27. 第1章 第26話 『迷いなき飛翔』
無我夢中だった。
結衣さんが無理やりフードをかぶせてくれて。
亜夢さんが手配してくれていた、行き先まで伝わっていたタクシーにただ飛び乗って。
「申し訳ない。ここから先、封鎖されてるみたいです。こんなの十何年ぶりかなぁ」
なんて言う運転手さんに、御礼もそこそこにただ、ただ、走った。
絶対に違う、絶対に大丈夫。
ピンポイントで雪奈姉がいるところに亀裂が発生するなんて、あり得ない。
あり得るはずがない。
でも、振り払っても振り払っても、アメシストと黒紫の薔薇で飾られた、紫雫からのミッションは無かったことにはならなくて。
いや、この封鎖とは関係ない。きっと関係ない。
それはそれで問題だけれど、ミッションだけなら、そんなもの無視すればいい。
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【Mission】
姉(神代 雪奈)の『核』を
絶ち斬り、滅ぼせ
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味方……少なくとも、私にとっての敵じゃなくて。
我儘で、かなり傲慢だけど、甘い匂いと切なく胸を焦がすこの想いは本物だって、信じてる、信じてた。
ねぇ、どういう意味なの。
応えてよ、なにか言ってよ。
なんで紫雫が雪奈姉にそんなひどい事をしろなんて命令するのさぁ!!
ステータスウィンドウを開いても、いつも私の反応を愉しむみたいに好き勝手いじくりまわしていたメッセージが、今はきれいさっぱり消えていて。
「ほら、はしたなくスカートをたくし上げて! 僕なんて自分のこと呼んじゃうよ! 何なら、俺、俺なんて言っちゃうよ。ねぇ、いいの!? それともこの綺麗な髪の毛を切っちゃう? ねえ、応えてよ。黙ってないでよ!」
『ちょ、黎姫!? 慌てるのはわかるけれど、錯乱するのはダメだよ。落ち着いて! 今はそんな場合じゃないでしょ!?』
紫雫からの反応がない。
こんな、彼女が絶対に許せないだろうことをしているのに。
甘い快感が混ざる、鋭いお仕置きの痛みも、ない。
見えた。
富士魔導特区の立ち上げ最初期に建てられた、4階建ての低層建築。
屋上すら突き抜けて、どの等級かを示す色が抜け落ちた純白の、あまりに巨大な亀裂が。
天井から地面まで外壁すら超えて、建物を貫通していた。
南西の角……2階は雪奈姉の部屋がある……まさに、その場所に。
『対象ランダム亀裂、難易度未確定』
『残り人数枠47、1名入場済み扱い、住民が取り込まれていることは確実です』
『異常事態発生。ランダム亀裂、純白色から変わらず。侵入者ありにもかかわらず、難易度確定がなされません。初観測の異常亀裂の可能性あり』
『対象建造物、対亀裂加工の痕跡皆無。初期の一般建築のため、内部に亀裂が発生した模様』
『一切の亀裂侵入を禁ずる。繰り返す、特務救難室所属探索者を含む、一切の人員に亀裂侵入を固く禁ずる。指示あるまで周辺封鎖に努めよ』
亜夢さんが傍受したらしい現地の探索者ギルドの通信を、ヘッドホンに流してくれる。
『黎姫……ごめん。やっと公共観測装置の、生体情報解析が終わった。――亀裂に取り込まれた住民、1名。お姉ちゃんさんで……確定……です』
視界に映る世界の全てを否定したくて、何も見ていたくなくて。
下唇を噛みしめて……フードをぎゅっと、降ろした。
『行くなら、全力で手伝う。稼げるのは……5秒。屋上に突き出ている亀裂の端っこからならまだ、入れる。特務救難室の上位メンバーがもう今にも到着する。行くなら、今!』
うじうじしてる暇も、悩んでる暇もない。
後悔なんてしたくない。
「行く」
『おk。カウント5……』
8割がた回復していた魔力を、身体強化に回す。
全力。
でも、過剰な出力はいらない。
未知の領域内部で雪奈姉を救出する余力は残さなければ。
視界に亜夢さんのARがオーバーレイされる。
『魔力異常連続発生、亀裂発生予兆が周辺極小区域内に多数』
『な、亀裂が10以上発生する可能性あり!!?』
間違いなく亜夢さんが打ち込んだ欺瞞情報に、悲鳴が上がる。
ごめんね……でも、ありがとう。
壁を走り、看板を蹴り飛ばして進むアクロバティックな最短経路が、赤い光の線で示された。
『3、2、1……GO! 5秒で突っ切って!』
視界の隅に05:00からぐんぐん減っていくタイマー。
『さらなる異常事態発生。各自、計測機器と周辺魔力状態の目視監視を厳に』
不人気亀裂を封鎖する簡易ゲートとは比べ物にならない、堅牢に組み上がりかけていた鋼鉄の封鎖壁。
その内側にいる特務救難室の職員たちが、亜夢さんが流したダミーデータに踊らされた計器の異常を察知して一斉に視線を外へと走らせる。
「亜夢さん、最高!」
赤い線が示す移動経路は、見事に彼らの視線の死角を縫っていた。
隣のアパートの屋根へと音もなく着地する。
『残り1秒、急いで!』
その言葉が発せられた時にはとっくに屋根の端を蹴り、我が家を貫く純白の亀裂へと向かって、夜空へ跳躍していた。
――それと同時。
「何をしているの!?」
凛とした、聞き覚えのある憧れの声と共に、斜め下から巨大な質量が迫り来る。
純白に黄金の装飾が施された、私の身体よりも大きなタワーシールド。
捕まる……!
空中で逃げ場はない。けれど、私の身体は考えるよりも先に動いていた。
散々、紫雫に痛い思いをして叩き込まれた、空を舞うが如き優雅なステップ。
身体を捻り、左腕を浅く広げ、進行方向と垂直になるよう独楽のように自転する。
ギリギリで肩を掠めていく黄金の盾。
しかし、翻ったマントの裾が盾の装飾に引っかかった。空中で姿勢が大きく崩される。
このままじゃ、届かない!
カウントダウンは既に00:00を通り越して、赤色でマイナスの秒数を刻み始めている。
ざわめきが、計器の異常が急に収束したことによる別の色合いへと変わっていく。
私は迷わず、首元一か所だけで留まっていたマントの留め具を無理やり引き千切った。
盾の勢いにフードごと攫われ、身軽になった私の身体から、隠していた白銀の髪が月光の差し込む夜空へといっぱいに広がって舞う。
「女の子!?」
驚きに見開かれた『星天の聖乙女』の声を背中で聞き流す。
顔も見られたかもしれない。でも、今はそんなこと、どうでもいい!
乱れた姿勢のまま、通り過ぎかけていた盾の縁を掴み、その勢いを借りて身体を引き上げる。
そして無茶な体勢のまま、盾の側面を足場にするように思い切り蹴りつけて跳躍した。
そうして失速しかけた身体を無理やり前へと、なんとか投げ出す。
目の前に迫る、全ての色を喪失したような純白の亀裂。
お姉ちゃんを攫ったその純白の裂け目の中へ、私は迷いなく頭から飛び込んでいた。




