26. 第1章 第25話 『唐突すぎる凶報』
この1週間での一つ大きな変化。それは、探索者としての私だと確実に分かる場所では、全身を覆うフード付きマントを被るようになったこと。
目深に被っていたフードを、受付嬢との面談用個室に入ったところでどける。
「黎さん、お帰りなさい。怪我もなさそうで何よりです」
「ありがとうございます、結衣さん。お時間いただいてすみません」
これはこれで目立つけれど、色々な創作ファッションをしている人が増えた現代、ましてこの富士魔導特区ではそこまで目を引く格好でもない。
「可愛すぎるのも困りものですね」
「あはは……もし『僕』がこんな子とすれ違っても、きっと同じように見蕩れちゃうと思いますから、仕方がないです」
「ええ。日本の治安なら普通に出歩く分には人目が気になるくらいで済みますが、もし黎さんが攻略者だと分かったら、確実に厄介な引き抜きや勧誘合戦に巻き込まれますからね。自衛するのは正しいです」
本来、容姿や外見的若さがある程度(その人が抱く理想にもよるけれど)強さに繋がるPRISMAだからこそ、この容姿は特別な意味を持ってしまう。今の実力は大したことがないとしても、この姿を一目見たら実力を隠せるほどの実力者、なんて曲解までされかねない。
自惚れみたいで少し嫌だけれど、こればかりは否定できないくらい、紫雫がこだわったのだろうこの身体の美少女っぷりは途轍もない。かといってみすぼらしい格好をしようとすると、紫雫から苛烈なお仕置きを喰らうだけじゃなく亜夢さんまで不機嫌になるから手に負えない。
「今日の分もちゃんと受領済みです。……本当に、驚くくらい優秀なサポーターグループと契約できたんですね」
亜夢さんの名前は、直接表に出ることはない。いつも通信越しで引きこもりっぱなし。
代わりに、メイド姿の自律駆動人形たちが『サポーターグループ』という名目で、戦利品の運搬からギルドとの事務連絡まで、全ての手続きを完璧にこなしてくれている。果ては亀裂内部での採掘まで。人形たちは最低限の指示だけで半自律駆動しているから問題ないって亜夢さんは言うけれど、彼女のハッキングと制御スキルは、どう考えても規格外だ。
亜夢さん曰く、優秀なサポーターや大手クランのチーム制サポーターなら、普通にロボットとかを使って効率的にやっているらしい。貴重で強力なアタッカーを採掘や収集作業にまわすなんてもってのほか。
そんな常識と1つ大きく違うのは、亜夢さんのスキルで遠隔で繋がっている人形たちは全員で一人分とはいえ、亀裂の入場枠を1つ使うこと。
スキルで制御する場合だけのことで、ドローンだとそんなことはないし、ソロの私には関係ない事だけれど。
「ええ、ちょっとご縁があって」
「お姫様に仕えるメイドさん達みたいで、すっごく素敵ですよ。……さて、これが今日までの明細です。黎さん、本当によく頑張りました。でも、ギルド・コンシェルジュとしては少々ハイペースすぎて心配です」
『買い取り明細書』。そう題された書面に堂々と印字された金額を見て、私は息を呑んだ。
総額、なんと720万円。
亜夢さんへの分配(サポート費用)を引いても、私の手元に500万円もの大金が残る!
これなら、雪奈姉のカプセル治療を『週1回』に増やしても特別待遇の補助金のお陰で、月々約20万円。
もう、1年分の治療費は確保できた!
