05. 第1章 第5話 『内緒の秘密』
「さて、神代 怜君。いや、今は怜ちゃ……さんと呼ぶべきかな」
病室に据え付けの椅子に腰掛けた烏丸さんは再び、よれよれのスーツには似合わない猛禽類のように鋭い眼光で僕を射抜いた。
ぅ……今、『ちゃん』って……そうだよね。
「意識のない君が倒れていたのは、魔力異常が検出された広間の手前、浅層の通路だね。我々探索者ギルドの特務救難室、中でも精鋭であるイージス分隊が駆けつけた時、怜さんは男物のすこし大きめな作業服を着て、気を失って倒れていた」
探るような視線。
微かに鼻をすするような仕草を見せ、烏丸さんは淡々と、でも確実に退路を塞ぐように言葉を重ねる。
「まずは少し、状況を教えてあげよう。ここ富士樹海魔導特区、東日本特定主幹迷宮――固定型ダンジョン『深淵』の呼び名が一般的だねぇ」
かつて『決して足を踏み入れてはいけない死の森』と呼ばれた富士の樹海。
開発を拒んできた深い緑と分厚い溶岩の岩盤と水源の不在を、国家予算と探索者たちの魔法によって無理やり覆した特異な環境。今も見上げれば富士山の美しい稜線が見えるけれど、足元には、ダンジョンから溢れる魔力と人間の欲望が渦巻く、僕たち姉弟が暮らす場所。
「深淵の外。入り口エリアのほぼ真横に発生したB級上位規模のインスタンスダンジョン――亀裂。攻略権利を落札したクラン連合があえなく失敗。24人は帰らぬ人となったわけだ」
帰らぬ人という言葉に皆の最期をいやが上にも思い出して、さーっと、血の気が引く。
大丈夫、大丈夫……紫雫のミッションできっと……。
「ま、そこまではともかくとして」
そんな僕をじっと見つめたまま、瞳の向こう側まで見透かすように視線で射抜いて烏丸さんが続ける。
「亀裂崩壊の期日までまだ2週間もあったのに、突如、スタンピードが発生……したとしか思えない、亀裂崩壊の余波を検出した。いやぁ、ほんと、未知って怖いねぇ?」
得体の知れない未知の存在。
数多の厄災を引き起こした現代における禍の象徴。
けれど、資源と財宝をもたらす、新たな楽園は結局、人を惹きつけてやまない。
そんなもののせいで両親を失った僕たちだって結局、おこぼれにあずかって命をつないできた……。
「ここから先は、内緒だよぉ? 何故か、発生するはずのスタンピードは起こらなかった。亀裂が崩壊するエネルギーは深淵の浅層に流れ込み、君たちがいた広間周辺の魔力濃度を急激に上昇させた。ギルドでも詳細が解析できない、異常事態が発生したというわけさ。まあ、世界規模で見れば絶対にない事象というわけでも、ないけれどね?」
淡々と事実を並べられて、僕の心臓が早鐘を打つ。
視界の隅には黒紫の薔薇に彩られたウィンドウが、僕を監視するように浮かんでいる。
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【Mission】
紫雫の存在を隠匿せよ。
いい? うっかりとか、許さないわよ。
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ここで僕が少しでもボロを出せば、紫雫は容赦なく皆の命を……『肉』を捨てるだろう。
絶対に、誤魔化し通さなきゃいけない。
「と、言うわけで。唯一その場に居合わせ、あろうことか『姿かたちが変貌した』怜さんに、是非とも何が起きたのかを教えてほしいというわけなんだなぁ」
来た。ここで間違えちゃいけない。
僕は布団を両手でぎゅっと握りしめ、震える声を絞り出した。
「は、はい……急に、壁が青く光って、魔晶石がにょきにょきと生えてきて。ツルハシを振り下ろした須藤兄貴たちが……化け物に……」
半分は本当に震えていた。
多少気弱だったとはいっても、男だった頃とは明らかに違う。
華奢で小さな身体を嫌でも意識するせいか、大人の男性に鋭く見下ろされることがこんなにも恐ろしく感じられる。
「僕、怖くて……腰が抜けて。みんなが次々に……なのに、なにもできなくて、気を失っちゃって。気がついたら、ここに……だから何があったのか、分からなくて」
自然とこみあげてきた涙に泣きじゃくる僕を前にして、烏丸さんはピタリと動きを止めた。
あれ……あれ、僕こんな泣き虫じゃないはずなのに。
体が勝手に震えて、涙腺が崩壊するのが止められない、止め方が分からない。
「……分からない?」
烏丸さんの声が、スッと温度を下げた。
「それは妙だねぇ。君の仲間は襲われたのに、なぜ一番無防備な君が無傷で生き残ったのかな? それに、ただ気を失っていただけで、君のその劇的な身体の変化が説明できるとでも?」
低くて威圧的な、体の芯に沁み込んでくるみたいな男性の声が恐ろしい。
心臓が跳ね上がる。
嘘を見透かそうとする冷徹な追及を前に、涙に引きずられて愚図る意識を必死にかき集めて考える。
どうする? どう言い逃れる!?
