06. 第1章 第6話 『黎明の、黎』
「ランクはF、レベルも1のまま。けれど……魔力が『5』まで上がっているわ」
「ほう?」
烏丸さんはわかったようなわからないような顔で立ち上がり、画面を覗き込もうとする。
そんな烏丸さんの頭をつかんで押し留めると、薬師寺さんはベッドサイドのパネルを操作し、壁面のモニターを起動した。
モニターには、見覚えのある以前の僕の情報と、今測定したらしい情報が並べられる。
▶▶ 過去データ照会 ――――――――――――
[氏名]神代 怜 (カミシロ レイ)/ 男性
[階級]F級(赤)[Lv]1
[魔力]1 [干渉力]2
▽スキル
◆赤:『虚ろなる器』 ※部外秘:備考参照
◇橙・黄・緑・青・藍・紫:未解放
――――――――――――――――――――――
「えぇと? 魔力×干渉力の評価値を10分の1にしたのがレベルでっと……え、実際はレベル0.2相当しかない? 怜さん、これでよく採掘者が務まっていたねぇ。いくらお姉さんのためとはいえ、魔力で強化してさえ、君の元の体格では一般成人男性以下の力しか出せなかっただろうに」
心底心配そうに、じっと僕の顔を見つめてくる烏丸さん。
事実なので何も言えないけれど、改めて言われると哀しくなる。
それよりも……。
▶▶ PRISMA STATUS ―――――――――――
[氏名]神代 怜 (カミシロ レイ)/ 女性▲
[階級]F級(赤)[Lv]1
[魔力]5▲ [干渉力]2
▽スキル
◆赤:『万華の魔装姫』▲ ※詳細解析不能
◇橙・黄・緑・青・藍・紫:未解放
――――――――――――――――――――――
「魔力が5倍に跳ね上がっているだって!?」
烏丸さんから胡散臭い笑顔が剥がれ落ちて、口を半開きにして僕のステータスを見つめている。
そんな彼以上に、さっきまでの大人な余裕はどこへやら、ものすごい早口でまくしたて始めたのは薬師寺さん。
「探索者の魔力は生来のもので、後天的にはほとんど成長しない。10年で1や2でも伸びれば御の字というのが常識! それが、たった1日で4も。怜さんの採掘者歴が5年と考えればまあ、前例がないとは言わないけれど、それは元の魔力が大きかった場合の話。元がゴミみたいだった魔力が跳ね上がるだなんて、異例中の異例もいいところよ!!!」
薬師寺さんの興奮した声が、病室に響く。
ゴミ……ゴミって……。
喜びとか驚きよりも先に、哀しさとやるせなさが胸に突き刺さった気がする。
S級になれるような逸材で50、中堅のD級でも20は欲しいとされる魔力。
それは総量と出力の両方を合わせて評価された数字。
魔力5。
それ自体は正直、一般的には大した数字じゃない。
でも、ほとんど伸びないはずの数字が急激に伸びたという事実が、どれほどの異常事態か。
ギャザラーだった僕にも分かった。
「薬師寺さんや? それよりこれ、見せちゃいけないデータだったり――しないかなぁって、おじさん思うなぁ」
烏丸さんが、呆れた声でため息交じりに呟く。
薬師寺さんはタブレットを操作し、下の方に表示されていた文字をよりにもよって拡大表示しながら、興奮冷めやらぬ声で答えた。
「それにこれを見て! 解析不能の変異スキル『万華の魔装姫』! 国やギルドが長年マークしていた『器』系スキルが、完全に別物になっているわ! 女性になったのがこのスキルの効果なら第3種分類の特異体質系? いえ、そんなつまらない効果だけのはずがない」
相変わらずものすごい早口でまくしたてながら、薬師寺さんの瞳が狂気じみた探求心にギラギラと輝き始める。
「元の『虚ろなる器』は、A級スキルオーブでの上書きすら弾いた推定S級スキル。それが変異したとなれば、女性化なんていうのは単なる副作用! なぜもっと早く私にこの子を解剖……いえ、検査させなかったのよぉぉ!」
「だから、薬師寺さんや? いろいろと、完全に見せちゃいけない機密データまで声に出して読んでるよ? ねぇ、ちょっと?」
呆れたようにため息をつく烏丸さんの横で、僕は内心、滝のような冷や汗を流していた。
ただ戸惑うふりをして小さくなって……いや、だめだ。ここで変に黙り込めば、逆に疑われるかもしれない。
「あ、あの……! じゃあ、やっぱり亀裂のエネルギー? が流れ込んだ影響で、僕のスキルは壊れちゃったんでしょうか……?」
僕はあくまで『怯える被害者』を演じながらも、さっき烏丸さんが口にした亀裂のエネルギーについて再び思い出しながら口をはさむ。さっきスマホで見せてもらった今の僕の姿なら、怯える姿も真に迫ったものに見えるはず。
「B級亀裂一つ分のエネルギーがまるまる『器』に流入した? モンスター討伐時の微々たる魔力収集とは違う……それならもしかすると、いえ、あり得なくもない。あぁぁ、最高のサンプルだわ……! 烏丸、彼女は私が責任を持って経過観察する。下手な尋問でストレスを与えて、未知のスキルに悪影響が出たらどう責任を取るつもり!? 『器』や特定監視スキル、それに特殊症例関連は優先研究対象でしょう!?」
「……分かった、分かったよぉ」
鬼気迫る様子で迫る薬師寺さんを前に、両手を上げたポーズをとってみせる烏丸さん。