亀裂のランクを上げていけば、ケガの治療費や装備の買い替えも必要になるだろう。でもこれなら、亀裂発生対策の施された安全な住居への引っ越しだって、夢じゃない。
「あの、結衣さん」
「はい。スキルオーブのオークションの件ですね?」
「あ、いえ。それもあるんですけど……ギルドの家賃補助が出る住居で、二人暮らしができて、亀裂対策が万全のマンションって、どれくらいの価格帯からありますか?」
一瞬考えこんだ結衣さんは、少しだけ表情を曇らせた。
「そうですね……。黎さんは現在、初期開発区域にお住まいですものね。少し言いづらいのですが、攻略者のギルド補助金制度は、有事の戦力としての期待もあり、採掘者とは比べ物にならないほど優遇されています。ですから――」
結衣さんは手元のタブレットを素早く操作し、ふかふかのソファーに挟まれたローテーブルの上に置いて見せてくれた。
「一番お手頃なのはこの辺りです。初期型とはいえ亀裂発生抑制素材で建てられていますから、今のお住まいよりも亀裂対策としては格段に安心です。ただし、スタンピードが発生した場合に対する防護設備は最低限のみ。2LDKで標準家賃が月50万円のところ、アタッカー特権の補助で月額15万円になります」
すごい。初期区画だからとはいえ、補助率が採掘者の倍もある。
これなら、今すぐにでも引っ越せる。
「再開発計画は上がっていますが、建物以外に対する対策は到底追い付かず。初期区画そのものが全体的に亀裂発生の不安が拭えません。今の黎さんの稼ぎなら、もう少し安全性を重視しても良いかと思います」
すっ、と結衣さんの細い指が画面をスワイプする。
そういえば結婚指輪、してないんだ。なんて、余計なことが頭をよぎる。
女の子になったんだからソウイウの関係ないのに。心に余裕が出てきたからかな? 変なことが気になってしまった。
「B級・C級の探索者が目指すのがこの辺りのグレードです。C級モンスターの襲撃にも耐える物理防壁設計に、自動防衛設備。月150万円のところ、補助金適用で月額90万円。A級やS級専用の超高級物件もありますが、そちらは買い取りが前提になりますね」
やっぱり、富士魔導特区の物価は高い。でも、どれだけ力をつけても雪奈姉を置いて亀裂攻略に乗り出す以上、できるだけ安全な場所に住まわせてあげたい。
「ありがとうございます。雪奈姉とも急いで相談してみます」
「ええ、ぜひそうしてください。この他にもいくつか、物件データを後でサポーターさん宛に送っておきますね」
上位の亀裂に挑めるようになれば、収入はさらに増える。
雪奈姉の内職のうち、魔法陣の複写は『勉強になるし好き』と言っていたからいいとして。魔晶石の加工は鋭利な破片や粉塵が出る、安全が『保証はされていない』仕事だ。できれば、すぐにでも辞めてほしい。
「それで、こっちがオークションのリストです。今の黎さんのスマホだと閲覧資格を付与できないので……余裕ができたら、探索者向けの専用端末に買い替えをお願いしますね」
「はい、わかりました。まだまだ手も出ない金額だと思いますけど、この先の目標を立てるために、少しだけ見せてほしくて」
「ええ、もちろんです。そういう将来設計のお手伝いをするのも、準専属である私のお仕事ですから。遠慮せず頼ってくださいね」
いつもの『プロの受付嬢』としての凛とした態度の中に、私を気遣う柔らかい笑顔が混じる。
そうして、今後の戦闘スタイルや必要なスキルについて相談しているうちに、いつの間にか夕方遅くになっていた。
スキルオーブでやっぱり魅力的なのは、魔法やそれに類する特殊能力を使えるようになるものだ。
でも、結衣さんが見せてくれたリストの数字は初めての大金を手にして少しだけ浮ついていた私の心を、容赦なく現実へと引き戻した。
D級以下のドロップでも、
『魔力放出(分類:④特殊型)』が100万円〜。
『属性親和(分類:①属性付与型)』が50万円〜。
『放出器官(分類:③特異体質)』が200万円〜。
この辺りはドロップもある程度あって、上位探索者に上がるとともに上書きしていく前提だから、ある程度抑え目の落札価格。裏を返せば、使い捨てにする前提なのに、こんな値段がするっていう意味でもあるわけで。