ちかっ、ちかっと脳裏に閃光みたいに瞬く皆の最期の情景に萎縮しそうになる頭を、懸命にフル回転させる。
嘘をつき通すには真実を混ぜるしかない。
上手な嘘は真実を混ぜるって、何かで読んだ気がする。
「……僕が、一番『不味そう』だったから、だと思います」
「不味そう?」
ぽつり、ぽつりと。えずきながらも一生懸命、考えながら言葉にしていく。
「はい。あの化け物、広間いっぱいのたぶん……スライム? 濁った虹色を……していて。魔力(色)を喰うみたいでした。だ……だから、溜めていた魔力が多い兄貴たちから襲っていって……。僕は、彩晶石に魔力を溜めることができない欠陥品。本人の魔力も空っぽに近いF級だから……だか、ら……後回しにされたんじゃないか、と」
「ふむ。随分『冷静に観察できていた』みたいだけれど。ふむ、なるほど? どのみち、それだけでは君の女性化の理由にはならないね」
それは、それは……紫雫が何かをした、彼女の魔晶核の欠片を僕に……。
だめ、絶対にダメ。そんなこと、口にしたら終わる、終わっちゃう。
そ、そうだ。
烏丸さんがさっき口にした『異常事態』の原因!
そんなことが起こるのなら、『深淵』(固定ダンジョン)だって、おかしくなるような状況だって、認めているのなら!
「皆が襲われて、ついに僕の番になって……、その時です」
緊張と、答えを見つけたかもしれない興奮で跳ねそうになる語尾を必死に抑えて、僕は烏丸さんを真っ直ぐに見つめ返した。
「空っぽだった僕の中に、何かが直接流れ込んできて……熱くて、痛くて……体中がきしんで。きっと、それが全身が作り変えられる痛みだったの、かも……。亀裂のエネルギーが『深淵』だけじゃなくて、もしかしたら僕の身体にも……流れ込んできたんじゃ、ないかって……」
沈黙がおりた。
烏丸さんは顎に手を当て、僕の頭から布団に隠された足先までを、何かを値踏みするように見つめる。
永遠のように長く感じられる数秒間。
やがて、烏丸さんはふっと口元を緩めた。
「……なるほど。異常な高濃度魔力に晒されたことによる、特異スキル『虚ろなる器』の暴走、あるいは強制変異。タイミングに微妙なずれがあるのが気になるけれど……まあ、ダンジョン関連なんて分からないことだらけだし……筋は通るのかなぁ。薬師寺さん、専門家としての君の見解はどうだい?」
「どうもこうもないよ。ちょっと烏丸。怯えきった女の子を、これ以上いじめるのは感心しないわよ」
ピンと張り詰めた空気を破ったのは、白衣を着た薬師寺さんだった。
それまでじっと黙って傍で立って様子をうかがっていた彼女は言葉を向けられてようやく、呆れたように烏丸さんを押し除け、僕のベッドの脇に立つ。
「色を食べる。スライム系。彩晶石に蓄積された魔力を食らうモンスターはすぐ思い当たるだけでも何種類もいる。ユニークモンスター化したB級のスライムなら、青い光とも符合するところはあるね。崩壊した亀裂の競売時測定結果からも、スライム系が生息していた可能性は高い。『器』についてはこれから検査してみないとなんともだけれど、亀裂からダンジョンへの流入現象の影響は……まあ、どっちもレアケース過ぎて組み合わさって何が起こるかなんて、さっきあんたが言ったみたいに、それこそわからないね」
「そうか、そうだねぇ。まあ、後は今後の経過観察かねぇ」
……乗り切った?
布団の下で、震えていた指先から少しだけ力が抜ける。
「ごめんなさいね、怜ちゃん。怖い思いをしたわね。でも、ギルドとしてもあなたのその『変化』は記録しておかないといけないの。少しだけ、じっとしていてね」
薬師寺さんが取り出したのは、厚みのあるタブレット型の魔導具。僕も探索者ギルドの中で何度も見たことがある、ポータブルのステータス測定器。
彼女がそれを僕の胸元――鎖骨の間に埋まる空っぽなはずの彩晶石にかざすと、ピッと電子音が鳴って画面にデータが羅列された。
「……信じられないわ」
画面を覗き込んだ薬師寺さんが、息を呑む。
さっきまでの優しいお姉さんの顔が消えて、まるで世紀の大発見を前にした学者みたいな、ゾッとするほど熱を帯びた瞳に変わっていた。
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本日、第6 話まで投稿させていただきます。
(第6話-20:20公開)




