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07. 第1章 第7話 『星天の聖乙女』


❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖

【Mission】

 誓いなさい。

 今後、私以外の何者にも、貴女の色を染め変えさせないと。


 報酬:魂と肉体の再結合(日向 明日香、須藤 浩平、権田 鉄平)

 失敗ペナルティー:お終い

❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖


「せっかくだから、イージス分隊の機密配信を黎(れい)さんに見てもらおうか。現場を目にすれば思い出すこともあるかもしれないしねぇ」


 まだ、疑われてる? わからない。紫雫がミッションクリアと判断したなら大丈夫なはず……いや、彼女はS級とはいえ所詮はモンスター。どこまで人のこと、未来のことが分かっているだろう。

 油断はしない、全部が振り出しに戻るなんて、許せない。


 視界に広がる新たなミッションに目を奪われていた僕を横目に、スマホをポチポチと目を厳しく細めながら人差し指で操作する烏丸さん。


「ん? データ連携――んん~、おじさんにはこういうのは難しいなぁ」


 あ、なんだ。操作が分からなかっただけ?


「お貸し!」


 横からひょいっと高級スマホを奪い取った薬師寺さんが、あまりの素早さに霞む指先であっという間に操作すると、病室のモニターに配信画面らしい映像が流れ始める。


 左上には、【秘匿配信:Live】の文字。


 特務救難室――探索者ギルドが擁するエリート部隊。

 スタンピードの対処や、亀裂からの要救助者の救出。

 利益や各自の関心を重視する集団としての側面が強いクランや在野の探索者と異なる、まさに現代の正義の味方。


 その中でも一際有名な女性の姿が映し出された。


 プラチナブロンドをハーフアップにした美少女。

 年齢は18歳、僕より2つ年下で、PRISMA覚醒年齢は1つ上の13歳。


 唯一公表されている保有スキルの名前で称される『星天の聖乙女』こと、御堂(みどう) 聖華(せいか)さん。


 遠隔から撮影ドローンを操作している専属サポーターがいるのかな。

 適切に画角を切り替えながら、何台ものドローンカメラによって捉えられた光景が次々と映し出される。


『解析を試みていますが、紫の結界らしき境界を破る手立てが見つかりません。破壊を試みる許可を求めます』


 パーティーメンバーと呼ぶべきか、隊員さんと呼ぶべきか、メガネの女性が魔導具をいじりながら発言する。


 さらに切り替わった映像、たぶん僕たちが異変に遭遇した……皆が殺された広間の入り口。

 そこは紫色の膜みたいなものでぴったりと塞がれて、中を覗き見る事ができなくなっていた。


「今映った膜の前、イージス分隊が今いる通路側に、君は倒れていたんだよ。御堂さんは周辺の安全確保に動いていたから、入れ違いだったようだけれどね?」


 烏丸さん……その一言は余計です……。いえ、元男としては確かにって、そうじゃなくて。そもそも意識が無かったんですから。


 ダンジョンの中はどこも似通っている。

 だから、確証はなかったけれど、うん。きっと間違いない。

 あの奥が、惨劇の現場。

 そして、紫雫が皆を――。


 機材を見つめる人たちを除いて、攻略者(アタッカー)も手の出しようがないからか、じっとその場で待機する緊迫感が漂う静寂へと画面が落ちつく。


 そんな中、僕の目を引くのはやっぱり御堂さん。


 しばらく前にギルドの広報誌で公開されていた彼女のステータスは確か、

 魔力46、干渉力1020だから、Lv.4692。

 恵まれた魔力に頼るだけでなく、休みなく人助けに奔走する努力もあわさり、たった5年でS級目前。

 そこからさらに成長したらしく、レベルランキング今や日本第7位の、A級探索者ではトップ。


 白と金を基調としたドレスアーマーに、同色の大きなタワーシールドを2枚、自身の背後に寄り添うように浮かべている。

 豊かな双丘を含む身体のラインがはっきりとわかる――雑誌のインタビュー記事によれば本人は密かに恥ずかしがっているらしい――神聖な雰囲気漂う部分鎧の下には、スリットが深く入った清楚なシルエットなのに大胆なドレス。


 レベルの上昇と共に本人の理想とする容姿へと変容し、加齢も加速度的に遅くなるPRISMA(覚醒者)にあってなお一際異彩を放つ、女神と見紛う美貌。



「やはり黎さんも彼女のファンでしたか。いやはや、おじさんには目に毒だねぇ、なんて。けれど、今の君も負けず劣らず美しいよ? タイプの違う美少女、って言うのかなぁ」


 ふわふわと話しかけてくる烏丸さんに、痛烈な肘鉄を打ち込む薬師寺さん。


 うん……僕はもう、女の子……なんだ。

 全然、実感がわかないけれど――。


 そっか。

 苦しい生活の中でも、彼女の特集記事や写真集は……その、僕もこっそり買って安アパートの部屋、ベッドの下に隠していた。

 雲の上のアイドルみたいな存在で、男の子なら誰もが一度は夢見るような、淡い初恋じみた憧れ。


 けれど今の僕は……彼女と同じ『女の子』に造り変えられてしまっている。

 烏丸さんの、タイプの違う美少女という言葉が、今の僕にはひどく残酷な冗談に聞こえた。



『内部の生体反応、徐々に弱くなっています!』


 映像の外から発せられる誰かの焦りを含んだ声。

 それを聞くや否や、『星天の聖乙女』御堂さんが両手を祈るように胸の前で組み、優しい光の波動を発する。

 稀代のヒーラーにして、不沈の中遠距離型タンクとしても名を馳せる彼女の、治癒魔法。


『駄目です。この膜に阻まれているせいか、内部まで私の魔法も届いていないようです』


 あぁ……あんな雲の上の人が……皆のために、がんばってくれてる。

 なのに僕の視界の中央には、あの傲慢なウィンドウが居座っていた。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖

【Mission】

 誓いなさい。

 今後、私以外の何者にも、貴女の色を染め変えさせないと。


 迷うことなど、無いでしょう?

❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



 色を染め変えさせない。

 その言葉の裏にある、ねっとりとした重い執着を感じ取って、背筋がゾクリと震えた。


 烏丸さん達の前で自分の彩晶石からステータスを開くのもためらわれるから、スキル効果も確認できていないけれど。

『万華の魔装姫』。

 この見たことも聞いたことも無い、さっき初めて目にしたスキルを上書きしない。

 なんて、単純な意味だけじゃきっとない。


 私のモノになれ。

 魂も、身体も、一生誰にも渡さない。

 そういう呪い(誓約)。


 怖い。

 こんな得体の知れないS級のバケモノに、自分の全てを握られるなんて。

 だけど……。


 映像の中でみんなの命の拍動が少しずつ弱くなっている様子が、耳に入ってくる。

 転がった飴玉、溶かされた刀、引き抜かれた彩晶石。

 青く染まった魔晶石を採掘しようと進み出た須藤兄貴と、権爺の想い。



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 それともなぁに、不満でも……あるの?

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 なぜか、ふらり、ふらりと左右に揺れ動き始めるゴシック調なウィンドウ。

 モニターに映る配信から聞こえる、切迫した状況。


 僕が迷う事で紫雫を怒らせたら、チャンスを失ってしまうかもしれない。


 それに――迷うことなんて、ないじゃないか。


 むしろ、最底辺を這いずって、お姉ちゃんの治療費だって満足に稼げなかった僕が変われるなら。

 そのきっかけをくれる『紫雫』になら。

 あの終わりを迎えたはずの絶望の淵から、甘く優しく救い上げてくれた紫を纏った少女になら。


 僕は喜んで、貴女のモノになるよ。


 僕は。


『はい……喜んで、“誓います”。紫雫』



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【Mission Clear】

 それでいいのよ。わたくしの可愛いお姫ちゃん。

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 ウィンドウの文字が変わった瞬間――抑えようがなかった。どうやって抑えればいいのか『僕』にはわからなかった。


「あっ……ぁ……」


 突然、身体の奥底……空っぽの彩晶石があった鎖骨の間や……知らない奥深くから、甘く痺れるような熱が全身を駆け巡った。

 脳髄を直接撫でられるような感覚。

 僕の意志とは無関係に、女の子に作り変えられた身体がビクンと跳ね、頬がカァッと熱くなる。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖

 わたくしにたどり着く、その日まで。

 わたくしを連れ出す、その日まで。

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 じっと、配信画面の手前に浮かぶウィンドウの文字を、一字一句、忘れることがないよう。

 僕の中に刻み付けるように、読む。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖

 まずは、わたくしを愉しませなさい。悦ばせなさい!

 わたくしだけを、求めなさい!


 そうすれば貴女に、最高の悦楽をあげるわ。


 成功報酬:魂と肉体の再結合(日向 明日香、須藤 浩平、権田 鉄平)

 が適用されました。

❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



 脳内に直接、蕩けるような囁きを流し込まれたような気がした。

 僕は堪えきれず、シーツをギュッと握りしめて、甘い吐息を漏らしてしまった。


「……黎さん? 大丈夫かい、顔が赤いようだが」


 突然の熱感と快楽に強張った四肢から力が抜けて、ベッドに沈み込みそうになる。


「な、なんでも……ないですっ。ちょっと、息苦しくて……」


 烏丸さんの胡乱な視線を誤魔化し、力の入らなくなった体を隠すように、僕は必死に布団を右手だけで首元まで引っ張り上げた。きっと、火照って赤くなっている、白く抜けるような肌の首元を見られないように。


 そんな姿を烏丸さんがじっと見つめる、その横で。

 配信画面の中で変化が起きた。


『生体反応、急速に安定。障壁が薄く……壊れます!』

『警戒を厳に、突入!』


 号令がかかると同時に、白と金で装飾された壮麗な浮遊する2枚のタワーシールドが、崩落する紫の破片を跳ね除けるように真っ先に突入する。

 後を追う、立派な装備に身を包む探索者ギルド特務救難室・イージス分隊所属のPRISMA達。


『敵影無し、魔力濃度浅層F級正常値。生存者三名を確認! バイタル安定、救出開始』


 担架に乗せられた、目をつむったままの、でも顔色は良さそうな『陽だまり鉱業』の皆の姿が配信画面の中に映し出される。

 ほっと、安堵の吐息を漏らす僕。


 けれど、今ちらっと見えた明日香さんの左手の甲。

 そこにあるべきPRISMAの証、彩晶石は――見当たらなかった。


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