくる。
効果3の紫雫との接続は、絶対に言ったらダメだ!
2つ目をうまく誤魔化せれば……。
「えっと……この、女の子の姿になったのはやっぱり、このスキルの影響で。それから、『魔装具』を創造、物質化できるって、あります」
「物質化……? 創造……?」
薬師寺さんが、怪訝そうに眉をひそめる。
「ちょっと、見せてもらえるかしら? 危なくない範囲で」
「あ、はい……」
僕は恐る恐る、右手に意識を集中させる。
すごく自由に、なんでもできそう。
というか、紫雫の趣味というか娯楽? でもあるのか、油断するとどんどん荒唐無稽なものが創造されてしまいそう。
でも、今は我慢してもらう。とにかく、ごく普通に。目立たないように。
紫雫につながる情報は秘密にしないとだから。
小さいナイフみたいなものなら、ここは誤魔化せるかな?
僕の右の掌の上に、魔力が収束していくのを感じる。
あえてイメージする。簡素で、装飾も無い、鈍色の――そう、権爺の刀みたいな色。
一回り小さくなった今の僕の手に合う、小さなナイフ。
鎖骨の間、彩晶石の奥底から、ドクンッと濃密で官能的な魔力が溢れ出ようと暴れだすのを感じる。
僕の生涯で一度たりとも自分の内側から感じたことがない、途方もない力の奔流。
僕の意図を察した紫雫が訴える不満が、全身を焼くような熱となって主張してくる。
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なによ、初めての共同作業なのよ?
わたくしの力を出し惜しみするなんて、許さないわ。
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お願い、今は、今だけは隠れててよ……ッ!
やっぱり、紫雫に人の心は、人の世界のことは、ちゃんとわかってないんじゃないかな!?
紫雫のことを隠せって指示していたのはそっちでしょう。
額に冷や汗が滲む。
僕は溢れ出ようとする煌びやかな魔力の輝きを、無理やり抑え込もうとする。
強大な力を、あえて極小の枠に押し込める凄まじいせめぎ合い。
魔力の逆流によってか、全身の神経が焼け焦げそうに痛む。
魔力を使うには制御が大事なんてよく聞くけれど、これ、どうやればいいの……!
魔力で紡がれた絡み合う虹色の綺麗な糸が、しゅるり、しゅるりと、手の中で寄り集まる。
息を止め、歯を食いしばり――ポンッ。
情けない音を立てて、ようやく僕の手のひらには装飾の一切ない、採掘用の楔にも似た無骨な短剣が具現化した。
「はぁっ、はぁっ……」
「……なるほど。アイテムの創造系かしらね。一瞬凄まじい魔力の波長を感じたけれど、具現化したのはただの短剣? 効率が悪すぎるわね。特殊効果も、見る限りはなさそう」
息絶え絶えに肩で息をする僕を見て薬師寺さんはつぶやくと、コンコンと短剣を弾き、眉をひそめる。
「推定S級の『虚ろなる器』から変異を起こした割には、随分と地味……というか、直接的な戦闘力には直結しない大人しいスキルね。とはいえ、これから成長して凄いアーティファクトを生み出せるようになる可能性もある、か。うん、継続観察ね!」
どうやら一番危険な、紫雫――S級ユニークモンスター(バケモノ)との繋がりは誤魔化せたようだ。
僕が密かに安堵の息を吐いた時、烏丸さんが静かに口を開いた。
「さて、黎さん。君の仲間……『陽だまり鉱業』の皆のことだがね」
ビクリと、僕の肩が揺れる。
「搬送中に簡易検査が行われた。結論から言うと、命の別状はなく、完全に健康。しかし――彼らはもう二度と探索者には戻れない。PRISMAの本質である彩晶石を根本から喪失した状態だった」
「そんな……」
「だが、絶望することはない。今回の件は亀裂のスタンピードからの異常事態として処理される。ギルドが探索者に負う補償責任において、彼らは西日本――『淡路・西海魔導特区』へと数日以内に移送されることが決まった」
確かに、亀裂攻略権利の落札費用には常にそういう様々な補償のため、探索者ギルドに徴収される保険金も含まれるけれど。
「わざわざ、西の特区へ……?」
西日本『国生みの島』に大穴を開いた、日本のもう一つの固定ダンジョン・深淵周辺もまた、『淡路・西海魔導特区』として、神をも恐れぬ欲望ひしめく都市となっている。
