03. 第1章 第3話 『ワガママな……え、誰?』
ピッ、ピッ、ピッ。
規則正しい電子音が少し煩わしい。
まるで心臓の拍動のようなテンポ。
身体を優しく受け止める……ベッドの感触?
体内の大事な部分を失った喪失感と、内臓をぐしゃぐしゃにされた激痛。それに、あの忘れ得ない甘美な感触の後に襲い掛かった凄惨な痛みが、嘘のように消え去っている。
恐る恐る目を開く。
瞳に映るのは知らない天井――じゃなかった!
デーンッと視界いっぱいに広がる画面? ウィンドウ?
アメシストの地模様に、外側を黒紫の薔薇と、棘の生えた蔦で飾られた豪奢な半透明の板。
ゲームのシステム画面をゴシック調にこだわってデザインしたみたいな雰囲気。
右を向いても左を向いても、追いかけてくる画面に視界は埋め尽くされる。辛うじてわかるのは、今いるのが病院のベッドの上らしいということと、視界の隅にちらりと見える白いシーツよりも綺麗な白銀の絹糸が、僕を中心に広がっていることくらい。
諦めて目の前で視界の9割を独占している画面に意識を向ける。
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【Mission】
名前を捧げなさい。このわたくしを地上へと誘う、名前を。
ほら、早く。
成功報酬:魂の保護(日向 明日香、須藤 浩平、権田 鉄平)
失敗ペナルティー:ゴミ(肉人形)の廃棄
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え? 名前って、誰の……。
頭の中が混乱の極みで、ぐるんぐるんする。
このウィンドウのこと?
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『ふざけているの?』
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思わず思ったことを口にしてしまった。
って、あれ? 声に違和感というか、なんだろう、すごく綺麗な鈴を転がしたみたいな澄んだ声。
少なくとも、聞き慣れた覇気の無いしょぼくれた僕の声じゃない。
『ふざけているの?』
視界いっぱいのウィンドウが罅割れだらけになって、そんな言葉が真っ赤な文字で浮かんだ。
なんだか、すごく怒っていることだけはわかる。
頭の中を一生懸命ひっくり返す。
濁った虹色の粘液生命体、たぶん、凶悪なスライム系のユニークモンスターに彩晶石を捕食されて、ころ……殺された、皆。
最後の僕が殺されて……ううん、誰か、ナニカが。
艶やかなゴシックロリータのドレス。
薄紫色の、背中に緩やかなウェーブを描く長い髪をたっぷり残した、ツーサイドアップ。
妖艶でありながら、儚く幼げな美貌。
虹色の輝きを秘めた、魔晶核。
そうだ、僕に魔晶核の欠片を口移しで呑み込ませた、美少女。
も、もしかしてこれって、あの子? え、そんなバカな。
目の前いっぱいのウィンドウが、どんどんひび割れていく。
ポロポロと、破片がこぼれるみたいに、光に融けていく。
成功報酬:魂の保護(日向 明日香、須藤 浩平、権田 鉄平)
失敗ペナルティー:ゴミ(肉人形)の廃棄
その二行が、僕の意識に突き刺さる。
分からない、何も分からない、でも。
もしかしたら!
そんなあり得ない妄想まみれの希望に縋って、ひたすらにあの女の子――明らかにS級のユニークモンスターとしか思えない規格外の、でもあまりに美しく、心惹かれるバケモノのことを想う。
紫苑……深紫……紫帆……
思い浮かぶのはどれもあの鮮烈な、S級の証ともいえる紫を含んだ名前ばかり。
くちゅり。
僕の唇。初めてを経験した、あの温もりと湿り気。
穢れを祓い除ける、傲慢にして不可侵の存在感。
口の中を蹂躙した甘い雫を思い出して、身体がかーっと熱くなる。
「紫雫」
火照った身体の奥から、誰のものとも知れない……けれど確かに、僕自身の唇からこぼれ落ちた綺麗な声が、その名前を紡いでいた。
今にも崩壊して消えそうだったウィンドウが、ぱっと消える。
わがまま放題に視界を占有していたのが嘘みたいに随分と大人しく……って、考えたとたん、すごい悪寒がした。
普通サイズ? に収まったウィンドウが、視界中央にちょこんと、表示される。
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【Mission Clear】
成功報酬:魂の保護(日向 明日香、須藤 浩平、権田 鉄平)
が適用されました。
紫雫。
良いわ。わたくしを、いずれ地上へと誘う(いざなう)良き名ね。
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やっと開けた視界で改めてさっき感じた違和感、枕元に散らばっていた細く、発光するかのような白銀の毛束を横目に見る。
僕が頭を動かすと、一緒に動く。
軽く首を持ち上げると、さらさらと小川のせせらぎのように枕から流れ落ちていく。
そっと指先を布団から出して、絹のように滑らかな銀糸を恐る恐るなぞれば、軽く引っ張られるような感覚。
ずっと触れていたくなるこの心地よい感触は、明らかに僕の頭と繋がっている……。
仰向けで寝かされた胸の上。布団の重みとも違う『何かが乗っている』違和感。
呼吸をするたび、その『重み』がわずかに揺れて、僕の肺を圧迫する。
なに、これ。心臓の音がやけに近くで柔らかく反響しているみたい。
布団にさえぎられた視界の下の方、自分の身体を覆う布団をめくろうと再び右腕をもぞもぞと動かす。
普通の市販の布団だと思うけれど、やけに肌に触る。摩擦が気になる。
今まで気にしたこともなかった繊維のざらつきが肌をなぞるだけで、背筋にぞわぞわとした落ち着かない熱を運んでくる。
麻布みたいな、目の粗い布団なのかな?
隙間のできた布団から立ち上ってくる匂い。
く、臭いんじゃないよ!? まだ二十歳の、それもかなり華奢な僕は断じて、おじさん臭なんてさせてなかった……はず!
それどころか、なんだか甘い、心地よい匂い。
そう、あの紫の美少女、S級ユニークモンスター……の、はずの『紫雫』。
うん、僕がたった今名付けたことになっているみたいだから、紫雫でいいよね。
あの時彼女から漂っていた香りにすごく似ている。
薔薇の蜜を薄めたみたいなほんのり甘い、良い香り。
誰かの香水? 病院のベッドで?
あり得ないよね。
あ、そういえば。テイムや召喚系のスキル以外でモンスターに名づけって――絶対にしたらダメって探索者講習で習ったような。
コンコン。
コンコン。
病室の扉を優しくたたくノックの音がしたのはその時だった。
それと同時に、再び紫のウィンドウが僕の目の前に表示された。
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【Mission】
紫雫の存在を隠匿せよ。
いい? うっかりとか、許さないわよ。
成功報酬:肉の修復(日向 明日香、須藤 浩平、権田 鉄平)
失敗ペナルティー:ゴミ(肉人形)の廃棄
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