さらにB級のドロップになると、『魔力変成(分類:①属性付与型)』が開始価格3億円〜ともう、けた違いに跳ね上がる。
A級ともなれば、『魔導回路』という分類③の特異体質スキルが、なんと20億円〜というとんでもない開始価格で取引されていた。
ため息が出そうになる。
安全なマンションに引っ越して、雪奈姉に週1回の治療を受けさせても、まだ先はこんなにも遠い。
それだって、いつ致命的な怪我をするかわからない探索者、特にアタッカーだといつまでも不安が残る。
A級UMを狩るためには、紫雫の力だけじゃなく、私自身もこんな高位スキルを身につけていかなくてはならないのに。
10億円なんて、一生かかっても稼げるか分からない額。
探索者は実入りも大きいけれど、支出も大きい。本当、その通りだなって、少し落ち込みそう。
(……それでも、立ち止まるわけにはいかない)
私はタブレットの画面から目を上げ、強く拳を握りしめた。
15年。雪奈姉がもうすぐ9歳になる頃から魔力欠乏症に悩まされ始めて。
もう、そんなに経ってる。
両親を失った直後からしばらくは精神的な影響が強く出て、一気に悪化した時期も長かった。
それだけ心に受けた衝撃だって強かったのに、僕を慰めることを優先して……。
車椅子から雪奈姉を解放してあげたい。一緒に、外を歩きたい。
失った青春だって、取り戻してほしい。
春にはお花見に、夏には海に――そのためなら、どれほど高く険しい壁だって絶対に越えてみせる。
「今日は長い時間、ごめんなさい。ありがとうございました」
結局、結衣さんに強く念を押され、私はギルドで販売しているポーションを何種類か買っていた。
とりあえずという事で、結衣さんに勧められるまま購入した太ももに留めるポーチに、緊急で使えるよう、試験管型の容器に先端を折るアンプル瓶の形状になっているポーションをしまいこんで装着する。
種類が分かるよう、へし折る蓋部分に点字みたいに識別用の刻印がしてある辺り、さすがというかなんというか。
「いいえ、今は準専任の担当も黎さんしか受け持ちがありませんから。いつでも大丈夫ですよ。お仕事が急になくなりすぎて、皆の事務仕事の整理を手伝うくらいですから」
一人だけ……そうなんだ。
そう言われて、思わずこのままお食事とか誘った方がいいのかな? なんて、懐が温かくなったせいか、やっぱり少し大胆なことが頭をよぎる。
『――黎姫!!』
「え? あm……」
いつになく切迫した、悲鳴のような亜夢さんの呼びかけ。
結衣さんの前なのも忘れて、私は危うく名前を声に出しそうになった。
『お楽しみの邪魔してごめんだけど、緊急事態!! 黎姫の自宅のあたり……あぁもう、旧街区は碌なセンサーも設置されてないし!! 魔力濃度の異常な乱高下を観測したの!』
「っ!?」
『緊急警報がもうすぐ発令されるけど、たぶんこの不安定な感じ、ランダム亀裂が発生する! タクシーは手配したから、今すぐ、全力で戻って!!』
――うちに、亀裂が?
もし……もしも発生の瞬間、その空間に『人』がいたら。
亀裂は崩壊してスタンピードを起こすまで、建物にも地形にも影響を与えない。でも、人だけは違う。
亀裂に入れるのはPRISMAだけじゃない。ダンジョンは、そんな都合の良い選別はしてくれない。
そして、ランダム亀裂は……ボスを倒すまで、絶対に退場不能な特殊な亀裂。
そんなあまりに低確率な不運、あるわけがない。
そう必死に考えようとするも、頭が真っ白になりそうな私の目の前に。
いつになくシンプルなミッションが、視界中央に表示された。
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【Mission】
姉(神代 雪奈)の『核』を
絶ち斬り、滅ぼせ
成功報酬:……
失敗ペナルティー:喪失
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紫雫? ……どういう、こと。
ねぇ、紫雫!? なにを、なにを言ってるの!!