「おじさんの負けだ。だからちょっとそれ以上まずいことを口走る前に、薬師寺さんは口を閉じておくれぇ。おじさん、始末書の山に巻き込まれるなんて御免だよ? 全く、この部屋にしておいてよかったよ、本当に。物理的に首が飛びかねないところだった」
僕の『怯えた美少女』の演技が見事に功を奏し……いや、これはどちらかと言うと薬師寺さんの剣幕と、僕に聞かせちゃいけなかった色々がこれ以上暴露されることに恐れをなしたおかげかも。なんだかすごく怖いことを最後に言っていた気がするけれど。
烏丸さんは両手を上げた降参のポーズをとったまま、続ける。
「そうだねぇ。本人の同一性確認もとれたようだし、戸籍の書き換えも僕の方で手配しておこう。ただ、名前はどうする? ずっとこのまま、女の子の姿になってしまうのかもわからな……」
まだまだ興奮冷めやらぬ様子の薬師寺さんが、そんな烏丸さんの声を遮る。
「特定の特異スキルの上書きは同等以上のランクのスキルでなければ無理。器スキルからの変質ならまず間違いなくこれもそう。もし女性化がこの新しいスキルの効果の一部なら、戻すことはまず無理よ」
戻すことは、無理……。
大人がポンポンと交わす会話の中で、僕の人生の重大な事実が、何でもない当たり前のことのように確定していく。
悲しみや、怒りよりも先に、奇妙なくらい冷めた諦めが胸に広がった。
シーツに散らばった白銀の髪を指先に絡めてみる。
するり、と滑り落ちる絹のような感触は、どうやっても元の僕とは結びつかない。
「――だ、そうだ。おじさんとしては、ちょーっと同情するところだけれど。名前、どうする? 今は心の整理もつかないだろうし、すぐ決めなくてもいいけれど」
烏丸さんの静かな問いかけ。
元々男らしくない体格、容姿。
生活だって苦しい。
大切な雪奈姉に代えられるものなんてないから、自分の人生をなげうつ事だって覚悟の上だった。
でも。
可愛い女の子との恋だって……してみたかった、な。
今はもう、僕が女の子。
静かに、2人が僕を見つめている。
少しだけ、考える。
覚醒した『魔力』の大小の差が絶望的な有利不利を決める世界。
それでも、誰でも『干渉力』を鍛えれば、成長はできる世界。
それなのに……レベル1から這い上がる余地すらなかった、ハズレ採掘者。
泥にまみれ、何一つ守れなかった『弱い僕(怜)』は、深淵の底で死んだんだ。
もし、この圧倒的に美しい見知らぬ身体で、これからを生き抜いていくのなら。
「――漢字だけ、変えていただけますか」
今は亡き両親がくれた、怜の名前。
せめて、音は変えたくない。
でも、これから始まるのは僕であって僕ではない、新しい人生だ。
「夜明けを意味する、黎明の『黎』で。神代 黎。何が変わるのか、変えられるのかわからないけれど。ずっと底辺だった僕が、もしここから変われるなら」
伏せた白銀の長い睫毛がさっき見た、透き通るみたいに綺麗な虹色の瞳を覆う。
喉の奥から転がり出た、鈴の音のように可憐で、けれど確かな意志を持った声が病室に響く。
「それはきっと、夜明けみたいに素敵なことかもしれないから」
決意を込めて前を見据える瞳。
怯えを振り払う、確かな僕自身の決意。
そんな僕を見た烏丸さんは少しだけ驚いたように目を丸くした後、フッと優しく微笑んだ。
「……いい名前だ。黎明に咲く白い花のような君に、似合いそうだねぇ。黎さん」
そう、決めた時だった。
❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖
【Mission Clear】
紫雫の存在を隠匿せよ。
成功報酬:肉の修復(日向 明日香、須藤 浩平、権田 鉄平)
が適用されました。
❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖
僕の視界の片隅で、ミッション完遂の、そして3人の身体が修復されたと思われるメッセージが、表示された。
それは同時に、今すぐ紫雫の存在が露見する危機が回避されたと、きっと紫雫が判断したという証拠。
張り詰めていた糸が少しだけ緩んで、僕はシーツを握りしめたまま、細い息を吐き出した。
やり遂げた。
これで、皆の命が助かる……はず。
そう安堵した、まさにその時。
「じゃぁ、早速スキルの効果を検証……」
なんて、薬師寺さんが鼻息荒く迫ってくる後ろで。
『――特務救難室・イージス分隊より緊急報告! 内部に微弱ながら、3名分の生体反応を観測!! 確かに存在しなかった反応が、今、現れました』
烏丸さんのスマホから、スピーカー越しの声が病室に響き渡った。
『しかし! 空間を隔絶している未知の紫色の結界が、どうしても破れません。このままでは救出不能っ!』
それってもしかして……ううん、そう、だよね?
や、やっぱりこのミッション、紫雫は本当に3人のことを!?
幽かな希望に高鳴る胸。
期待と警戒に混乱する僕の脳内に、あの傲慢で甘美な声がクスクスと愉しげに笑いながら響き渡った気がした。
視界の端に、再び新しいウィンドウが開いた。
新たなミッションを告げる、アメシストと黒紫の薔薇に装飾されたゴシックなウィンドウに表示されていたのは……。