「あぁ。彼らには手厚い補償金と、本人たちの希望も確認したうえで西の探索者ギルド内での安定した事務職が約束される。……今回の一件はね。いろいろな意味で、国家機密レベルの異常事態なんだなぁ。情報統制の意味も含めて、彼らには東日本の特区から離れてもらうのが一番安全なんだよ」
烏丸さんの言葉の裏にある優しさと、冷徹な大人の判断。
『いろいろな意味で』という言葉と共に、じっと、鋭い眼差しで僕を見つめたのがひどく印象的で。
「あの、僕は……皆に、お別れを……それに、お互いの無事を……」
「それは推奨しない」
烏丸さんは、鋭い目を少しだけ伏せて首を振った。
「どうせ薬師寺さんが口走ってしまった事だし。はっきりと言葉にしようか。君のその変異した『器』は、間違いなく各国の諜報機関や、良からぬ裏組織の標的になる。今の君と接触すれば、一般人となった彼らまで危険に晒すことになる。『国家機密』には『君』が含まれるんだよ」
「……っ」
「彼らには、君は『重篤な昏睡状態にあり、面会謝絶だ』と伝えることになる」
「昏睡、状態……」
「あぁ。彼らは君の回復を祈って、西へ旅立つだろう。……君が彼らの平穏を願うなら、今は『会わないこと』が最大の守護だ。いつか、君が自分の身を完全に守れるほど強くなれたなら、会いに行けばいい。もしくは……ギルドを頼ってくれてもいいけれど、実験動物なんていやだろう? おじさん、美少女がひどい目に遭うのは、みたくないなぁ」
その言葉に、薬師寺さんがほんの少し、苦笑いを零したような気がした。
「……はい。ありがとうございます、烏丸さん」
僕は短剣をそっと握りしめながら、深く頭を下げた。
仲間たちの未来は、守られた。悲しいけれど、これは前を向くための今だけの、別れだ。
「よし、おじさん達の仕事はここまで。あとは……待ちくたびれている家族との時間にしてあげよう」
手早く点滴と左腕の緩い拘束を薬師寺さんが解くのを見届けて、烏丸さんがドアを開けるとそこには。
「……怜っ!」
車椅子に乗った、見慣れた細い身体。
黒い髪を肩下まで伸ばし、前髪は長め、微かに目元が隠れるようなスタイル。
サイドの髪が頬にかかり、知的な雰囲気を醸し出している。
魔力欠乏症が引き起こす存在の希薄化のせいで、異常な細さと、どこか陽炎のように透き通った危うさを拭い去れない、僕のたった一人の残された家族。
姉の神代 雪奈が、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、これも探索者特権で貸与してもらっている魔力動力の車椅子を操作して病室に入ってきた。
「お姉、ちゃん……」
つい、昔の呼び方で、甘えるような声を出してしまった僕。
烏丸さんと薬師寺さんが静かに退室し、ドアが閉まる。
雪奈姉はベッドの脇まで来ると、車椅子から身を乗り出すようにして、僕の身体を――見知らぬ白銀の髪の少女の身体を、力強く抱きしめた。
「よかった……よかった……っ! 生きて、帰ってきてくれて……!」
「雪奈姉……ごめんなさい。僕、こんな姿に……」
僕が守るべきたった一人の家族。その温もりに触れた瞬間、張り詰めていた糸が完全に切れた。
ずっと抱え続けてきた、無力感。
変わり果てた自分への戸惑い。
僕は雪奈姉の肩に顔を埋め、子供のように声を殺して泣きじゃくった。
「馬鹿ね……男だとか女だとか、そんなことどうだっていいの」
雪奈姉は僕の白銀の髪を、昔と同じように、優しく撫でてくれた。
「あなたが、私の可愛い『れい』が、生きてここにいてくれる。……それだけで、お姉ちゃんは十分よ」
その温かい言葉に、僕の中の『神代 怜』という男の子の殻が。
必死に縋りつこうとしていた『男』としての僕の形が、ほんの少しだけ、崩れて溶けていくのを感じた。
泣きながら、僕は強く誓う。
雪奈姉の治療費を稼ぐため。いや、治療方法は確立されているんだ、そんな弱気じゃダメ。
雪奈姉の病を根治して、元気になってもらって。
そしていつか、西の空の下へと向かう皆に、一緒に胸を張って会いに行くために。
僕は、紫雫と共に新しい歩みをはじめる。
明日になれば、夜明け(黎明)の光が、きっと僕を導いてくれるはず。




