04. 第1章 第4話 『目覚めれば白銀の美少女』
「っ……!」
突然のノックの音に驚くより、ウィンドウの文字を見て喉の奥で可愛らしい悲鳴が弾けた。
慌てて口を両手で……押さえようとしたら左腕が固定されている。
視線を向ければ、点滴が外れないように固定されているのだと分かる。
自由な右手の指先に触れた唇は驚くほど柔らかくぷるぷるとしていて、ひんやりと冷たかった。
成功報酬、肉の……修復? 魂の保護に続いて、もしこれが本当なら皆が助かる!?
死んでしまったと思った皆が……!!
探索者なら死ぬ覚悟はできているなんて綺麗事、当事者になってみてどんなに無意味か、はっきりと分かる。
「――失礼するよ」
低い声とともに、ドアが開く。
『紫雫の存在を隠匿せよ』というミッションが下された矢先に現れた知らない人に、僕はビクリと肩を震わせ、指先を布団の中に隠した。
嘘をついたり誤魔化したりする時、すぐに顔や体に出るって雪奈姉にいつも言われていたから。
「は、はい。どうぞ」
……やっぱり、気のせいじゃない。
僕の声がとても澄んで、高い。女の子みたいだ。
さっき一瞬だけ見えた自分の右手にも、とんでもない違和感があったような……。
何が、何が起きてるの。
「やぁ、目覚めたようで良かったよ。体調はどうかな、神代 怜君」
「たぶん、大丈夫……です。でも、僕はなんで病院に? あれから、何が……」
混乱する頭を必死に抑えつける。
集中しろ。今は目の前の人と、この理不尽な『ミッション』のことだけを考えないと。もしボロを出せば、皆の命はない。
「ふむ……怜君。うん、間違いなく怜君なんだねぇ」
入ってきたのは、よれよれのチャコールブラウンのスーツを着たおじさんだった。元は仕立てがよさそうなのに手入れが適当なのか、もったいない。
ぼさぼさの髪に、口元はニヒル……なつもりなのかもしれないけれど、人を食ったような、だらしのない笑みを浮かべている。
でも、その声色はどこか『僕が僕であること』を値踏みするような、奇妙な響きを含んでいた。
「え? はい。僕が怜です……けれど」
この男の人。緩い雰囲気なのに、目だけは全然笑ってない。
それどころか、緩んだ皺に隠された眼光は猛禽類みたいに鋭くて、かなり怖い。
(見透かされる……!)
目を合わせるのが怖くなって、僕は思わず視線を泳がせ、視界の隅に浮かび続けている『黒紫の薔薇に彩られたウィンドウ』を見つめてしまった。
「うん? ……視線の先。何か、気になるものでも飛んでいるのかな?」
「っ!」
僅かな眼球の動き。それを、目の前のおじさんは見逃さなかった。
心臓が嫌な音を立てる。ウィンドウが見えているなんて絶対に言えない。
確証はなくても、これが紫雫の影響だなんて明らかすぎる。
どうする? どう誤魔化す!?
「あ……その、壁の、シミが……」
「シミ?」
必死に絞り出した声が、やっぱり自分でも驚くほど可憐な響きを帯びて空気に溶けていく。
嘘をついている自責の念以上に、自分のものとは思えない美しすぎる響きに背筋が寒くなった。
「はい……あの時僕たちを襲った、バケモノの濁った色に似ていて……思い出して、しまって……っ」
僕は布団の中でシーツをぎゅっと握りしめ、必死に震える声を絞り出した。
半分は本当の恐怖。だから、真に迫って見えるはず。
おじさんは数秒、僕の顔をじっと見つめ――やがて、ふっと目尻を下げた。
「あぁ、ごめんねごめんね! つらいことを思い出させてしまったねぇ。おじさん別に悪い人とか、怖い人じゃないから、安心して欲しいな。困ったな、君みたいな『絶世の美少女』に、どう接してよいかわからなくてね」
「え。美しょ……女の子?」
その言葉に、男はそっと目を閉じた。
「うん、いろいろと自覚も無し、と」
もう一度開かれた眼差しは、先ほどの鋭さを潜め、穏やかなものになっていた。
「ごめんね、試すようなことをして。おじさんの名前は、烏丸。探索者ギルド監査部所属、特別調査官――っていうとまた怖がらせるなぁ」
警察手帳の代わりみたいに、探索者ギルドのエンブレムが入った勲章みたいなものを懐から取り出して見せる烏丸さん。
こういうのって見せられる方に知識がないから、本物かどうかとか分からないよね。
それに、そんな役職、底辺採掘者だった僕は聞いたことない。
監査部なんて、関わってもいいことあるわけないのだけはわかるけれど。
「ダンジョンで発生した異常事態について教えてほしくて、唯一救出された『貴女に』お話を聞きに来たんだよ」
なんて言いながらベッドの横に腰掛ける烏丸さんの背後。個室の扉からもう一人、白衣姿のふくよかなおばちゃ……ぞわっ……おねえさんが入ってくる。
「こんばんは。探索者ギルド所属の検査官、薬師寺よ。ちょっとベッドの背もたれを起こすからね」
ベッドの静かな駆動音を背景に、僕は密かに息を吐いた。
なんとか、誤魔化せた。
ミッションは死守する。皆とまた会うために。
「いや、参ったな……本当ごめんよぅ。別に尋問しようとかそういうんじゃないからねぇ?」
烏丸さんが本気で困ったみたいに、頭をポリポリと掻く。
「ったく、可哀想に。こんなに怯えさせちゃってまぁ。ジュースでも飲むかい?」
薬師寺さんが、鉄拳制裁とばかりに拳骨を烏丸さんに落とした。
ちょっとだけいい気味、なんて思っちゃったのはいけない事かな。
「さて。まずは状況のすり合わせが必要そうだ。怜君。君は本当に、自分の身に起きたことを分かっていないようだね。……まずは、これを見てごらん」
と、烏丸さんが取り出したのはスマホ。
ダンジョン内でも使える、探索者御用達の高級モデル。当然、僕なんかが手が届くような品物じゃないけれど……。
魔力加工を施された、杭打機を打ち込んでも壊れないらしい大きめの液晶。
インカメラに映し出されたのは、確かに上側が持ち上がったベッドの枕元と、病室の壁。
だから、そこに映っているのはスマホを向けられた僕の姿――の、はずなのに。
白銀色でボリュームたっぷりなストレートロングの髪。
同じく白銀のとても長い睫毛に彩られた、虹色に揺らめく、きらきらとした瞳。
きつすぎない怜悧な眼差しに、少しだけ下がった目頭が優しさを添えている。
サクランボ色の、わずかに薄めながらもぷっくりとした艶のある唇。
「え……どなたさま?」
そんな愛くるしい声は、確かにスマホに映る口の動きと連動していた。




